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Tycoon0-災厄王女が初恋の人に会いに行ったら残念イケメンに囲まれた上に天災魔女にも目をつけられました-  作者: 甘酒ぬぬ
第四章 まどろみ

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4-9 金の鳥は籠に入る

 目蓋越しに光を感じ、サヴィトリの意識はすっと浮きあがった。

 自然と目が開き、寝起き特有の倦怠感もない。気持ちも身体も、近年稀に見るほど爽やかだった。上体を起こし大きく伸びをすると、更に身体の隅々にまで爽やかさが浸透していくような感じがする。

 昨日の寝起きとは大違いだった。昨日も今日も、初めての場所であることには変わりがないのに。

 サヴィトリは手早く着替えなどをすませると、ベッドのシーツを整えた。室内の掃除やベッドメイク専門の者がいるという話だが、さすがにぐちゃぐちゃのままにしておくのは気が引けた。

 髪の毛を手櫛で整え、部屋の扉を開く。


 一番最初に見えたのは大太刀と広い背中だった。

 起きてからさほど時間がたっていないせいか、サヴィトリは状況がうまく理解できなかった。腰に帯びた刀と、赤い髪が見え、ようやくそれがヴィクラムであると知覚する。


「起きたか」


 サヴィトリに気付き、ヴィクラムは微笑を浮かべた。

 理由はわからなかったが、サヴィトリは自分の頬が微かに熱を帯びるのを感じた。手を押し当ててみると、自分の頬の熱さよりも手の冷たさのほうが程度がひどかった。


「おはよう、ヴィクラム。まさかとは思うけど、もしかして、一晩中ずーっとここに立ってた……ってことはないよね?」


 ヴィクラムの表情に疲労の色はなかったが、パフォーマンスのためにサヴィトリが起きてくる頃を見計らって扉の前に立っていたとも考えられない。


「今にいたるまで不審な者はいなかった。念のため周囲も探らせたが何も問題はない」


 質問を違う意味にとらえたらしいヴィクラムは現状の説明をする。


「あー、そうじゃなくて……! 私のせいでろくに寝ていないんだろう? 今からでも遅くない。少しでも仮眠を取ったほうがいい!」


 サヴィトリは有無を言わさずヴィクラムの腕をつかみ、部屋の中に引きずりこんだ。さして抵抗していないにもかかわらず、体格がいいだけあってヴィクラムの身体は重い。


「一日二日寝なくともどうということはない」


 部屋の半ばほどでヴィクラムは足を止めた。サヴィトリが力をこめても動かない。


「五分、十分でもいいから、休める時に休んだほうがいい。いつ本当に休めない時が来るかわからないんだから」

「だが……」


「はい、そこまでにしましょうね、サヴィトリ様」


 ぱんっ、ぱんっ、手を大きく打ち鳴らす音が響く。

 見ると、カイラシュが扉にもたれかかるようにして立っていた。


「そういうことをすると多くの場合、女の子が足が滑らせたりなんかして、それを男が助けようとしてなぜか押し倒すような体勢になってしまう――というのがお約束です」


 説明口調で言いながら、カイラシュはサヴィトリとヴィクラムとの間に臆面もなく割りこんだ。

 カイラシュはじーっとサヴィトリの顔を見つめると、無遠慮に頭や顔をぺたぺたと触る。


「カイ?」

「うん、大丈夫そうですね。サヴィトリ様、一応念のためにお聞きしますが、何もありませんでしたよね?」

「平気、何もない。むしろよく眠れたくらいだ」

「……本当に、何もありませんよね?」


 なぜかカイラシュは顔をしかめて聞き返した。どうして疑われているのかサヴィトリにはわからない。


「……もちろん、何もしていやがりませんよね?」


 カイラシュはくるりと踵を返すと、今度はヴィクラムの方へと詰め寄った。手にはいつの間にか例の黒い毒針が握られている。


「するわけがない」


 ヴィクラムは首の横をさすり、眉間に深く皺を寄せた。


 数秒の間、二人はにらみ合っていたが、先にカイラシュのほうが視線をそらした。ま、いいでしょう、とサヴィトリの方にむき直る。


「サヴィトリ様、まことに申し訳ありません。わたくしの力が及ばず首謀者の特定までいたりませんでした。よって安全のために、数日の間、外出をお控えいただきますようお願い申しあげます」


 頭をさげようとしているのを感じ取り、サヴィトリはカイラシュを押しとどめた。逆に自分が頭をさげる。


「カイもヴィクラムも、私のせいで手をわずらわせてしまってすまない。すべては私が無計画にクベラに来てしまったことが原因だ。これ以上、ここに留まって二人に迷惑をかけるわけにはいかない。だから――」

「却下させていただきます」


 カイラシュが厳しい口調でさえぎった。サヴィトリの顔をあげさせ、鼻先に人差し指を突きつける。


「サヴィトリ様の所在が確認できなくなるほうがはるかに迷惑です。まぁ、万が一サヴィトリ様が勝手にどこかへ行かれたとしても、地獄の果ての果てまで追いかけますが。尾行はわたくしのもっとも得意とするところですので。

 それに、サヴィトリ様をお守りすることは、わたくしが好きで勝手にやっていることです。タイクーンの命令だからではありません。サヴィトリ様はわたくしの自由意思まで制限なさいますか?」


 カイラシュのうしろにいるヴィクラムがうなずいた。


「俺も同じような意見だ。上からの命とはいえ、意に染まぬことは引き受けん。それに、なぜかお前を放っておく気になれない」

「……他人の意見に勝手に便乗しやがらないでいただけますか? 貴様とわたくしとではサヴィトリ様に対する思いの格が違うのです、格が!」

「格、か」

「何か? 奥歯にするめをはさんだような言い方に聞こえますが」

「いや、特に何かを意図して言ったわけではない」

「そうですか、そうですか」


 カイラシュの瞳が剣呑に細められる。

 その行動を動作を皮切りとして、カイラシュとヴィクラムの攻防が始まった。

 サヴィトリは二人に対して、ありがとう、と伝えるタイミングを逃してしまった。

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