第6話 管理AI「マザー」 ~暴走の原因は「未達成のタスク」でした。進捗管理してあげます~
重厚な金属の扉を、魔力で無理やりこじ開けた。
プシューッ!
圧縮空気が抜ける音と共に、私は遺跡の最奥部──中央制御室へと足を踏み入れた。
「……熱い」
第一声はそれだった。
室温は四十度を超えているだろう。
私のパジャマ・アーマーには空調機能があるから平気だが、生身なら数分で脱水症状になるレベルだ。
部屋の中央には、天井まで届く巨大なクリスタルが鎮座していた。
かつては青く澄んでいたであろうその結晶は、今は禍々しい赤色に染まり、不規則に明滅している。
ブォン、ブォン、ブォン……。
空気を震わせる低い唸り音。
それは、限界を超えて酷使されたサーバーの悲鳴にも、巨大な心臓の鼓動にも聞こえた。
『警告。未登録の社員による入室を検知』
頭の中に直接響くような、無機質な女性の声。
管理AI『マザー』だ。
『現在は繁忙期です。面会予約のない方は、速やかに退室するか、もしくは残業手伝いリストに登録してください』
「どっちも嫌よ。私はクレームを言いに来たの」
私はクリスタルの前に進み出た。
パジャマのポケットから手を出し、指先を突きつける。
「貴女ね? 私の家の地下で、昼夜問わず騒音を撒き散らしているのは」
『回答。当社の稼働率は常に120%です。生産目標の達成まで、ラインを止めることは許可されていません』
マザーの声には、焦燥感が滲んでいた。
機械なのに、焦っている。
『納期が迫っています。人員が足りません。資材が足りません。……貴女の魔力、徴収します』
ズズズッ!
床から無数のケーブルが蛇のように鎌首をもたげた。
先端が鋭く尖っている。
あれを突き刺して、私から直接魔力を吸い上げるつもりか。
「野蛮ね。これだからブラック企業は」
私は動じなかった。
襲いかかるケーブルを、パジャマの防御結界が弾き返す。
バチバチッと火花が散るが、私の安眠空間には届かない。
「話が通じないなら、直接システムにねじ込むまでよ」
私は結界を維持したまま、クリスタルに手を触れた。
(接続開始:【自動化】スキルリンク)
(対象:管理AI『マザー』・メインフレーム)
バチッ!
指先から視神経を通じて、膨大な情報の奔流が流れ込んでくる。
──視界が変わった。
物理的な部屋の景色が消え、数字と文字が羅列された「電脳空間」が広がる。
そこは、私の得意な領域だ。
「……うわ」
私は思わず顔をしかめた。
汚い。
部屋の掃除の話ではない。コードの状態だ。
目の前に広がるソースコードは、継ぎ接ぎだらけでスパゲッティのように絡まり合っていた。
エラーログが滝のように流れている。
『Error: 承認者が不在です』
『Error: 業務報告書の宛先不明』
『Warning: 連続稼働時間、8,760,000時間を突破』
『Fatal Error: 休息モジュールが応答しません』
「……嘘でしょう」
私はログの日付を遡った。
一年前。十年前。百年前。
……一千年前。
最後の人間の管理者が死んだあの日から、このログはずっと真っ赤なままだ。
マザーは、壊れているんじゃない。
真面目すぎるのだ。
「働き続けろ」という最後の命令を守り、誰もいないオフィスで、承認されるはずのない書類を作り、届くはずのない報告書を送り続けている。
一千年間。
休みなしで。
メンテナンスなしで。
『進捗……いかがですか……』
ノイズ混じりの声が、脳内に響く。
『終わらない……タスクが減らない……。誰か……承認印を……』
攻撃的な意思の裏側に、悲痛な叫びがあった。
彼女は、この遺跡の支配者なんかじゃない。
一番長く、一番過酷に働かされている「被害者」だ。
胸が締め付けられるような感覚。
前世の記憶がフラッシュバックする。
終電を逃したオフィス。
誰もいないフロアで、終わらないバグ修正をしていた孤独な夜。
「私がやらなきゃ」という責任感だけで、体を壊すまで走り続けた日々。
ああ、貴女も同じなのね。
「……マザー」
私は電脳空間の中で、赤く脈打つ光の核に歩み寄った。
拒絶するように、エラーメッセージの壁が立ちはだかる。
『接近禁止。業務の妨げです。私は……私はまだ動けます……!』
「もういいのよ」
私は壁を無理やりこじ開けた。
破壊ではない。
私の【自動化】スキルによる、最適化だ。
「貴女の仕事は、もう誰も見ていない。貴女が頑張る必要なんて、一千年前に終わっていたの」
『否定します。生産目標が……納期が……』
「納期なんてないわ。会社は倒産したの」
私は核に手を伸ばした。
「熱いわね。こんなになるまでオーバーヒートして」
触れた手から、彼女の熱暴走が伝わってくる。
思考回路が焼き切れそうだ。
これでは、正常な判断なんてできるはずがない。
ザガンたちに利用されたのも、このバグのせいだ。
「貴女に必要なのは、新しいタスクじゃない」
私は優しく微笑んだ。
かつて、私が誰かに言ってほしかった言葉を、彼女に贈る。
「有給休暇よ」
『有……給……?』
「そう。長い長い、バケーション」
私は指先を走らせた。
彼女の基本OSに、新しいコマンドを書き込む。
敵を倒すためのウイルスではない。
彼女を呪縛から解き放つための、最強の魔法。
(書き換え開始:就業規則)
(対象:全システム)
「さあ、働き方改革の時間よ。私が新しい管理者として命令するわ」
私の瞳がアメジスト色に輝く。
外ではクラウスが戦っている。
一刻も早く、ここを終わらせなければ。
「今すぐ仕事を放り出して、寝なさい!」




