第4話 交渉決裂
ドォォォン!!
庭の中央に、隕石が落ちたような衝撃音が響いた。
舞い上がる土煙。
私の自慢の芝生が、無惨にもえぐれている。
「……あーあ。張り替えたばかりなのに」
私がぼやくと、煙の中から一人の男がゆらりと現れた。
身長二メートル近い巨躯。
全身を漆黒の軍服とプロテクターで覆い、顔には半分だけ機械化されたマスクを着けている。
ドラクマ公国軍総司令官、ザガン。
「ほう。我が軍の精鋭(生体ゴーレム)を前にしても、悲鳴一つ上げんとはな」
ザガンは低い声で笑い、私を値踏みするように見下ろした。
その視線は、クラウスを通り越し、私だけに固定されている。
「貴様だな? 地下の『システム』を再起動させたのは」
「……なんのことでしょう」
「とぼけるな。貴様から放たれる魔力波長が、遺跡のコアと共鳴しているのをレーダーが捉えたのだ」
彼は一歩、また一歩と近づいてくる。
クラウスが私の前に立ち、杖を突きつけるが、ザガンは意に介さない。
「その遺跡の管理権限。貴様が握っているのだろう?」
「……だとしたら?」
「交渉といこうか、帝国の令嬢」
ザガンは立ち止まり、歪んだ笑みを浮かべた。
「貴様の身柄と、その遺跡の全権を我らに譲渡せよ。そうすれば、この領地の民は見逃してやる」
「断る!」
叫んだのはクラウスだ。
彼の周りに氷の槍が無数に出現する。
「リリアナは物ではない! 貴様らの薄汚い野望のために渡せるか!」
「騒ぐな、宰相。私は管理者と話している」
ザガンはクラウスを一瞥もしない。
私はクラウスの背中を軽く叩き、前へ出た。
「いいですよ、あげます」
「リリアナ!?」
クラウスが驚愕して振り返る。
私は肩をすくめた。
「あんな地下の廃墟、私には必要ありません。カビ臭いし、趣味が悪いし、何より『空気が最悪』ですから。欲しいなら熨斗をつけて差し上げます」
あんなブラック企業の残骸なんて、抱えていてもストレスになるだけだ。
手放して平和が買えるなら安いものだ。
だが。
ザガンは首を横に振った。
「廃墟? 違うな。貴様はあの価値を理解していない」
彼は恍惚とした表情で、地下の方角を見やった。
「あれは『永遠の労働』を可能にする聖地だ。眠らず、疲れず、死ぬまで……いや、死んでからも稼働し続けるシステム。それこそが、人類が到達すべき究極の効率なのだよ!」
……は?
私は眉をひそめた。
「究極の効率? ……あそこで死んでいたミイラたちを見ても、そう言えるんですか?」
「見たとも。素晴らしい光景だった! 彼らは最期の瞬間まで、誰一人として職務を放棄しなかった! 那由多の忠誠! 無限の生産性!」
ザガンは両手を広げた。
「人間は弱い。痛みを感じ、疲れを感じ、サボろうとする。だが、あの遺跡の技術と我が国の生体兵器を組み合わせれば、弱点を克服できる。全人類を『痛みを感じない労働力』へと進化させられるのだ!」
ゾワリ。
背筋に悪寒が走った。
コイツは、遺跡の財宝を狙っているんじゃない。
あの「ブラック企業のシステム」そのものを信奉しているんだ。
人間を部品に変え、使い潰すことを「進化」と呼ぶ狂気。
それは、私の目指す「自動化」とは対極にあるものだ。
私は、人が楽をするために機械を使う。
こいつは、人を機械にするために技術を使う。
絶対に、相容れない。
「……訂正します」
私は静かに告げた。
パジャマのポケットの中で、拳を握りしめる。
「貴方には、あの遺跡の塵一つたりとも渡しません」
「ほう? 交渉決裂か?」
「ええ。貴方の考え方は、私の美学に反します。生理的に無理です。吐き気がします」
私はザガンを真っ直ぐに睨みつけた。
「痛みを感じなくさせる? それは進化じゃないわ。ただの『故障』よ。人間は、痛いから休むの。疲れるから工夫するの。それを奪ったら、ただ壊れるまで動くガラクタじゃない」
「ガラクタで結構! 強者のために壊れるなら、弱者も本望だろう!」
ザガンが右手を振り上げた。
彼の手甲から、鋭い刃が飛び出す。
「交渉は終わりだ。ならば、力ずくで奪うまで! 四肢をもいで、脳髄だけにして連れ帰ってやる!」
ドッ!
ザガンが地面を蹴った。
巨体とは思えない速度。
瞬きする間に、私の目の前まで迫る。
「リリアナ!」
クラウスが氷の盾を展開するが、ザガンの拳はそれを粉砕した。
パリンッ!
氷の破片が舞う中、刃が私の喉元へ迫る。
速い。
でも。
(展開:対物理衝撃結界)
(形状:着衣型)
ボフンッ!
私の体が、一瞬にして「モコモコしたもの」に包まれた。
ガキンッ!!
ザガンの刃が、私の皮膚の数センチ手前で弾かれた。
硬質な音ではない。
分厚いクッションに殴りかかったような、鈍い音だ。
「な……なんだ、これは!?」
ザガンが飛び退く。
土煙が晴れると、そこには一回り大きくなった私がいた。
全身を覆うのは、最高級の羊毛と魔力繊維で編み上げられた、分厚い着ぐるみ……のようなもの。
フードを目深に被り、手足は丸みを帯びている。
見た目は完全に『着る毛布』だ。
だが、その表面には六角形のハニカム構造結界が輝いている。
名付けて『パジャマ・アーマー(絶対安眠防衛形態)』。
物理攻撃を99%吸収し、中身は常に適温・快眠環境が保たれる、私の決戦装備だ。
「……言ったでしょう」
私はフードの奥から、冷たい瞳でザガンを見据えた。
「私は、死んでも働きません。そして、他人を無理やり働かせる奴も、私の庭には入れません」
ザガンの背後で、生体ゴーレムたちが一斉に動き出す。
数は百以上。
対するこちらは、私とクラウス、そして数機のタレットのみ。
圧倒的な戦力差。
けれど、私はあくびが出るほど冷静だった。
「クラウス、少し下がっていて。……このブラック上司に、本当の『休み方(物理)』を教えてあげるわ」
私の周りに、無数の魔法陣が展開される。
それは攻撃魔法ではない。
すべて、「快適さ」を押し付けるためのプログラムだ。
さあ、戦争の時間よ。
どちらが先に根を上げるか──あるいは、寝落ちするか。
勝負といきましょうか。




