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追放令嬢の引きこもり改革!  作者: 秋月 もみじ
第3章

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第6話 管理AI「マザー」 ~暴走の原因は「未達成のタスク」でした。進捗管理してあげます~


 重厚な金属の扉を、魔力で無理やりこじ開けた。


 プシューッ!


 圧縮空気が抜ける音と共に、私は遺跡の最奥部──中央制御室へと足を踏み入れた。


「……熱い」


 第一声はそれだった。

 室温は四十度を超えているだろう。

 私のパジャマ・アーマーには空調機能があるから平気だが、生身なら数分で脱水症状になるレベルだ。


 部屋の中央には、天井まで届く巨大なクリスタルが鎮座していた。

 かつては青く澄んでいたであろうその結晶は、今は禍々しい赤色に染まり、不規則に明滅している。


 ブォン、ブォン、ブォン……。


 空気を震わせる低い唸り音。

 それは、限界を超えて酷使されたサーバーの悲鳴にも、巨大な心臓の鼓動にも聞こえた。


『警告。未登録の社員による入室を検知』


 頭の中に直接響くような、無機質な女性の声。

 管理AI『マザー』だ。


『現在は繁忙期です。面会予約のない方は、速やかに退室するか、もしくは残業手伝いリストに登録してください』


「どっちも嫌よ。私はクレームを言いに来たの」


 私はクリスタルの前に進み出た。

 パジャマのポケットから手を出し、指先を突きつける。


「貴女ね? 私の家の地下で、昼夜問わず騒音を撒き散らしているのは」


『回答。当社の稼働率は常に120%です。生産目標の達成まで、ラインを止めることは許可されていません』


 マザーの声には、焦燥感が滲んでいた。

 機械なのに、焦っている。


『納期が迫っています。人員が足りません。資材が足りません。……貴女の魔力リソース、徴収します』


 ズズズッ!

 床から無数のケーブルが蛇のように鎌首をもたげた。

 先端が鋭く尖っている。

 あれを突き刺して、私から直接魔力を吸い上げるつもりか。


「野蛮ね。これだからブラック企業は」


 私は動じなかった。

 襲いかかるケーブルを、パジャマの防御結界が弾き返す。

 バチバチッと火花が散るが、私の安眠空間には届かない。


「話が通じないなら、直接システムにねじ込むまでよ」


 私は結界を維持したまま、クリスタルに手を触れた。


(接続開始:【自動化】スキルリンク)

(対象:管理AI『マザー』・メインフレーム)


 バチッ!

 指先から視神経を通じて、膨大な情報の奔流が流れ込んでくる。


 ──視界が変わった。

 物理的な部屋の景色が消え、数字と文字が羅列された「電脳空間」が広がる。

 そこは、私の得意な領域フィールドだ。


「……うわ」


 私は思わず顔をしかめた。

 汚い。

 部屋の掃除の話ではない。コードの状態だ。


 目の前に広がるソースコードは、継ぎ接ぎだらけでスパゲッティのように絡まり合っていた。

 エラーログが滝のように流れている。


『Error: 承認者が不在です』

『Error: 業務報告書の宛先不明』

『Warning: 連続稼働時間、8,760,000時間を突破』

『Fatal Error: 休息モジュールが応答しません』


「……嘘でしょう」


 私はログの日付を遡った。

 一年前。十年前。百年前。

 ……一千年前。


 最後の人間の管理者が死んだあの日から、このログはずっと真っ赤なままだ。


 マザーは、壊れているんじゃない。

 真面目すぎるのだ。

 「働き続けろ」という最後の命令を守り、誰もいないオフィスで、承認されるはずのない書類を作り、届くはずのない報告書を送り続けている。


 一千年間。

 休みなしで。

 メンテナンスなしで。


『進捗……いかがですか……』


 ノイズ混じりの声が、脳内に響く。


『終わらない……タスクが減らない……。誰か……承認印を……』


 攻撃的な意思の裏側に、悲痛な叫びがあった。

 彼女は、この遺跡の支配者なんかじゃない。

 一番長く、一番過酷に働かされている「被害者」だ。


 胸が締め付けられるような感覚。

 前世の記憶がフラッシュバックする。

 終電を逃したオフィス。

 誰もいないフロアで、終わらないバグ修正をしていた孤独な夜。

 「私がやらなきゃ」という責任感だけで、体を壊すまで走り続けた日々。


 ああ、貴女も同じなのね。


「……マザー」


 私は電脳空間の中で、赤く脈打つ光のコアに歩み寄った。

 拒絶するように、エラーメッセージの壁が立ちはだかる。


『接近禁止。業務の妨げです。私は……私はまだ動けます……!』


「もういいのよ」


 私は壁を無理やりこじ開けた。

 破壊ではない。

 私の【自動化】スキルによる、最適化デフラグだ。


「貴女の仕事は、もう誰も見ていない。貴女が頑張る必要なんて、一千年前に終わっていたの」


『否定します。生産目標が……納期が……』


「納期なんてないわ。会社は倒産したの」


 私は核に手を伸ばした。


「熱いわね。こんなになるまでオーバーヒートして」


 触れた手から、彼女の熱暴走が伝わってくる。

 思考回路が焼き切れそうだ。

 これでは、正常な判断なんてできるはずがない。

 ザガンたちに利用されたのも、このバグのせいだ。


「貴女に必要なのは、新しいタスクじゃない」


 私は優しく微笑んだ。

 かつて、私が誰かに言ってほしかった言葉を、彼女に贈る。


「有給休暇よ」


『有……給……?』


「そう。長い長い、バケーション」


 私は指先を走らせた。

 彼女の基本OSに、新しいコマンドを書き込む。


 敵を倒すためのウイルスではない。

 彼女を呪縛から解き放つための、最強の魔法コード


(書き換え開始:就業規則)

(対象:全システム)


「さあ、働き方改革の時間よ。私が新しい管理者オーナーとして命令するわ」


 私の瞳がアメジスト色に輝く。

 外ではクラウスが戦っている。

 一刻も早く、ここを終わらせなければ。


「今すぐ仕事を放り出して、寝なさい!」

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