4-7 エリートアホ集団
「隊長が!」
「隊長が!」
「あの隊長が!」
『【同じ女は二度抱かない】と豪語してはばからないあの隊長が!』
「女の子を!」
「女の子を!」
「可愛い猫目の女の子を!」
『好みとは真逆の可愛いけど凹凸のない女の子を!』
「連れて来た!」
「連れて来た!」
「連れこんだ!」
『ドキッ☆男だらけのむっさい宿舎につーれーこーんーだー!!』
無数の拍手と共にわーっという大きな歓声があがった。いつの間に用意したのか、クラッカーを鳴らす者や紙吹雪をまき散らしている者もいる。
羅刹の宿舎に着いて早々、カイラシュがアホと形容した理由と、ヴィクラムがそれを否定しなかった理由をサヴィトリは悟った。事前の準備なく、しかも素面でこんなことができるなどアホ以外の何ものでもない。
うっかり手をつないだままだったせいか、完全に誤解されてしまった。
「片付けろ」
髪に付いた紙片を払い落し、ヴィクラムは静かに命じる。
だが、誰一人としてその命令を聞く者はなく、サヴィトリはあっという間に羅刹の隊士に取り囲まれた。
隊士の年齢や人種は様々だった。サヴィトリよりも若い者もいれば、父親と言ってもいいような歳の者もいる。髪や瞳の色も、色見本が作れるのではないかというくらい多彩だ。
「隊長とのなれ初めを聞いてもいいですか!?」
「馬鹿お前、とりあえず一番最初は名前と年齢からだろうが!」
「二人っきりの時の隊長ってどう? むっつり? がっつり? あの人変に格好つけるとこあるからなぁ~」
「もうや――てるか。なんせあのヴィクラム隊長だし。ああいやいやなんでもないなんでもない」
「――撫で斬りされたい者は一列に並べ! それ以外の者は速やかにここを片付けろ!」
窓ガラスが小刻みに震えるほど、ヴィクラムは大喝した。刀は鞘から抜き放たれ、落ち始めた陽の赤い光を照り返している。
海が割れるようにさーっと隊士達は左右にわかれ、掃除用具入れの前に殺到した。我先にとほうきやちりとりを奪いあう。
「……すまない、色々と」
納刀したヴィクラムはため息をつき、ばつの悪そうな顔をサヴィトリにむけた。
「ここなら間違いなく安全そうだな」
サヴィトリは屈託なく笑い返す。
「その代わり騒がしいかもしれんが」
ヴィクラムはほんの少しだけ唇の端を持ちあげたが、すぐに固く引き結んだ。掃除の手を止め、ヴィクラムとサヴィトリとを取り囲むようにして見ている隊士達をねめつける。
息が詰まりそうなほどの緊張感がその場を支配した。このままでは間違いなく数人がスライスされてしまう。
しかし、場を張り詰めさせたのがヴィクラムなら、それを解いたのもヴィクラムだった。
「彼女は……大事な人だ。全員、丁重に扱え」
ヴィクラムが言い終わると同時に、最初の比ではないほどの歓声が巻き起こった。ほうきやちりとり、掃き集めた紙片が宙を舞う。
「冷酷無比の隊長がようやく人間らしい感情を持った! ちゃんと赤い血潮は流れてた!!」
「Congratulation! Congratulation! おめでとう……! おめでとう……! おめでとう……!」
「今日の夕飯は鯛飯と赤飯だ!」
「タイメシとセキハンってなんだよ?」
「炊きこみご飯の一種で、俺の地方では祝い事の時に食ってた」
「なんで炭水化物をおかずに炭水化物食うんだよ……」
あまりの騒ぎに、ヴィクラムは静かに柄に手をかける。
殺気を敏感に察知した隊士達は、大急ぎで片付けると四方八方へと散っていった。
「……あんな風に言ってよかったのか? 間違いなく勘違いされてる」
サヴィトリは床に残っていた紙片を拾いあげる。
「内輪で騒ぎ立てはするが、ああ見えて皆口は堅い」
「そうじゃなくて、本当の恋人に申し訳ない」
個人的な好き嫌いを抜きにして客観的に見ると、ヴィクラムがもてないはずはなかった。
ややとっつきにくい感はあるが精悍な面差し。一部隊の隊長を務めるだけあって武術にも優れている。更に実家がクベラでも屈指の名家というおまけ付き。性格が多少悪かろうが付き合いたいと思う女性は多いだろう。現に、――ジェイから聞いた情報だが――大衆誌の「抱かれたい男」アンケートのランクイン常連だというし。
「もし仮にいたとして、あの隊士達に嗅ぎつけられないと思うか?」
ヴィクラムは自分の喉元に手を当てて言った。
それほど詳しく観察しているわけではないが、ヴィクラムが首のあたりに手をやるのをサヴィトリはよく目にする。たいてい困っている時や不機嫌な時だ。
「慕われているんだな」
サヴィトリは口元に軽く手を当てて笑った。
「……だといいが」
小さくため息をつき、ヴィクラムは首をさすった。




