21 シェリルの今後
お昼寝をする小さな子供達を寝かしつけると、シェリルはそっと部屋を出た。
すると、そこには一つ下のベスが立っていて、そっとシェリルに耳打ちをしてきた。
「シェリル、院長先生が呼んでるわ」
シェリルはコクリと頷くと、院長室へと向かう。
扉をノックして
「院長先生、シェリルです」
と、声をかけるとすぐに中から
「どうぞ」
と、返事があった。
院長室の中に入ると、正面の机に座っている院長先生が何やら書類にペンを走らせていた。
シェリルの姿を見るとすぐにペンを置き、横のソファへ座るように促す。
シェリルがソファに腰掛けると、反対側の椅子に院長先生も腰を下ろす。
シェリルはじっと院長先生を見つめて、発言を待つ。
院長先生は既に六十歳は過ぎているだろうと思われる品のある老婦人だ。
最近は体力が衰えてきたらしく、子供達の世話は専ら娘や他の手伝いの人にに任せている。
それでも子供達はこの院長先生を慕っている。叱る時は厳しいけれど、その叱責が愛情にあふれているものである事は皆がわかっている。
今日シェリルが呼ばれたのは、自分のこれからについてだろうと察していた。
この孤児院では十五歳になると、外へ働きに出るようになる。
中には住み込みの働き口を見つけて出ていく者もいる。
最終的には十八歳の成人になれば、ここを出て自立しなければならない。
そのための資金を貯めるためにも、外へ働きに行くのだ。
シェリルも先日、十五歳になった。
本来なら既に外に働きに行っている頃だが、なかなか働き口が見つからなかった。
院長は正面に座るシェリルを見つめた。
いつ見ても綺麗な顔をしていると思う。
小さい頃はかわいいと思っていたが、最近は年頃になってきたせいか、随分と大人びてきている。
これで髪の色が真っ赤でなければ、引く手あまただったろう。
「ねぇ、シェリル」
院長先生の声掛けに、シェリルは姿勢を正す。
「はい、何でしょう」
「色々考えてみたのだけれど、あなたはこのまま孤児院で子供達の面倒を見て貰えないかしら」
「いいんですか?」
シェリルの言葉に院長先生は大きく頷く。
みるみるうちに、シェリルの瞳に涙が溢れる。
いずれ出ていかなければならないのに、働き口も見つからないのを叱責されると思っていたからだ。
「ありがとうございます。精一杯頑張ります」
シェリルは目尻の涙を拭いながら、お礼を言った。
院長先生はシェリルが落ち着いたのを見計らって口を開いた。
今まで伝えるかどうか、迷っていたが、自分も年を取ってきた。
いつ儚くなるかわからない今、言っておかなければならないだろう。
「シェリル。落ち着いて聞いてちょうだいね。あなたはもしかしたら、貴族の娘かもしれないの」
「はい!?」
院長先生の言葉にシェリルは耳を疑った。
貴族の娘? 私が?
院長先生はシェリルの胸元を指差した。
そこには肌見離さず掛けているペンダントがある。
「そのペンダントはかなり高価なものですよ。それを惜しげもなく持たされているという事は、いずれ迎えに来るという証かもしれません」
シェリルはそっと服の上からペンダントを押さえた。
確かにそうかもしれない、とシェリルは思った。
ずっと肌身離さず身に付けているのに、くすむ事なくいつまでもキラキラと新品のように光っているのだ。
「でも、こちらから探してはいけませんよ。もし、いいがかりだと難癖をつけられたら、その場で斬り殺される場合もありますからね」
院長先生の言葉にシェリルははっと息を飲む。
このペンダントには両親の名前と共にシェリルの名前と誕生日が刻まれている。
それなのに‥どうして院長先生はシェリルの両親を探さなかったのか不思議だった。
普段から、孤児院の大人達には耳にたこができる位言われている事があった。
『貴族には近寄るな』
『貴族の言う事には逆らうな』
もし院長先生がシェリルの親を探していたら、この孤児院もただでは済まなかったのかもしれないと。
向こうから来ない限り、こちらから名乗ってはいけないのだと悟った。
「わかりました。探しません」
シェリルの誓いに院長先生は満足げに頷いた。
ここで働かせれば、変な輩に目を付けられる事もないだろう。
貴族の娘であれば尚更、シェリルの純潔を守らなければいけない。
自分が生きているうちは、何としてでもシェリルを守るのだと院長は決意を固めた。
良くも悪くもこの場所は王都から離れているため、カインの悪行は耳に入ってきていなかった。




