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関係改善をあきらめて距離をおいたら、塩対応だった婚約者が絡んでくるようになりました  作者: 雨野六月
第二部

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価値のある言葉(アーネスト視点)

(貴方の望むような息子になれなくて、申し訳ありませんでした)


 アーネストは近衛騎士に連行されていく母の後ろ姿に、心の中で謝罪した。

 母の行為に激しい怒りと嫌悪を覚える一方で、先ほどの母の嘆きを思うと、ぎりぎりと胸を締め付けられるような痛みを感じる。自分の中の幼い少年が泣き叫んでいるようだった。

 母への罪悪感、母を失う恐怖、見捨てられる恐怖、物心ついたころから慣れ親しんだ感情がないまぜになって、怒涛の如くに押し寄せる。

 母と近衛騎士の足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなってから、アーネストは深々と息をついた。


 ややあって、カイン・メリウェザーが部屋の中に入ってきた。彼はこの件の立役者だが、「俺がいたら無駄に刺激するだけだから」と言って隣室に控えていたのである。

 カインが現れるや、ナイジェル・ラングレーは嬉々として彼に駆け寄って、布張りの小箱を有難そうに受け取ると、気もそぞろな様子で退場した。

 そして部屋には王家の血を引く三人の男が残された。


「――上手くいったようですね」


 カインの言葉に、父は「ああ、何もかもお前が予想した通りになった」と優しく微笑んだ。


「クリフォード、やはりお前は天才だな」

「もったいないお言葉です。しかし私のことはどうかカイン・メリウェザーとお呼びください」

「そう言うな。私にとって、お前はいつまでもクリフォードだ」


 そして父は両腕を広げ、カイン・メリウェザーを抱きしめた。その光景を見るともなしに眺めながら、アーネストは「父と子の感動的な和解の図だな」と他人事のように考えた。

 いっそ本当に赤の他人だったらどんなに良かったかと思う。自分こそが不貞の子で、父と血がつながっていないのだとしたら、どこかよそに真実の父がいるのだとしたら、様々なことが今よりはるかに耐えやすかったことだろう。


「ああ本当に大きくなったな。クリフォード」


 父は感極まったようなかすれ声で囁いた。


「私はお前を王太子に選ばなかったことを、ずっと後悔していたんだ。愛する息子を死者にしてしまったことを、ずっと後悔していたんだよ」

「もったいないお言葉です」


 対するカインはしごくあっさりした口調で答えた。


「ですがどうか、お気になさらないでください。私自身はカイン・メリウェザーとなったことを、一度たりとも後悔したことはありませんから」


 少しの間、沈黙が続いた。


「……クリフォード、私に気を使ってくれているのかい?」

「いえ、偽らざる本心です」

「そうか……。まあ、今はまだ心の整理がつかないのも当然だな」


 やがて父はぎこちなく抱擁を解いた。それから王宮に遊びに来いとか、一緒にチェスをしようとか、あれこれカインに誘いをかけ、そのたびに慇懃にあしらわれてなんとも珍妙な表情を浮かべた。


「……それで王太子のことだが、やはり気持ちは変わらないのか」

「はい。私は王座に対して未練は全くございません」

「変に意地を張らなくてもいいんだぞ。お前さえその気になってくれれば、なんとでもやりようはあるからな」


 父はこの場にもう一人の息子がいることなど、忘れてしまっているようだった。


(今さらだな、本当に)


 アーネストは我知らず苦笑を浮かべた。

 父はずっと凡庸な自分よりも天才のクリフォードを愛し、彼が自分の本当の息子だったらと願っていたのだから。不貞がなかったことが明らかになれば、こうなることは最初から分かりきっていた。

 自分はそれを分かったうえで、この件に協力したのである。


 ――貴方はこの先ずっと孤独なまま、今日のことを後悔し続けることになるでしょうね。


 ふと先ほどの母の言葉が蘇る。

 この先ずっと孤独なままというのは、当たっているのかもしれない。実の父親は自分を愛したことはない。ビアトリスも最後は自分から離れて行ったし、友人たちもあの件で大半が背を向けた。この先誰かと愛し愛される関係を築ける自信がない。


(それでも)


 それでも今日の判断を後悔することはないだろう。それだけは確かだと、胸を張って言い切れる。

父とカインのやり取りを遠い目で眺めながら、アーネストはそんなことを考えていた。




 父が王宮へと引き上げたのち、カインは何やら気まずそうに口を開いた。


「一応お前にも言っておくが、俺は王太子になるつもりはないからな」

「そうですか。気が変わったらいつでも言ってください。俺は別に構いません」

「なんだって?」

「もともと俺が選ばれた理由は、正統な王家の血を引いているというその一点でしたから。資質はクリフォード殿下の方が優れていると周囲も言っていましたし、こうなった以上はお返しするのが筋ではないかと思います」

「八年前と今とでは全く状況が違うだろう。俺がメリウェザー領で自由に過ごしてきた八年間、お前は王宮で次代の国王としてずっと研鑽を積んできたんだから。その時間は今さら覆らない」

「そんなものに大した意味はありませんよ」


 アーネストは静かな口調で言った。


 ――私はお前を王太子に選ばなかったことを、ずっと後悔していたんだ。


 父――国王アルバートは、カインに対してそう言った。言い換えればアーネストは王太子であった八年間、一度たりとも彼のお眼鏡には適わなかったということだ。

 結局のところ、それがすべての答えだろう。

 しかしカインは意外な科白を口にした。


「そうか? まあ俺はお前の八年については良く知らないが、少なくともずっとお前の傍にいた人間は、意味があると考えているようだぞ」

「傍にいた人間?」


 まさか母のことを言っているのか。いぶかしげに眉を顰めるアーネストに、カインは「ビアトリスだよ」と苦笑した。


「俺は最初グレイス・ガーランドの一件を、大々的に公表してやろうと思っていたんだ。しかしビアトリスに猛反対されて断念した。王太子としてのお前の立場に影響するから駄目だと言ってな。そのせいで喧嘩になってしまったくらいだよ」

「彼女が、そんなことを」

「ビアトリスは、アーネスト殿下は王太子としてずっと研鑽を積んできた、その努力はないがしろにされるべきではないと言っていた。それを守るためなら、アメリア王妃を潰せなくても構わない、自分が学院を去って領地に引きこもることになっても構わないと……はっきり言って、あのいい加減な男の戯言よりも、よほど価値のある言葉だと俺は思うぞ」


 そう言って、かつての赤毛の怪物は、まるで仲のいい兄のように微笑んだ。

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コミック8巻の予約受付中です。とても素敵な漫画なのでよろしくお願いします!
関係改善をあきらめて距離をおいたら、塩対応だった婚約者が絡んでくるようになりました⑧
コミック8巻の書影です
― 新着の感想 ―
王妃も王も終わってて草 こんな人たちに心をぐちゃぐちゃにされたの本当に可哀想すぎる。 アーネストもカインもビアトリスも。 あと文章が読みやすすぎて最早気持ち良いまである。
[一言] 国王に必要なのは決断することそして迷わないこと だと言うのにこの王ときたら自分の決断にいつまでもウジウジウジウジと
[良い点] 兄弟仲は前よりいいものになったかもね。 カインもあのまま天才と持て囃されて、ちょっと傲慢なまま王位についてなくて良かったかと。 [一言] 国王がクソ過ぎて、息子二人を不幸にしたのは間違いな…
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