最終話 キノ娘と一緒
「うふふふふふ……」
購入した天然大理石のセンターテーブルに、マルモがだらしない顔をして頬ずりをしている。
アンティークショップでマルモにねだられて買ったもので、結構な値段がしたわけだが、あれから毎日この調子だ。ま、本人が嬉しいのならそれでいいが。
「マルモだけずるいー、ボクにも何か買ってよー」
「今度新しいゲームを買ってあげるから」
「わーい」
うむ、ヴェルナは帽子のでか口含めてチョロいな。
「ねえねえ、皆でボードゲームしない?」
「今度こそ私がトップを取るから」
ワカエと月夜がボードゲームを持ってくる。
ちょっと前まではそれにマルモは参加しなかったものだが……。
「あと一分、一分だけ頬ずりしたら私も参加します」
「一分だけだかんねー」
このように遊びにも参加するようになった。もちろん遊びや大理石への頬ずりだけでなく、料理についての探求は今も続けていて、食事の多くはマルモに頼るようになっている。蔵に生えているブナシメジの本数が増えたこともあって、マルモは最近絶好調といった感じだ。
「いやあ、なんかこういうのはいいな」
俺がふと漏らした呟きに四人がこちらを見てきた。
いや、そんなに注目されるようなことじゃないんだけど……。
「なんていうかさ、皆で仲良くわいわいやって暮らすのは楽しいなって改めて思ったんだよ」
「まあ、ボクたちはいい子だからね」
「ヴェルナ、お前は向こうの世界ではちょっとした問題児って話じゃないか」
「うわ!? 何で知ってるのさ!?」
ヴェルナはおとなしそうな外見をしているし、人見知りで声も小さいが、身体能力は高くてエネルギーがあり余っているらしく、コンサートやイベントなどで興奮して器物破損をすることは珍しくないとか。
「ワカエは月夜とマルモをライバル視しているみたいだけど、ここではそういう素振りを見せないし」
「改めて口にしないでよ! もー!」
ヒラタケとしては、ヒラタケに似ている毒キノコのツキヨタケ、人間の世界でヒラタケの地位が低下する中、シェアを確実に広げているブナシメジ。どちらもヒラタケにとっては気になる相手と言えるだろう。
「俺にしたって、最初は毒キノコに偏見を抱いていたけど、ここで月夜やヴェルナと過ごしていると、毒キノコってことで差別や区別をすることはバカバカしいと思うようになったしな」
俺は一つ咳払いをした。こういうことは、こうした独特な雰囲気ができた時にしか言えないものだから、きちんと言っておく必要があると思う。
「皆、俺の所に来てくれて、ありがとう」
我ながら照れくさい台詞だ。
聞かされる方もそうなのか、四人とも真っ赤にしている。
「素晴らしい、感動しましたわ」
その時、俺たち五人のものではない声が響いた。
その声は庭の方からだった。俺たちが庭の方へ出ると、地面から一人の女性が文字通りニョキニョキと生えてきた。
「はじめまして、タケルさん」
美しい女性だった。横に広がるボブカットの髪は白く、全身に纏う服、大きな帽子、ジグザグとボロボロの布が交互に段々になっているワンピースのような服、大きめのブーツ、どれも純白だ。しかし、その切れ長の瞳には赤い光が伺える。この真っ白さはヴェルナと同じだ。ヴェルナの特徴が帽子についた大きな口なら、目の前の女性の特徴は背中に生えた小さな白い天使のような羽だ。
「あなたはどちらのキノコの精霊でしょうか……」
思わず敬語になってしまった。それだけ、目の前の女性から感じられる雰囲気は荘厳というか、オーラを感じる。
『ヴィロサさん!?』
四人のキノ娘の声がハモった。さん付けをしているあたり、目上かな?
「私はアマニタ・ヴィロサ。ドクツルタケのキノ娘です」
「ドクツルタケ……!」
俺でも知っている有名な毒キノコだ。毒性がとても高くて、ヴェルナ……シロタマゴテングタケとドクツルタケの二種類で、日本における毒キノコの死者の多くを占めているのではなかろうか。
「ヴェルナと違って大人っぽいですね……」
俺の口から思わず出た言葉はそれだった。ドクツルタケ、ヴィロサさんは一瞬ぽかんとした表情になると、くすくすと笑い出した。やばい、恥ずかしい。
「こら! タケル、ヴィロサさんにいきなり何を言い出すのさ!」
ワカエがぷんすか怒っている……いや、怒っているのとはちょっと違う?
「ヴィロサさんは私たちのリーダーみたいな人なんだよ!」
「リーダー……、うーん、キノ娘の大統領?」
くすくす笑っていたヴィロサさんの笑いが強くなる。そして、小さく震えながら俺の肩をポンポンと叩く。
「こういう状況で、緊張感なしにそういうことを言えるのはもはや才能ですね。いえ、そういう方だからこそ、でしょうか」
このまま庭で立ったままなのも何なので、俺はヴィロサさんを皆がいつも過ごす居間へと案内した。
四人の様子を見ると、かなりヴィロサさんに気を使っている感じだな。てか、気を使うって言葉を知っていたのか。
「皆さん、お気遣いなく。すぐに元の世界に戻るつもりですから」
あ、これまでの流れで居候になるものと思い込んでいたが、そうではないのか。地位が高いようだから、そんなことはやっていられないのかな?
「キノコの精霊を代表として、タケルさんにお礼を一言申し上げたかったのです」
そう言うとヴィロサさんは深々と頭を下げた。
「顔を上げてください、ヴィロサさん。俺は居候させているだけで、他には特に何かしているわけでもないですから」
「それだけで十分なんですよ」
ヴィロサさんは月夜とヴェルナの肩に手を置く。
「この子たちのような毒キノコにも普通に接してくれて嬉しかったんですよ。タケルさんの存在を知った当初は、私たちの間では、人間は食用キノコのことしか目にかけないだろうと言われていましたから」
「いえ、俺も最初は戸惑いました」
月夜とスーパーで出会った時は、厄介事に巻き込まれたらごめんとばかりに逃げたしなあ。
「でも、月夜と一緒に暮らしてみたら、何の事はない、普通の女の子でした。もちろん月夜だけでなく、ワカエやヴェルナ、そしてマルモも」
「私が一番女の子していたよね」
ワカエがなぜか胸をはっている。なぜそんな自信を持っているのだろうか。一番最初にうちに来たキノ娘で、なんだ特別な存在じゃなくて人間と変わらないじゃないかと思わせた当事者と言えば当事者ではあるが。
「あー、うん、そうだな」
「今の返事、絶対私の事褒めてないよね」
「褒められることをすれば褒めるさ。とりあえず、食べたらすぐ横になるのは、女の子としてはどうかと思うぞ」
「えー……」
そこに月夜が割り込んできて俺の左腕に抱きつく。
「私が一番女の子じゃない? 毎晩ご奉仕してあげてるし」
「何それ初耳だけど!?」
「人聞きの悪いことを言うな! ワカエ、睨まないでくれって、風呂で背中を流してもらっているだけだよ!」
てか、気づいていなかったのか、ワカエ。ヴェルナはもちろん、マルモも気づいていたぞ。
ツンツン
ヴェルナが俺の背中をついて何かを訴えかけているような目で俺を見る。
「ああ、ヴェルナも女の子だぞ、可愛い可愛い」
帽子のでか口の部分と、本体の髪の部分の両方を撫でる。
「あの、えっと、大理石一緒に頬ずりしませんか?」
「いえ、結構です……」
出遅れたといった感のマルモがわけのわからないことを言い出したが丁重にお断りする。
客人が来ているというのに、なんかもうシッチャカメッチャカだな。
「本当に、あなたのような人でよかった」
ヴィロサさんは天使のような笑顔を浮かべた。俺だけでなく、四人のキノ娘たちも見とれて思わず居住まいを正してしまう。
「どうか、これからも私たちキノコの精霊をよろしくお願いしますね」
「はい、お任せ下さい」
「おそらく、これからはもっとたくさんのキノ娘たちが伺うと思いますが……」
「大丈夫です!」
「そうですか、安心しました。少なくとも二十人以上はここで暮らしたがっているので」
え?
「タケルさんは裕福な方のようですが、住居についてはこちらでサポートをしますのでその点はご安心下さい」
「いや、二十人以上って?」
「興味を持っている子なら六十人ぐらいいますが、積極的にこちらに来たがっている子が今のところ二十人ちょっとです」
いや、それはさすがに多すぎだろ。
「えっと、それはちょ……」
「それでは私はこれで。またお会いできる時を楽しみにしています」
俺の言葉を無視してヴィロサさんは庭に出ると、にこやかな笑みを絶やさぬまま今度は地中に沈んでいくように消えていった。
「えーと……」
俺が情けない顔をしていると、四人のキノ娘たちは俺の肩を次々に叩くと、はじけるような笑顔を浮かべ、声を揃えてこう言った。
『大丈夫だよ、皆いい子だし、タケルなら皆と仲良くやっていける。これからも私たちキノ娘をよろしくね♪』
これからも俺の傍にはキノ娘がいることになるんだろうな。
うん、悪くない。
いや、これからも、一緒にいたい。
そう、俺はこれからもずっと、キノ娘と一緒だ!
ギリギリ11月中に一応の完結を迎えることができました。最後まで読んで下さった方には感謝を申し上げます。
当初は10話完結予定でしたが、ブナシメジを出したくなって2話ぶん伸びてしまい、話をまとめるのに時間が思いのほかかかってしまいました。
二次創作小説で、元となるキノ娘の絵があるので楽しみながら書けました。キノコについて以前より詳しくなった気分です。少なくとも、キノコについて興味を持つようになりました。色々と奥が深いですね、キノコ。




