第5話 地下侵攻
「──眠りなさい!」
私が腕を振るうと、パジャマ・アーマーからピンク色の波動が放たれた。
『強制安眠ミスト(ラベンダーの香り)』だ。
吸い込めば、ドラゴンですら三日三晩起きない強力な睡眠導入魔法。
ミストが生体ゴーレムの群れを包み込む。
バタバタと倒れるはずだ。
……しかし。
ザッ、ザッ、ザッ。
霧の中から現れた黒い兵士たちは、止まらなかった。
揺らぐことも、あくび一つすることもなく、ただ機械的に突っ込んでくる。
「……嘘でしょ?」
私は目を見開いた。
効かない?
いや、生理機能としては効いているはずだ。動きが僅かに鈍っている。
けれど、彼らの脳に埋め込まれた命令チップが、「眠気」という信号を強制的にシャットアウトしているのだ。
「無駄だと言ったろう」
ザガンが嘲笑う。
「我が兵士に『休息』という概念はない。彼らは燃料が尽きるまで、あるいは完全に破壊されるまで稼働し続ける!」
ダダダッ!
ゴーレムたちが一斉射撃を開始する。
私のパジャマ結界が弾丸を弾くが、衝撃までは消せない。
「くっ……数が多い!」
クラウスが氷の壁で応戦するが、次から次へと湧いてくる黒い波に押されている。
このままでは、私の大事な庭が更地になってしまう。
「クラウス! 場所を変えます!」
「どこへ!?」
「地下よ! あそこなら広さがあるし、私の家を壊される心配もない!」
私はドリルで開けた大穴を指差した。
逃げ込むのではない。誘導するのだ。
「よし、乗れ!」
クラウスが私を抱きかかえ、穴へと飛び込んだ。
重力制御で滑り落ちる。
直後、頭上からザガンと手下たちが雪崩れ込んでくる気配がした。
◇
再び、地下のオフィスフロア。
蛍光灯がチカチカと明滅する広大な空間に、私たちは着地した。
すぐに、黒い雨のようにゴーレムたちが降ってくる。
着地の衝撃で足が折れた個体もいるが、彼らは折れた足を引きずりながら、無言で銃口を向けてきた。
「本当に……気味が悪いわね」
私は嫌悪感で眉をひそめた。
ここにあるミイラたちと同じだ。
死んでもなお、システムに縛り付けられている。
「迎え撃つぞ!」
クラウスが杖を振るう。
『氷結地獄』。
極低温の吹雪がゴーレムたちを凍らせ、動きを封じる。
だが、ザガンが突っ込んできた。
彼は凍りついた部下を踏み台にして、砲弾のような速度で迫る。
「温るい!」
ドゴォォォン!
ザガンの拳が、クラウスの防御障壁を粉砕した。
「ぐぅっ……!」
クラウスが吹き飛ばされ、デスクの山に突っ込む。
書類が舞い散る。
「クラウス!」
私が駆け寄ろうとすると、ゴーレムたちが進路を塞いだ。
私は焦った。
いつもなら、「マッサージ」や「温泉」で相手を骨抜きにできる。
でも、こいつらには「快楽」を感じる神経がない。
ただの肉の壁だ。
「どきなさい!」
私は『超振動肩たたきアーム』を召喚し、ゴーレムを殴り飛ばした。
バキボキッ!
骨が砕ける嫌な感触。
それでも、彼らは私の足にしがみついてくる。
「離して! 気持ち悪い!」
物理的には勝てる。
でも、精神的に削られる。
こいつらはゾンビだ。倒しても倒しても、終わらない残業のように湧いてくる。
「終わりだ、管理者!」
ザガンがクラウスを踏み越え、私に向かって跳躍した。
その腕が異形に変形する。
機械化された爪が、私のパジャマ・アーマーを引き裂こうと迫る。
反応できない。
そう思った瞬間。
ドスッ!
ザガンの横っ腹に、氷の槍が突き刺さった。
「がっ……!?」
ザガンが体勢を崩し、私の横を通り過ぎて床に転がる。
「……私の妻に、触れるな」
瓦礫の中から、クラウスが立ち上がっていた。
額から血が流れている。
片腕がだらりと下がっている。脱臼しているのかもしれない。
それでも、彼の瞳は青く燃えていた。
「クラウス! 怪我が……!」
「かすり傷だ。……それよりリリアナ、気づいているか?」
彼は荒い息を吐きながら、私に背を向け、敵の前に立ちはだかった。
「こいつら(ハードウェア)をいくら壊してもキリがない。兵士たちの脳には、命令が焼き付いている。……止めるには、大元を断つしかない」
ハッとした。
そうだ。
彼らはシステムの一部だ。
端末を破壊しても、サーバーが稼働している限り、新しい命令が送られ続ける。
この遺跡の管理者権限。
そして、ドラクマ軍の生体ゴーレムの制御コード。
それらは根底で繋がっているはずだ。
どちらも「アルカディア文明」の技術なのだから。
「……制御室」
私は奥にある巨大な扉を見た。
あそこに、この遺跡の中枢『マザー』がいる。
彼女をハッキングして、システムごと書き換えれば──。
「行け、リリアナ!」
クラウスが叫んだ。
「こいつらは私が引き受ける! 君は君の得意分野で、このふざけたブラック企業を倒産させてこい!」
「でも、貴方が……!」
「信じろ! 私は帝国宰相だぞ? この程度の暴徒、あしらえなくてどうする!」
彼は血のついた唇で、不敵に笑ってみせた。
無理をしているのは明白だ。
でも、その背中は頼もしく、何より「行ってくれ」と訴えていた。
私は拳を握りしめた。
迷っている時間はない。
私が迷えば、彼が死ぬ。
「……定時までには片付けます! 待っていて!」
私は踵を返し、制御室へと走り出した。
「逃がすか!」
ザガンが起き上がり、私を追おうとする。
だが、その前に氷の壁が立ちはだかった。
「お前の相手は私だ、将軍」
背後で、激しい衝突音が響く。
私は振り返らなかった。
今はただ、走る。
このパジャマは走るために作られていないけれど、今は全力疾走だ。
待っていなさい、マザー。
そしてザガン。
私の安眠を邪魔し、私の夫を傷つけた罪。
システムごと「初期化」して償わせてやるわ!




