071 「書かれるべきストーリーから、逸脱してしまった」
あなたは、気を失ったラインハルトから身を放して、立ち上がる。
あなたのしたことは、言ってみれば子羊が狼を食い殺すようなものなのだけれど、あなたにはこれといった感慨もなく。
なんの達成感もなければ、勝利したという思いもない。
むしろ。
プログラムを実行しきってしまった後の、空虚感とでもいうべきものにとりつかれていた。
あなたは、まあ。
何をなせばいいのか判らないまま、途方にくれていたとゆうことね。
だって。
あなたは、携帯電話に書かれた予定表の外に、放り出されてしまったのですもの。
あなたにとってそれは、ナチスの殺し屋と戦うことより、困難な事態を意味してた。
あなたは、気配を感じ顔をあげる。
薄闇の向こうから、やってくるひとがいた。
白と黒の市松模様に染め上げられたそのひとは、道化だ。
歩く度に、ちりりちりりと、鈴の音がする。
そして道化は、あなたの前に立つ。
黒く塗られた部分が闇に溶け込み、白く塗られた部分が闇に浮かび上がるその姿は、壊れた人形のようだ。
道化は薄く笑みを浮かべ、優雅に一礼した。
「ようこそ、本の中へ」
そして、顔をあげ、喉の奥でくっくと笑う。
「なんにしても、やっかいなことをしてくれたものだね。全く予想外だよ」
やっかいなことをしたという点には、あなたも同意する。
多分、あなたは本に書かれるべきストーリーから、逸脱してしまったのだろう。
道化はでも、ちっとも困ったような顔をしていない。
むしろ、楽しげだと思える。
あなたは。
なんとか、言葉を口にする。
「ティル・オイレン」
道化は、頷く。
「正式には、ティル・オイレンシュピーゲルなんだがね。梟の鏡。でも長ったらしいので、鏡のところを省略してみんなティル・オイレンと呼ぶ」
道化の言葉は無視して、あなたは言葉を重ねる。
「ワタシ、ドウスル、イイ?」
道化は、肩を竦めた。
「さあてねぇ。きみは僕の書いた筋書きからそれちゃったから。自分で決めてもらうしかないかなぁ」




