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27 非公式の謝罪

 ル・ヴォー子爵家に対する取り調べは(つつが)なく行われた。

 そもそも、あの()()()()()()を所持している時点でおかしいのだ。基本的には王宮で厳重に管理され、魔術師の指導なしには使えないはずなのだから。

 それが意味するところは――。





「このたびは……というには、いささか時が経ちすぎているな。とにかく、申し訳ないことをした」


 王族の男特有だという赤金(あかがね)色の髪の毛がゆっくり下げられていくのを目の当たりにして、ブリアナは帰国後何度目かの気絶と戦っていた。


(見事なお色だわ……)


 現実逃避したくなるのは自然なことだろう。

 衝撃を受け止めきれず、遠い目をするブリアナに代わって、アシェルが「とんでもないことでございます」と答える。

 シャーロットが機嫌良く「おうじさま!」と叫ぶので、ブリアナはいよいよ具合が悪くなってきた。――静かにしているようによく言い聞かせたのに!


「夫人、そう緊張する必要はない! 非公式なことだからな!」


 ブリアナの顔色が急激に悪くなっていくのを察した第二王子が、豪快な笑い声を上げる。その気遣いは伝わったが、到底無理なことである。


「まさか()()があれほど愚かだとは思っていなかった」


 顔を上げた王太子が、不愉快そうに言う。

 あれ、というのは王女のことだろう。もう王族の一員だとすら認めていないのだ。

 小さな問題を起こしているうちは、視界に入れないようにすればいいだけだった目障りな異母妹(いもうと)。それが、ついに王太子の治世を邪魔するかもしれない存在に成り下がってしまったのである。


「陛下も申し訳ないと」

「……陛下が」


 意外に思ったのが伝わったのか、王太子の表情がわずかに緩む。


「目が曇っていた、と」


 国王の治世は比較的安定していて、国民からの評判も上々なので、その手腕が疑われることはない。――ただ一点、王女のことを除けば。

 王女のことだって、あの美貌だ。直接被害に遭った貴族たちは疎ましがっても、媚薬事件の関係者がそうだったように、崇拝的に慕う者たちもいる。


「目が曇っていた、ですか……」


 アシェルが苦々しく呟いた。まるで、そんな言葉で片付けてほしくない、とでも言うように。


「申し訳ない。ただ、陛下もそれ以外の言葉が見つからなかったのだろう。()()は女だから、ゆくゆくは(まつりごと)とは離れた場所で暮らしてくれればいいと、楽観的にもそう思っていたのかもしれない。もちろん、だからといって、()()がしてきたことは許されることではないが」

「だから私は、()()を早々に幽閉してしまえと申し上げていたのだが! どう考えても、外に出していい人間ではなかったからな!」


 第二王子はやはり溌剌(はつらつ)とした様子で笑うが、発している言葉はだいぶ酷い。その思い切りのよさ――ともすれば、実はただ嫌いなだけなのではと思わせる純粋な残酷さに、王太子は呆れたように重く息を吐き出した。「陛下の手前、小さな問題程度では無理だっただろう」


「というわけで、ピエラ伯爵並びに夫人には、王家がしっかりと償わせてもらう」


 なるほど、とブリアナは自分がここに呼び出された理由を察した。要は、迷惑料という名の口止め料を渡すので、王女がしたことを当事者として大々的に肯定しないでほしいと言っているのだ。

 単なる噂として出回るのと、当事者がその噂について言及するのとでは訳が違う。巻き込まれた人間がいる以上、王女の良からぬ噂は広まるだろうが、噂は噂。他に刺激的な話があれば、人々はそちらに食いつくものである。


「……わかりました。格別のご配慮をいただきまして、ありがとうございます」


 ブリアナはほっと息を吐き、素直に謝罪を受け入れる。第二王子と友人関係にあり、いつしかは王太子とも共闘関係だったらしいアシェルは不服そうだったが、ブリアナは違った。むしろ逆である。

 非公式に呼び出された意味を知り、安堵すらしていた。()()()()()()()()()に謝罪される恐怖を味わうよりずっといい、と。





「ロッテ……」


 ブリアナは再び、気絶の危機と戦っていた。


(この子、大物だわ……)


 使節団の男たちと行動を共にし、ちやほやされた経験があるからか、帰国後はほとんど人見知りをする様子のないシャーロット。それはもちろんいいことではあるのだけれど――。

 娘は今、第二王子の腕の中にいる。


「大丈夫だよ。殿下ご自身で『連れて行ってやろう』と仰ったんだから」


 第二王子の後ろを歩くアシェルが、並ぶブリアナに耳打ちする。


「でも……」

「それに、殿下は子を持つことはないと公言しておられるから、幼い頃からの友人である僕の子を可愛がってくださるつもりなんじゃないかな」


 そう言われて、ブリアナは思わず押し黙った。その話題を持ち上げられると、もう何も言えない。そうかもしれないし、そうでないかもしれないからだ。

 まあ、第二王子が進んでそうしたのだからいいのだろうと、強引に納得することにした。

 その時。


「きゃあ!」


 背後で悲鳴が上がった。


(え、何――)


 あっと思う間もなく、押し出される。気付けば、アシェルがブリアナと娘を抱えた第二王子を守ろうとする形で立ちふさがっていた。

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