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Tycoon0-災厄王女が初恋の人に会いに行ったら残念イケメンに囲まれた上に天災魔女にも目をつけられました-  作者: 甘酒ぬぬ
第三章 クベラ王都ランクァ

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3-5 異国の夕日

 うっすらとオレンジがかった丸い陽が尾根のくぼみに吸いこまれていく。それに伴い、眼下に広がる風景はすべて黒いシルエットになった。

 空の上の方からは衣のような薄い紫がゆるゆると迫ってくる。空を漂っていた雲は夜と昼との二色に不気味に彩られた。


 肌寒さにサヴィトリは腕をさすった。いや、どちらかといえば寒いと感じたのは身体の芯のほうだった。知らない土地で、知らない夕陽を眺めていると無性に物悲しくなる。

 バルコニーの欄干に肘を置き、サヴィトリは頬杖をついた。


「サヴィトリ様が城に滞在するにあたっての手続きをして参ります。城内は複雑な構造ゆえ、慣れるまでは決してお一人で出歩かぬようお願いいたします」


 とカイラシュはわざわざ執務室に外から鍵をかけて出かけてしまった。そのおかげで、外に通じるのは今いるバルコニーだけだ。もっとも、ここから飛び降りるには生半可でない勇気と無謀さが必要になる。


(それにしてもあのカイラシュって女の人、無闇に力が強いなぁ)


 サヴィトリは自分の手首に目をやった。タイクーンを殴ろうとして止められた時の跡が赤くくっきりと残っている。


(悪い人ではないと思うけど、なんか変な感じ)


 カイラシュに対してどうしても違和感を覚えてしまうのだが、その正体がなんなのかサヴィトリにはわからない。薄いもやがかかっているようで気持ちが悪かった。


「暇そうだね、サヴィトリ」


 サヴィトリがうーんとうなっていると、どこからか声がかけられた。うしろを振りむいてみるが、部屋とバルコニーとをつなぐ窓は閉まっている。念のため、部屋の中を覗いてみるが人影はない。いや、そもそも声は正面の方からかけられた気がする。


「こっちこっち」


 今度ははっきりとどこから声をかけられたのかわかった。

 サヴィトリから見て左手に生える大きな木。バルコニーには届かないが、頑張れば飛び移れるかもしれない。その木の枝に、ジェイが子猿のようにさかさまにぶらさがっていた。

 サヴィトリと目が合うと、ジェイはひらひらと手を振った。ぐるりとまわって枝の上に乗り、姿勢を低くしてバルコニーの方にむかって走る。枝が大きくたわみ、折れるぎりぎりのところでジェイは大きく飛んだ。反動で枝が上下に揺れ動く。ジェイの指はかろうじて欄干をつかまえる。

 ぼーっと一連の様子を眺めていたサヴィトリは、「たーすーけーてー」という弱々しい悲鳴で我に返り、慌ててジェイの腕をつかんで引きあげた。


「前にさ、こっからカイラシュさんが出入りするの見たことあったから俺にもできるかなーって思ったんだけど、ちょっと無理でしたー」


 ジェイはへらへらっと笑い、頬を指でかいた。

 いつもならいらっとするへらへら顔だが、サヴィトリは懐かしいものでも見た気分になった。照れ隠しにジェイの肩のあたりを拳で小突いておく。


「なんか色々ごめん、サヴィトリ」


 急にジェイは真面目な表情をした。


「俺が大丈夫だって言って連れてきちゃったからこんなことになってさ。閉じこめられてるんでしょ?」


 ジェイの言葉にサヴィトリは驚き、ぶんぶんと音がしそうなほど首を横に振る。


「違う違う。今日だけ。城の中は複雑だから、色々な手続きが終わるまでは部屋から出ないでくださいってカイさんが」

「……確かに、複雑かもね」


 ジェイは何か考えこむように顎に手を当てた。が、すぐに相好を崩して欄干に腰かけた。


「そういえば、タイクーンと会ってどうだった?」

「どうって?」


 サヴィトリもジェイにならって欄干に座る。思いのほか手すりは細く、しっかりつかまっていないと身体がふらふらとかたむいてしまう。


「もし気に障ったらごめんね。ちょっとした興味本位。生き別れた親との再会って実際にはどんな感じなのかな~と思って」


「知らないおじさんだった。私とどこも似てない知らないおじさん。でもなんでだかわからないけど、無性に殴りたくなった。それで胸倉つかんで殴りかかったら――」


「ちょっと待って。本当にそんなことしたの? タイクーンに?」

「うん」

「……話の腰をぽっきり折ってごめん。続けて」

「? うん。当然、殴る前に止められたんだけど、母親に似てるって笑われた」

「サヴィトリの荒っぽさって遺伝なんだ……」


 ジェイは苦笑する。

 サヴィトリはジェイの脇腹に拳を叩きこんでから話を続けた。


「あとは、体調は悪そうだったけどわりと明るい性格みたい。本音としては私に跡を継いでもらいたいけど、多くは望まないって言ってた」


 生気の抜け落ちたようなタイクーンの姿が、サヴィトリの脳裏にふっとよぎる。

 身体を起こすのも精一杯といったようだった。サヴィトリに心配させまいと無理に明るく振舞っていたのかもしれない。


「それで、サヴィトリの考えは変わった?」


 肩越しに風景を眺めながら、ジェイは更に尋ねた。

 太陽は完全に姿を消し、稜線の上を細く帯状に走るオレンジだけが名残としてあった。


「どうしてそんなこと聞くの?」


 サヴィトリは欄干から降り、ジェイの真正面に立つ。

 ジェイの表情はいつもどおりにへらへらとしていた。


「だって、それによって俺の身の振り方も変わるじゃん。サヴィトリが正式に後継者になっちゃったらこんな風に気軽に話せないし。それに殿下ーとか、ゆくゆくはタイクーンって呼ばなきゃいけなくなっちゃうんだよ」


 ジェイは人差し指を立て、いかにも神妙そうな顔を作る。


「いらない心配だよ、ジェイ」


 サヴィトリは苦笑し、息を吐いた。


「後にも先にも、私はタイクーンになるつもりなんてない」

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