4-8 三番隊隊長の恋愛事情
部屋に家具や物をあまり置かないのは人種的なものかもしれない、とヴィクラムの部屋を見たサヴィトリは思った。
カイラシュやタイクーンの私室同様、ヴィクラムの部屋もまた、広さの割に物が少なかった。もっとも、ごてごてと飾りつけてあったり、雑然としているのはヴィクラムのイメージにそぐわないが。
宿舎の外観同様、白を基調とした部屋には塵一つ落ちていない。テーブルや間接照明、ソファのクッションにいたるまで整然と配置されており、まるで生活感がなかった。
「こんな部屋しかなくて悪いが、一日二日我慢してくれ」
「ううん、ありがとう。むしろ充分すぎるよ。それより私のほうこそ、急に押しかけるような形になってしまって申し訳ない」
サヴィトリは慌てて手と頭を振った。
不意に会話が途切れる。
「…………」
「…………」
サヴィトリとヴィクラムはしばらく無言で見つめ合った後、同時に動いた。
ヴィクラムは腰に差していた小刀を、サヴィトリはソファに置いてあったクッションを、扉にむかって投げつける。
最初に小刀が扉に突き刺さり、べろんと白い布が扉からはがれた。布にはカムフラージュのために扉の絵が描かれている。
次に、布の下から現れた男の顔にクッションが命中した。男は当たった反動で扉に後頭部をぶつける。二次災害の方が被害甚大だった。そのまま男は力なく床に崩れ落ちる。
ヴィクラムは無表情で倒れた男の身体を足で脇によけ、扉を開け放った。
「あー、俺は『部屋について十分以内に手を出す』に二千!」
「それはいくらなんでも早すぎだろ。隊長は盛りのついた犬か? 隊長きっちりしたタイプだから『部屋について三十分後きっかりに手を出す』。これが大本命でしょ」
「いやいや、意外と本命には奥手かもしれんぞ。『結局キスまでしかしない』に三千五百だ」
「……ぼ、僕、『ここにいる全員が撫で斬りにされる』だと、思います……」
一番年少の隊士が青ざめ、震えた声で開け放たれた扉を指差す。
他の者達は下世話な議論に夢中で、扉が開いたことにも、白刃を抜き放ってむかってくる人影にも気付かない。
「いい趣味だ。俺も混ぜてもらおうか」
隊士達がこそこそと組んでいた小さな円陣の中央に、冷え冷えとした光を放つ刀身が突き立てられる。
隊士達は事態を理解するよりも先に、全身が凍りついた。誰一人として、まばたきすらできない。
「……そんなにヴィクラムが女を連れこむのが珍しいのか?」
布を使って部屋の中に潜んでいた隊士を叩き起こし、サヴィトリは尋ねた。
「隊長がどうこうじゃなくて、みんなよっぽど金に困った時とか、のっぴきならない事情なんかがある時でない限り、こんなとこに女の子を連れこもうなんて思わないっす。からかわれるのは目に見えてますんで」
サヴィトリよりやや年上の隊士は、隊長の彼女らしき少女に対し、どういった口調で接していいのか迷い気味に答えた。
「でも、隊長が特定の女の人と付き合ってるってのはほとんど聞いたことないっすね。補佐官のおねーさんとはよく一緒にいるところを見かけるんすけど、あの人と付き合ってるんですかって聞いたら、問答無用でなますにされかけましたもん」
(それはそうだろう)
サヴィトリはこっそりとうなずく。もし万が一、その発言がカイラシュの耳に入ろうものなら、この隊士は明日の陽を拝めない。
ほどなくして、やや息を荒げたヴィクラムが戻ってきた。喉に手を当てている。どうやら逃げられたらしい。
「俺は扉の前にいる。何かあったら呼べ」
ヴィクラムは息を整えてから言った。
「何もそこまで警戒してくれなくても……」
「そうっすよ。さすがに俺達でも隊長のおたのしみまでは邪魔しないっす!」
完全に的外れな発言をした隊士は、ヴィクラムから強烈なボディブローを食らって強制的に沈黙させられた。
「とにかく、一緒の部屋にいることはできない。宮刑に処されたくはないからな」
ヴィクラムは微かに目を細めた。気絶した隊士の襟首をつかんで引きずり、部屋から出ていく。
「……あの!」
サヴィトリは引き止めるようにヴィクラムの服の裾を握った。
「色々、迷惑かけてごめんなさい。あと、ありがとう」
壊れやすいものにでも触れるように、ヴィクラムはそっとサヴィトリの頭に手を乗せる。
「気にするな。たいしたことではない」
この時初めて、ヴィクラムがはっきりと笑うのをサヴィトリは見た。




