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追放令嬢の引きこもり改革!  作者: 秋月 もみじ
第4章

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第3話 地上に残された人々 ~かつての敵が集結し、神様へ「有給」を要求する~


 目が覚めると、そこは真っ白なオフィスだった。


 壁も床も天井もない。

 あるのは、無限に広がる白い空間と、空中に浮かぶ無数のホログラムウィンドウ。

 そして、中央にある簡素なデスクに向かい、猛烈な勢いでキーボード(に見える光の盤面)を叩いている少女──女神イヴの姿だけ。


「……殺風景ね。観葉植物くらい置いたら?」


 私は体を起こしながら嫌味を言った。

 体はある。

 パジャマも着ている。

 ただ、ここが現実世界ではないことは肌感覚でわかった。空気の味がしない。完全にデジタルな空間だ。


『目覚めたか、バグ(リリアナ)』


 イヴは手を止めずに答えた。


『貴女の構成コードは複雑だ。即時分解するとシステム全体にエラーが波及する恐れがある。……解析が完了するまで、そこで大人しくしていろ』


「監禁ですか。労働基準監督署に通報しますよ」


『ここは神域だ。人間の法は適用されない』


 彼女は指を振り、私の目の前に巨大なウィンドウを展開した。


『見ろ。貴女が愛した「怠惰な世界」が終わる瞬間を』


 映し出されたのは、地上の映像だった。

 ヴォルグの地下スパ。

 私が消えた直後の、あの場所だ。


 岩盤が崩れ、赤い警告の光が明滅している。

 その中心で、クラウスが膝をついていた。

 血まみれで、ボロボロで。

 でも、その目は死んでいなかった。


「……クラウス」


 私は画面に手を伸ばした。

 触れることはできない。音声だけが聞こえてくる。


『……マザー。聞こえるか』


 クラウスが低い声で呟いた。


『肯定。……通信機能、生きています。ですがオーナー(リリアナ)の反応、消失。……検索不能……』


 マザーの悲痛な機械音声。


『泣くな、AI。リリアナは死んでいない』


 クラウスはよろりと立ち上がった。

 魔導杖を杖代わりにし、天を睨みつける。


『あいつは言った。「必ず戻る」と。なら、戻ってくる。……だが、道が混んでいるなら、迎えに行ってやるのが夫の務めだ』


 彼は血を拭い、マザーに命じた。


『全世界の通信機をジャックしろ。帝国、王国、公国、教団……全てのチャンネルを開け。私が話す』


『了解。……全域接続ブロードキャスト、開始』


 ザザッ。

 画面のアングルが切り替わる。

 世界中の都市にある街頭モニターや、個人の通信鏡に、クラウスの顔が大写しになった。


 イヴの手が止まる。

 彼女は興味なさそうに画面を一瞥した。


『無駄なことを。人間が何を叫ぼうと、リセットの進行は止まらない』


「どうかしらね。あの人は、私の選んだ最高のパートナーよ」


 私は腕を組んで画面を見守った。


 画面の中のクラウスは、全世界に向かって語りかけた。


『人類よ、聞け。私はガレリア帝国宰相、クラウス・フォン・ガレリアだ』


 彼の声は、冷静で、透き通るような怒りに満ちていた。


『先ほど、空からの声が聞こえたはずだ。「お前たちは怠惰だ、だから滅ぼす」とな。……ふざけるな』


 彼は拳を握りしめた。


『我々は懸命に生きている! 笑い、泣き、働き、そして休む! その営みの何が罪だと言うのか! 休みも与えず、ただ働けと強要する神になど、信仰の価値はない!』


 過激だ。

 全世界への冒涜発言。

 でも、その言葉は人々の心に火をつけたようだった。


『私は、妻を奪われた。……私の最愛の、世界一怠惰で、世界一愛おしい妻を、神に連れ去られた!』


 ……ちょっと。

 全世界に惚気のろけないでよ。恥ずかしい。


『だから私は神に喧嘩を売る。妻を取り戻し、このふざけたリセットを撤回させる! ……力を貸せ! ヴォルグに集え! かつて敵だった者も、味方だった者も、関係ない!』


 彼の叫びに、世界が応えた。


 画面が分割され、各国の様子が映し出される。


 まずは帝都の教会。

 聖女セラフィナが、信徒たちの前で立ち上がっていた。


『宰相閣下の仰る通りです! 神様は今、過労でご乱心されているのです!』


 彼女は新しい教典(私が書き殴ったメモ)を掲げた。


『神様を強制的に休ませてあげることこそ、真の信仰! さあ皆様、聖戦ホーリー・ケアの時間です!』


 ……解釈が斜め上だけど、頼もしい。


 次に映ったのは、北の塔の牢獄。

 元婚約者、ギルバートだ。

 彼は看守に向かって叫んでいた。


『出せ! 私も行く! 石運びでも何でもやる! ……リリアナがいなくなったら、誰がこの国の書類を片付けるんだ! 彼女には戻ってきてもらわねば困るのだ!』


 動機は不純だけど、労働力としては使える。


 そして、帝国の厳重警備病院。

 全身を拘束された大男──元将軍ザガンが、ベッドの上で暴れていた。


『うおおおお! 返せ! 私のソファを返せぇぇぇ!』


 彼は禁断症状で充血した目を剥いている。


『あの心地よさ……あの無重力感……! あれがない世界など地獄だ! 神だろうが何だろうが、私の「安らぎ」を奪う奴は殺す!』


 ……あいつ、完全にソファ中毒患者ジャンキーになってるわね。

 まあ、戦力としては最強クラスだ。


 世界中から、続々と声が上がる。

 「スパを潰すな!」「俺たちの休日を守れ!」「リリアナ様を返せ!」


 かつて敵対していた国々が、思想も立場も超えて、一つの目的のために動き出していた。

 それは「正義」のためじゃない。

 それぞれの「欲望」と「生活」を守るための連帯だ。


『……理解不能だ』


 イヴが眉をひそめた。


『なぜ、人間はこれほどまでに「怠惰」に執着する? 滅びを受け入れれば、苦しみから解放されるというのに』


「逆よ、イヴ」


 私は彼女の背中に声をかけた。


「苦しみから解放されるために、必死で抗っているの。……貴女が一人で抱え込んで、思考停止している間に、人間はずっと強くなったのよ」


 画面の中で、クラウスが天を指差した。


『作戦を開始する! 目標は、上空三万メートル! 神の領域への「架け橋」を建造する!』


 ヴォルグの地下から、古代遺跡の資材が運び出されていく。

 マザーが設計図を引き、ザガンの部下たちが運び、セラフィナが加護をかける。

 前代未聞の突貫工事が始まろうとしていた。


「……ふふっ」


 私は笑みをこぼした。

 やってくれるじゃない、私の夫。


「見てなさい、ブラック上司。貴女がチマチマ手作業で天変地異を起こしている間に、地上の『現場』が貴女のオフィスに殴り込みに来るわよ」


 私は自分の席(何もない空間)に座り込むフリをして、密かに指先を動かした。


 外からはクラウスたちが。

 内からは私が。

 これは、神様に対する挟み撃ち(ピンサー・アタック)だ。


「さあ、私も仕事を始めましょうか。……まずは、この真っ白で退屈なオフィスのセキュリティホール探しからね」


 私の瞳が、解析モードのアメジスト色に輝いた。

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