30 奪還
カインは僕の正面に立つと左手で僕の顎を持ち上げた。
払い除けたいが、手枷を嵌められた両手は持ち上げる事が出来ない。
顔を逸らそうとしても、手枷のせいか思うように顔が動かせない。
せめてもの抵抗とばかり睨みつけるとカインはフッと微笑んだ。
「不思議に思わないか? どうして父上がこんな姿になってしまったか」
確かにグレイは不自然なほどに年老いてしまっていた。
「闇魔法を使ったからだよ。闇魔法は魔力だけでなく、その使い手の生命力までも奪う。光魔法も一緒だ。だからこそ禁じられた」
魔力だけでなく生命力までも?
だからこんなに年老いてしまったのか。
「知っていて、グレイは闇魔法を使ったのか?」
「いや。父上は知らなかった。父上が闇魔法を使っている事を知って調べた時に私が気づいた。だが父上には知らせなかった」
「何故?」
「もちろん復讐の一貫だよ」
その言葉にゾクリとした。
カインの、いやカインの母親の恨みはどこまで根深いのかと。
グレイがこんな姿になったのならいずれカインもこうなるのか?
「それじゃ、カインも?」
僕の問いにカインは首を横に振った。
「いや、その前に終わらせる?」
終わらせる? 何を?
カインの言葉に疑問を持った時、何かが僕の手に握らされた。
手元を見ようにも、顎を掴まれたまま、下を向く事を許されない。
そのまま僕の手をカインが自分の方へ引っ張る。
途端に何か生温かいものが僕の手に伝わってくる。
何だ、これは?
やがて鉄臭い匂いが鼻を擽った。
そこでようやくカインの意図に気づいた。
やめろ! やめてくれ!
声を出したいのに、言葉が出てこない。
カインは僕の手に握らせたナイフを一旦引き抜くと、再度自分の体に突き立てた。
僕の手を使って…。
カインは血にまみれた手で僕の頬を撫でる。
「フェリクス。いや、フェル。明日はお前の誕生日だろう。プレゼントに私の命をやるよ」
そう言うと僕の体をギュッと抱きしめた。
僕の手に握らせたナイフが更にカインの体に呑み込まれる。
「カイン! 駄目だ!」
どうにかしたいのに、どうする事も出来ない。
ヒールをかけようにも、手枷で魔力を封じられてしまっている。
このための手枷なのか。
カインは最初から、死ぬつもりだったのか。
涙がポロポロと溢れ落ちる。
やがてカインの体から力が抜けて僕にもたれかかってきた。
それと同時に僕の手から手枷が外れた。
カインが死んでカインの魔力が無くなったせいだろう。
カインの重みが僕にのしかかる。ゆっくりとカインの体を床に横たえた。
カインは目を閉じたまま薄っすらと微笑んでいた。
その場にしゃがみ込んで泣いている僕の耳に、バタバタと誰かが駆け込んでくる音が聞こえた。
******
あれからひと月たった。
あの日王宮には数人の側近しか残されていなかった。
他はすべてカインによって退去させられていた。
またグレイとカインに闇魔法をかけられていた人達は、二人の死によって開放された。
闇魔法をかけられていた間は夢とも現実ともわからなかったそうだ。
まだまだいろんな問題が山積みだけど、少しは落ち着いてきた。
十八歳になった僕は正式に王位を継いで国王となった。
シェリルはゼフェルさんとグレイの妹のアネットさんの娘だと分かった。
正式にゴダール国の貴族として登録する為にゼフェルさんと国に帰っている。
ゼフェルさんはアネットさんが亡くなっていた事をとても悲しんでいたけれど。同時に娘が生まれていた事をとても喜んでいた。
『せっかく娘がいるとわかったのに、すぐに嫁に出さなくてはいけないなんて…。結婚式は十年後くらいで良いですか?』
そう笑いながら僕に言ってきたけれど、半分本気なような気がする。
もっとも、僕もしばらくは国を治める事に尽力しなければならないから、結婚どころではないけどね。
今思えばカインは最初から最後まで勝手な奴だった。
そして誰からも愛されない可哀想な奴だった。
もし父上がソフィア様と、母上がグレイと結婚していたら、僕とカインは生まれていたのだろうか?
それともグレイがあそこまで母上に執着しなければ、僕とカインはもっと違う関係でいられたのだろうか?
いつまでも答えの出ない疑問を抱きながら僕は今日も生きて行こう。
王位を継いでゴールじゃなくて、これからがスタートなのだから‥‥。
ーENDー




