31 初夏の昼下がり
虫の音も騒がしくなってきた、初夏の昼下がり。
今日の俺は珍しく一人だ。
理由はここ最近、ノエルが脱走を繰り返し試みまくっていたことにある。
なんでも、俺が自由に村に出られるようになったことが、それはもう羨ましかったらしい。
ここ最近はそればっかりで、流石のミナも参ってきていたようだ。
そこで今日は、ダイアーとミナ、二人がかりでノエルを連れだしてくれている。
しかも、ノエルのやんちゃさには大人二人の目でさえ足りないと、アーネスも同行させられているらしい。
ノエルはアーネスに会いたがっていたし、一石二鳥だな。
アーネス自身の気持ちは知らないけど。
……まあ、せめてミッションを終えたら労ってやるか。
膝枕にも、慣れてきたしな。
ともあれ、そんなわけで俺は一人、自習のお時間だ。
自室の椅子にもたれながら、アーネスから借りた本を読んでいる。
窓から差し込む光が少しまぶしいが、薄暗いよりはよっぽどいい。
アーネスの家にはたくさんの本があった。
今読んでいるのも、彼から借りた一冊だ。
難しいのが多かったから、そこまで大量に読めたわけではないけど、ここ一年で、この世界についてはかなり詳しくなれた気がする。
「王都は……ここかな」
例えば、俺の生まれたこの村は、ネルレイラ王国という国に属しているらしい。
前に、リーラントがそんな感じの名前を出していたな。
その名の通り、ネルレイラ王家が治めている、自然豊かで、四季のある国。
主には妖精神の信仰が盛んで、実際に、多くの妖精たちが暮らす国でもあるのだとか。
「妖精か……」
そう言えば、俺はまだリーラント以外の妖精に会ったことがないんだよな。
一日一回しか妖精歌を使えないのも不便だ。
そう考えると、そろそろ新しい妖精とも契約しておきたい。
最近はすっかり暑くなってしまったが、一応まだ春ではあるわけだし……
リーラントに直接、聞いてみようかな?
***
「それでワシを呼び出したわけか」
「ごめんね。こんな暑い日に」
「よいよい! ダイアーの娘の頼みじゃ。いくらでも聞いてやるわ!」
庭に出て、歌を歌えば、彼女はすぐに駆けつけてくれた。
初対面ではどうなることかと思ったが、本当に面倒見がいいな、リーラントは。
お言葉に甘えていろいろと質問させていただくとしよう。
「ふむ……他の妖精か」
「そう! パパみたいにいろんな妖精と契約すれば……」
そこまで言うと、リーラントは随分渋い顔をした。
驚いて、言葉を詰まらせてしまう。
「悪いことは言わん。やめておけ」
「えっ」
「わしみたいな妖精はごくまれじゃ。普通に会うだけなら問題ないが、こと契約となると……」
どうして……と思うと同時に、脳裏の記憶が刺激された。
そう言えば、リーラントと契約できたのは、ズルみたいなものだって話だったな。
こんな子供の身で契約させてくれる妖精なんて、そうそういないのかもしれない。
「私一人じゃ難しいってこと?」
「うむ。というか、死ぬじゃろうな」
「えっ」
マジか、いたずらされて危ないとかいう次元の話じゃないのか。
最悪の場合死ぬとかなら分かるけど、半分断定されるとは驚きだ。
「というかおぬし、わしの時だって死にかけたじゃろ」
「えっ?」
「ダイアーがいなければ、おぬしの魂は粉々になっておったのじゃぞ?」
「そ、そうなの……?」
マジで? 俺、そんなに危ないことしてたの?
困惑は顔に出ていたようで、俺がしばらく固まっていると、リーラントは大きなため息をついてしまった。
「あの妖精たらしめ……本当に何の説明もしなかったのじゃな……」
「あはは……」
「まあなんにせよ、おぬしはもう少し、妖精について理解を深めた方がよいの」
「教えてくれるの?」
何となく、リーラントは人に物を教えるのがうまい気がする。
寄り添いながら教えてくれるっていうんだろうか、俺に対しては随分真摯に向き合ってくれている気がする。
案外、ダイアーの家庭教師とかやってたのかもしれないな?
「教えるには教えてやるつもりじゃが、講義形式では、伝わらぬかもしれぬ」
リーラントはそう呟くと、突然自分の指をぺろりと舐めた。
そのまま人差し指を立て、真上に伸ばして目をつむる。
「うむ、良い風じゃ。天気もいい。気温も丁度よい」
「何してるの?」
「風を読んでおった。今日みたいな日は、顔を出している妖精も多いじゃろ」
なるほどな?
つまり、どういうことだ?
「よしレーダよ。今日は特別授業といこうではないか」
「ほう」
講義形式では伝わらないから、特別授業の時間らしい。
なるほどなるほど、つまり、講義じゃなくて、実習ってわけか?
「野外活動の時間じゃ! 海にいくぞ!」
海! 夏の風物詩!
正確に言えば、今はまだ夏ではないが、そんなことはどうでもいい。
蒸し暑くなってきた初夏の海ほど、素晴らしいものはなかなかないぞ。
「でも……この辺りに海ってあるの?」
よくよく考えてみれば、ここは森の中だ。
近くの村は農村だし、この辺りに海なんてない気がするが……
「なんじゃ? おぬし、しらんのか」
「何を?」
俺が知らないことってなんだ?
海は海でも行くのは樹海とかか?
いやまさか、そんな回りくどくて分かりづらい言い方はしないだろう。
「この森を抜ければ、すぐに海に着く」
「え? あー……」
この村、そんな位置関係だったのか。
驚きはあったが、言われてみれば、思い至ることもある。
「いつもダイアーが守っているのは、森から続く海岸線じゃからな」
かつてアーネスが言っていた、村への襲撃。
その首謀者は、夜の神を信仰する海賊だったって話だ。
海賊……流石に、海岸を歩くだけで出くわすことはないとは思うが。
なんにせよ、ただただ楽しい遠足というわけには行かなさそうだ。
気を引き締めて、行ってみることにしよう。




