129 「いよいよ帰れるとなったその日」
それからわたしたちは、一ヶ月の間、本の中に滞在した。
エリカに、今この時点で大アルカナの使い手が減るのは困ると言われたからだ。
エリカは、ローゼンベルクに勝ったとはいえ、CIAの引き連れてきた特殊部隊と話をつけ、穏やかに引き取ってもらう必要がある。
アリスは、エリカと契約し、わたしたちの側についてくれたようだ。
これは、大きな戦力となった。
おかげで、わたしたちが大アルカナを駆使して戦うことはなかったのよね。
後から聞いた話しでは。
ローゼンベルクは、自殺したそうだ。
まあ、パイロンが殺したようなもんだと、思う。
なんだかんだ言ってもあいつは、したたかでくえないやつなんだと、思う。
結局のところ、一ヶ月の間わたしたちがしたことと言えば、一日1時間くらいエリカの愚痴を聞いただけなんだけどね。
エリカの愚痴は、パイロンの愚痴でもある。
パイロンが、一日のうち3時間くらいはエリカに愚痴をこぼすらしい。
それを凝縮したものを、わたしたちは聞かされた。
パイロンが言うのは、この本に書かれた物語をなぜ自分が決着をつけねばならないんだ、ってこと。
回収されてない伏線、つながらないエピソード、行き場の無い登場人物が満ちた物語に落ちをつけるなんて。
パイロンは、そんなのは書いたやつがやるべきだ、と愚痴る。
でも、書いた当人の道化ときたら。
一日海を眺め、空を見上げ、風と語り合い、呆けっぱなしだった。
まあ、道化なんだから、しかたないじゃん。
そう思いもする。
パイロンは幾つかの離れ業を演じ、彼が言うにはまた何度か殺されかけたようだけど。
結局CIAの特殊部隊(アリスから見ると、素人同然のアウトソーシング部隊)は、大人しく帰ってゆき、ロスチャイルドとも話がついたようだ。
いよいよ帰れるとなったその日、わたしたちにドクター・ディーが会いに来た。




