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16 浜辺の騒動

「フェル、遅いぞ~」


『ほら、さっさと走れ!』


「待ってよ、兄さん、シオン」


 僕達は今、砂浜を走っている。


 鍛錬、と言う名の遊びだな。


 砂に足を取られて走りにくいったらないんだけど、兄さんもシオンもまるで意に介さず、どんどん僕を置いていく。

 

 ようやくゴール地点に着いた時には息も絶え絶えで座り込んでしまった。そのまま後ろにひっくり返り大の字になる。


『鍛え方が足りないぞ』


 シオンがペロペロと顔を舐める。


 兄さんは、と見ると息一つ切らしていない。


 それもそうだ。


 兄さんは十九歳になってすっかり大人の体つきになってるからね。


 体格も良く、無駄な肉なんて少しもない。


 ようやく乱れた呼吸も落ち着いてきた。潮風が気持ちいい。


 最近、この海辺近くに引っ越してきた。


 何度目の引っ越しだろうか?


 もう数えるのも面倒になっちゃったくらいだ。


 長い所で2~3年、短いところではひと月も居なかったというのがある。


 追手には直接対峙していないけど、捜索されている事は間違いない。


 わざと接触してこないだけかもしれないが…。


 体を起こして沖を見つめる。


 この遥か向こうにゴダール国がある。


 そういえば、以前出会ったゼフェルさんは元気だろうか?


 冒険者とか言ってたけど、今でも何処かを渡り歩いているんだろうか?


 それにしても…。


「こんなに静かな海なのに、魔物がいるなんて信じられないな」


「岸辺に近い所は穏やかだけど、遥か沖ではクラーケンが出るらしいぞ」


 クラーケンって巨大なタコだっけ?


 あんなのが船に巻き付いて来たらひとたまりもないよね。


 ゴダール国との国交も進まないわけだ。


 クラーケンに出会わずに対岸に辿り着ける保障なんてないもんね。


 巨大なタコかぁ。


 あぁ、たこ焼きが食べたくなった。


 それでも命知らずの人間はいるもんで、偶に船で渡って来る人がいるらしい。


 僕にはそんな一か八かの賭けなんて出来ないよ。


 あれ?


「兄さん、沖で誰か泳いでる?」


「えっ、まさか?」


 もう一度、目を凝らしてみる。


 確かに誰かがこちらに向かって泳いでいる。


 だけど、その人物の後ろを何かが追いかけているみたいだ。


「兄さん、あの人の後ろを追いかけているものって、クラーケン?」


「何だって!?」


 身体強化で視力を上げて再度沖を見つめる。


 間違いない、クラーケンだ。


「大変だ! 助けなきゃ」


 そうは言ったものの、あの人の所までかなり距離がある。どうすればいいだろう。


 早く何とかしないと、あの人がやられちゃう。


「落ち着け、フェル。ウインドカッターをクラーケンまで飛ばせるか?」


 あそこまで!?


 迷っている時間はない。


 やるしかないんだ!


 クラーケンめがけてウインドカッターを飛ばす。


 頼む! 届いてくれ!


 僕の放ったウインドカッターがクラーケンの足に命中する。


 クラーケンが怯んだみたいで、動きが鈍くなる。


 よし、もう一発だ。


 再度、ウインドカッターを放つ。


 今度もちゃんと命中して、クラーケンの足が切れた。


 クラーケンは諦めたのか、何処かへ消えて行ってしまった。


 クラーケンに追われていた人がようやく岸に到着した。


 手を貸して、砂浜に寝かせる。


 うわっ、あちこちキズだらけだ。


 ヒールをかけて手当をする。


 兄さんがマジックバッグから水を取り出すと、起き上がって美味しそうに飲み干した。


 あ、この人も赤い髪だ。


 ゼフェルさんほどじゃないけど、髪の毛は赤い色をしていた。


「ありがとう、助かりました」


 父さんより少し年上のようなその人は、やはりゴダール国の人だった。


 名前はコンラッドさん。


 船でこの国を目指していたところ、クラーケンに襲われたんだって。


 コンラッドさんと何人かが、海に放り出されて逃げてきたらしい。


 船が無事なら、いずれこの国に到着するかもしれない。


 とりあえず父さんに会わせる事にした。

 


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