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追放令嬢の引きこもり改革!  作者: 秋月 もみじ
第4章

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第2話 管理者降臨


 空の赤色が、滴るように地上へ降りてきた。

 ヴォルグの地下スパの天井──分厚い岩盤と防御結界を、それは陽光のように透過し、私の目の前に凝縮する。


 光が弾けた。

 そこに立っていたのは、一人の少女だった。


 透き通るような銀髪。

 無機質な黄金の瞳。

 身に纏っているのは、幾何学模様が走る純白のドレスのようなもの。

 神々しい。

 けれど、どこか薄っぺらくて、精巧なホログラムのようにも見えた。


『個体名リリアナ・ヴェルディを確認』


 少女が口を開く。

 声に抑揚はない。


『私はイヴ。この世界システム(ユグドラシル)の管理者であり、維持者である』


「……女神様、ってわけね」


 私はバスタオルをきつく巻き直しながら、彼女を睨みつけた。

 入浴中に押し入ってくるなんて、デリカシーのない神様だ。


「それで? その管理者が、私のスパに何の用ですか。予約は満杯ですよ」


『冗談を検知。……不要な会話プロセスをスキップする』


 イヴは無表情のまま、右手を掲げた。


『貴女はバグだ。貴女が存在することで、人類の労働意欲係数が著しく低下している。貴女が広めた「自動化」という概念は、我々の想定した仕様にはない』


 彼女の指先から、赤い鎖のような光が伸びる。


『よって、貴女をシステムから隔離する。解析後、完全削除を実行する』


「させるかッ!」


 叫んだのはクラウスだった。

 彼は浴槽の水を蹴り上げ、イヴに向かって跳躍した。

 手には、亜空間から呼び出した魔剣が握られている。


「私の妻に指一本触れさせるものか!」


 渾身の一撃。

 物理攻撃と魔力斬撃の複合技。

 ザガン将軍の装甲さえ紙のように切り裂く、必殺の剣閃。


 だが。


 カィンッ。


 剣は、イヴの肌の数センチ手前で静止した。

 見えない壁に弾かれたのではない。

 「当たる」という事象そのものが拒絶されたような、絶対的な断絶。


『物理干渉、無効。……個体名クラウス、貴殿にアクセス権限はない』


 イヴが視線を動かすだけで、クラウスの体が吹き飛ばされた。

 ドガァァン!

 岩壁に叩きつけられ、彼は血を吐いて崩れ落ちる。


「クラウス!」


「……ぐ、ぅ……化け物、め……」


 クラウスが膝をつきながらも立ち上がろうとする。

 しかし、重力が何倍にもなったかのように、彼の体は床に縫い付けられていた。


『マザー! 防衛システム全開!』


 私は叫んだ。

 この空間の支配権は私にあるはずだ。


『了解! 迎撃モード、最大出力! ……エラー! エラー!』


 マザーの悲鳴が響く。


『上位権限により操作不能! 私のコードが書き換えられていきます! オーナー、逃げて!』


 天井のクリスタルが、青から赤へ強制的に変色させられていく。

 私の作った「快適なスパ」が、神の支配領域へと上書きされていく。


「……チッ。強引な運営ね」


 私は舌打ちした。

 管理者権限(root)持ち相手に、ユーザー権限で挑んでも勝てない。

 なら、私の独自のスキル【自動化】をぶつけるしかない。


(展開:対神性防壁)

(コード記述:拒絶、拒絶、拒絶!)


 私の周りに青白いノイズが走る。

 イヴの放つ赤い鎖を、私の自動化プログラムが弾き返す。


『ほう』


 イヴの眉が、ピクリと動いた。


『私の権限コマンドを弾くか。……興味深い。やはり貴女の構成コードは、この世界のルールとは異なる言語で書かれている』


 彼女は手を伸ばしたまま、スッと目を細めた。

 その顔を見て、私は息を呑んだ。


 彼女の目の下。

 透き通るような肌に、うっすらと浮かぶ黒い影。

 

 ──クマだ。

 それも、数千年単位で蓄積されたような、濃密な疲労の証。


「貴女……まさか」


 私は思わず口走っていた。


「ずっと一人で、この世界を管理していたの?」


『……質問の意味を理解不能。私は管理者だ。管理するのは当然の義務タスクである』


 彼女は淡々と答えたが、その声には微かな軋みがあった。


『雨を降らせ、風を吹かせ、魔力を循環させ、愚かな人類が滅びないように調整し続ける。それが私の機能。……貴女のようなイレギュラーが現れるたびに、修正パッチを当て続ける』


 ああ、間違いない。

 こいつもだ。

 セラフィナや、ザガンや、マザーと同じ。

 いや、それ以上の「究極の社畜」だ。


 世界という巨大なシステムを、ワンオペで回し続けている悲しき管理者。


「……バカみたい。神様のくせに、働き方改革もできないなんて」


 私の言葉に、イヴの表情が強張った。


『黙れ。……隔離を開始する』


 彼女が掌を握り込む。

 瞬間、私の足元の空間がごっそりと消失した。


 シュゥゥゥ……。


 私の体が、足先から光の粒子になって分解されていく。

 防御結界ごと、存在そのものを「切り取り(カット)」されている感覚。


「リリアナァァァァッ!」


 クラウスが絶叫し、重力結界を無理やり引きちぎって走ってくる。

 血まみれの手を伸ばして。


「クラウス、来ちゃダメ!」


 私は彼を止めた。

 今触れれば、彼までデータとして分解されてしまう。


「必ず、戻るわ! ……家で待ってて!」


 私の体は胸まで消滅した。

 感覚がない。

 寒い。

 でも、心は燃えていた。


「このブラック上司に、有給休暇の素晴らしさを叩き込んでから帰るから!」


 最後に見たのは、絶望に顔を歪めるクラウスと、無表情で涙を流すマザーの姿。

 そして、疲労困憊の女神の瞳。


 パシュン。


 視界がホワイトアウトした。

 私の意識は、物理世界から切り離され、電子の海へと放り込まれた。


 ──『削除対象』として、神の領域へ。

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