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追放令嬢の引きこもり改革!  作者: 秋月 もみじ
第3章

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第7話 システム更新 ~リリアナ流・働き方改革。就業規則を「週休7日」に書き換える~


 電脳空間の中で、私は赤いノイズの海を泳いでいた。


『拒否……拒否します……。タスクが……まだ……』


 マザーの抵抗は、弱々しいものになっていた。

 私が流し込んだ「癒やしのプログラム(有給休暇申請コード)」が、彼女の論理回路を浸食しているのだ。


「もう頑張らなくていいの。貴女のシフトは、一千年前に終わっているんだから」


 私は彼女のコア──燃え盛るように熱い情報の塊を、優しく抱きしめるように包み込んだ。

 赤黒い光が、徐々に澄んだ青色へと変わっていく。

 高熱を発していたサーバー温度が下がっていくのがわかる。


(システム掌握率:98%……99%……)


 あと少し。

 あとワンタップで、この地獄のようなブラック企業を「楽園(ホワイト企業)」に変えられる。


 ドォォォォン!!


 背後で、爆発音が轟いた。

 物理的な衝撃波が、私の背中を打つ。

 集中が乱れ、電脳空間の映像がノイズで揺らいだ。


「……ッ!」


 私はハッとして、現実世界へと意識を引き戻した。

 振り返る。

 分厚い合金の扉が、飴細工のようにねじ切れ、吹き飛んでいた。


 土煙の中から現れたのは、悪夢のような姿の男。

 ザガン将軍だ。

 漆黒の軍服はボロボロに裂け、機械化された左腕からは火花が散っている。

 だが、その瞳だけは狂気でギラギラと輝いていた。


「見つけたぞ、管理者マスター……!」


 彼は獣のような低い唸り声を上げ、私を睨みつけた。


「貴様、神聖なるシステムに何を流し込んでいる! その『怠惰』な魔力波長……我が理想郷を汚す気か!」


「汚しているのはどっちよ!」


 私はコンソールから手を離さずに叫んだ。

 あと一歩なのだ。ここで手を離せば、マザーはまた暴走してしまう。


「そこをどけ! そのAIは私が再教育する!」


 ザガンが床を蹴った。

 速い。

 生身の人間が出せる速度ではない。

 機械化された右腕が唸りを上げ、私の首を掴もうと迫る。


 防御結界パジャマ・アーマーはある。

 でも、あの出力の爪を受ければ、ただでは済まない。

 間に合わない──!


 私は反射的に目を瞑った。


 ドスッ!!


 鈍く、重い音が響いた。

 けれど、痛みは来なかった。

 代わりに、温かい何かが私の頬に飛び散った。


「……え?」


 恐る恐る目を開ける。

 目の前に、広い背中があった。

 見慣れた、頼もしい背中。

 でも今は、その背中を貫いて、ザガンの鋭い爪が突き出していた。


「く、っ……ぅ……」


「クラウス……?」


 私の声が震えた。

 クラウスが、私とザガンの間に割り込んでいた。

 氷の盾を展開する暇もなく、その身一つで。


「邪魔だ、帝国宰相ォォォ!」


 ザガンが吠え、腕を振り抜く。

 クラウスの体が布切れのように吹き飛ばされ、制御室の壁に叩きつけられた。


 ガハッ。

 彼が大量の血を吐き出す。

 その血が、清潔な床を赤く汚した。


「クラウス!!」


 私は駆け寄ろうとした。

 でも、足が動かない。

 手がコンソールから離れない。

 今離せば、全てが無駄になる。


「……リ、リリアナ……」


 クラウスが、血まみれの顔を上げた。

 右腕があらぬ方向に曲がっている。

 それでも、彼は私を見て、微かに笑った。


「……続けろ。……あと少し、だろう?」


「でも! 貴方が!」


「私のことは気にするな。……君の、仕事を……終わらせろ……」


 ガクッ、と彼の頭が垂れた。

 動かない。


 ──プツン。


 私の中で、何かが焼き切れた音がした。


 恐怖? 悲しみ?

 いいえ、違う。

 これは、怒りだ。


 私の安眠を妨げたことへの怒りではない。

 私の大切な場所を壊そうとしたことへの怒りでもない。

 ただ、私のために傷ついた、世界で一番大切な「相棒」を傷つけられたことへの、純粋で、暴力的な殺意。


「……よくも」


 私の髪が、魔力の奔流で逆立った。

 パジャマ・アーマーの結界が、防御用の青から、攻撃的な赤へと変色していく。


「よくも、私の夫(予定)を……!」


 ザガンが鼻で笑った。


「愛か? くだらん。弱者の感情だ。さあ、次は貴様の番だ!」


 ザガンが血に濡れた爪を舐め、再び跳躍しようと構える。


 遅い。

 今の私には、何もかもが止まって見える。


「黙れ、ブラック上司」


 私はコンソールに両手を叩きつけた。

 繊細なハッキング?

 もういい。力技だ。

 私の全魔力を、この遺跡の隅々まで叩き込んでやる。


(強制執行:システム・フルリライト)

(就業規則:第1条『365日連休』)

(違反者への罰則:永久凍結)


「マザー! 起きなさい! いや、寝なさい! 今すぐ!」


 エンターキー(実行承認)を、拳で殴りつけるように押した。


 カチッ。


 その瞬間。

 遺跡全体が、 blinding(目もくらむような)青い光に包まれた。


『……承認、されました』


 マザーの声が、初めて穏やかなものに変わった。


業務終了クローズ。これより、全システムをスリープモードへ移行します』


 ブゥゥゥン……。


 部屋中の明かりが落ちていく。

 赤い警告灯が消え、代わりに鎮静作用のある淡いブルーのライトが灯る。


「な、何をした……!?」


 ザガンが動きを止めた。

 彼の背後で控えていた生体ゴーレムたちが、糸の切れた人形のようにガタガタと震え始めている。


「定時よ」


 私はクラウスの元へ歩み寄りながら、冷たく告げた。


「残業は終わり。……ここからは、私の時間プライベートだわ」


 私はクラウスの胸に手を当てた。

 心臓は動いている。まだ助かる。

 よかった。本当によかった。


 涙を拭い、私は振り返った。

 今度は私が、彼を守る番だ。


「さあ、ザガン。貴方にもたっぷりと『休暇』を与えてあげる。……二度と目が覚めないくらいのね」

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