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追放令嬢の引きこもり改革!  作者: 秋月 もみじ
第4章

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第1話 世界からの警告 ~空が割れて「エラー:人類の怠惰係数が限界です」と表示されました~


 極楽とは、きっとここのことだ。


 地下五百メートル。

 かつて古代遺跡の制御室だった場所は今、『地下大迷宮スパ・アルカディア』の最奥部、VIP専用露天風呂へと生まれ変わっていた。


 天井の巨大クリスタルが、淡いサファイア色の光を放っている。

 湯船を満たすのは、マザーの排熱と魔力で温められた、美容効果抜群の源泉かけ流し。


「……ふぅ」


 私はお湯に肩まで浸かり、長い息を吐いた。

 隣には、同じく脱力しきった帝国宰相、クラウスがいる。


「いい湯だ……。最近の激務で凝り固まった肩が、バターのように溶けていくようだ」


「お疲れ様です、宰相閣下。今週は特に忙しそうでしたね」


「ああ。君の作ったスパがあまりに人気すぎてな。他国からの視察団やら、貴族の予約戦争やらで、外交部が悲鳴を上げている」


 クラウスは苦笑し、濡れた前髪をかき上げた。

 そう。

 この『お昼寝特区』ヴォルグは今や、世界中のセレブや王族が列をなす、超人気リゾート地になっていた。


 元生体ゴーレムの兵士たちは、その剛腕を活かしてマッサージ師として活躍しているし、聖女セラフィナは教会で「癒やしの説法」を行っている。

 ザガン元将軍でさえ、今は整体師として指名トップを争う人気ぶりだ(本人は「人体の構造を知り尽くしているだけだ」と不愛想だが)。


 全てが順調。

 全てが自動化され、完璧に回っている。


『オーナー。お湯の温度はいかがでしょうか? 現在、41.2度で安定させています』


 虚空からマザーの声が響く。

 以前のような切迫した機械音声ではない。どこか誇らしげな声色だ。


「完璧よ、マザー。最高の仕事ね」


『感謝します。……ああ、タスクを消化する喜び。承認される快感。これこそが私の求めていたワークライフバランスです』


 彼女もすっかり、こちらの生活に馴染んでいる。

 平和だ。

 私の求めていた「働かなくても回る世界」が、ここにある。


 ──ザザッ。


 不意に、視界が揺らいだ。

 湯気ではない。

 空間そのものが、古い映像のようにノイズを走らせたのだ。


「……ん?」


 私は目を擦った。

 のぼせたのかしら。


 ザザザザッ!

 キィィィィィン……!


 今度は、耳鳴りのような不快な高音が脳内に響いた。

 マザーの声ではない。もっと無機質で、冷たい音。


「っ……なんだ!?」


 クラウスが顔をしかめ、耳を押さえる。

 同時に、天井のクリスタルが激しく明滅し始めた。

 青から赤へ。

 警告色だ。


『け、警告! 警告! 上位レイヤーからの干渉を検知!』


 マザーが悲鳴を上げた。


『ファイアウォール突破! 論理防壁、機能しません! これは……管理者権限アドミニストレータです!』


「管理者……?」


 私が問い返す間もなく、異変は起きた。


 地下にいるはずの私たちの頭上──岩盤の天井が、透けて見えた。

 いいえ、違う。

 世界中の「空」が、ホログラムのように強制的に映し出されたのだ。


 その空は、青くなかった。

 真っ赤だった。

 血のような赤ではない。

 システムエラーを示す、人工的な赤色。


 そして、空一面に巨大なウィンドウが出現した。


『System Error: Humanity's Laziness Coefficient Limit Exceeded.』

(エラー:人類の怠惰係数が限界値を突破しました)


 無機質な文字が、世界中の空を覆い尽くす。

 ヴォルグだけでなく、帝都も、王国も、ドラクマも。

 全世界の人間が、この異様な空を見上げている気配がした。


「な、なんだあの文字は……? 古代語か?」


 クラウスが呆然と呟く。

 私には読める。

 前世の職場で、死ぬほど見た文字列だ。


「システムエラー……?」


 私の呟きに応えるように、天から「声」が降ってきた。

 男でも女でもない。

 感情の一切ない、合成音声。


『通告する。地上の文明レベルおよび魔力循環率に、深刻なバグを確認』


 声は、骨の髄まで響くような圧力を持っていた。


『原因は、人類の過度な怠惰。労働生産性の低下。および、イレギュラーな「自動化」によるシステム負荷の増大』


 ドキリとした。

 イレギュラーな自動化。

 それって、私のことじゃない?


『このままでは、世界システム(ユグドラシル)の維持が困難であると判断。よって──』


 空のウィンドウが、点滅する。

 次の言葉が、決定的な絶望として宣告された。


『現在時刻をもって、文明のリセット(初期化)を実行する。全人類は速やかに活動を停止し、消去に備えよ』


 リセット。

 消去。

 つまり、滅亡させるということか。

 それも、隕石や魔王といった物理的な手段ではなく、データの削除ボタンを押すような軽さで。


「ふざけるな!」


 クラウスが叫んだ。

 彼は裸のまま立ち上がり(見えてないから大丈夫)、空に向かって拳を突き上げた。


「誰だか知らんが、勝手なことを! 我々は懸命に生きている! 誰が怠惰だと言うんだ!」


『回答。個体名クラウス・フォン・ガレリア。貴殿の労働時間は、直近一年で40%減少している。これは「堕落」である』


「なっ……!?」


 クラウスが言葉を詰まらせる。

 図星だ。

 私が彼を休ませたからだ。


『全ての元凶は、ヴォルグ。……そこにある「異物」を排除し、世界を正常な労働環境へと戻す』


 赤い光が、一点に集中し始めた。

 狙いはここ。

 私の作ったスパ。

 私の愛する寝床。


 私は、静かにお湯から上がった。

 バスタオルを巻き、濡れた髪をかき上げる。


 不思議と、恐怖はなかった。

 あるのは、いつものあの感情。

 私の安眠を邪魔された時の、底冷えするような怒りだけ。


「……へえ」


 私は空を見上げた。


「労働生産性の低下がバグですって? 休みが増えたのが堕落ですって?」


 私の周りに、青白い魔力が立ち昇る。

 それは温泉の湯気よりも熱く、激しく渦巻いた。


「よくもまあ、そんな前時代的なブラック思考を、神様の御宣託みたいに垂れ流してくれたわね」


『警告。個体名リリアナ・ヴェルディ。貴女はシステムのバグです。削除対象です』


「上等よ」


 私は指を鳴らした。

 マザーが即座に反応し、地下施設の全エネルギーを私の手元に集約させる。


「私の作ったソファを否定するなら、相手が神様だろうとシステム管理者だろうと関係ない」


 私は天に向かって、中指を立てる代わりに、優雅に人差し指を突きつけた。


「戦争よ。……私の『休日』を守るために、貴女を強制的に休ませてあげるわ」


 空の赤と、私の青。

 二つの光が衝突する寸前。

 世界で一番くだらなくて、一番壮大な、最後の戦いが幕を開けた。

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ぬくぬくオフトゥンで読む最高の娯楽…(*゜∀゜)
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