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第四十一話 近衛の刀

 人気のない階段の遊び場にて、俺は近頃流行りの壁ドンをされるのではないかと思うほどの勢いで詰め寄られた。

 ただ彼女の背丈が頭一つ分ほど低いから確実にできはしないのだが。

「えっと、何でしょうか。音無さん」

 そう、三時間目が終わってから半ば引きずられるようにして音無さんにここに連れてこられたのだ。

 彼女は終始いつもの笑顔を貼り付けたままだったが、先週の別れ際同様不思議と不穏な空気を感じた。

 何で笑っているんだろう。何でその笑みがこんなに恐ろしく見えるんだろう

 俺は、その凍てつくような音無さんの雰囲気に顔を引きずらせながら聞いた。

「さっき織田さんが言っていたんだけど――」

 爛さんが? また、あの人は何を口走ったのか

 想像するだけで恐ろしい発言が頭をよぎる。何を言われてもダメな気がする。

「織田さん達って皆同じ家に住んでるんだって」

「へー……」

 思ったより普通だけど……んっ? それって――

「それって――夕月君とあの四人が一緒の家に住んでいるってことだよね」

「………」

 一瞬で汗が噴き出すのを感じた。

 その言葉から確実に殺気のような恐ろしいものが含まれていたからだ。

 確かに、あの三人が阿冶さんと住んでいるならば、必然的に俺も一緒に住んでいるということになる

 このことは特に知られたくなかった事だ。

 男子生徒からは嫉妬の目を向けられ、女生徒からは軽蔑的な目或いはある事ない事噂が飛び交いそうだから。

 しかし、この現状に関しては一層恐ろしい。

 確実に音無さんの機嫌が悪いのがわかるからだ。いっそのこと近衛みたいに鋭い眼光で睨み付けて貰った方が分かりやすくていいのに、いつもと表情がかわらないことが不気味で恐ろしさに磨きをかける。

 いつも優しい人間こそ怒ると怖いというのはこういうことなのかもしれない。

「――ねぇ。聞いてる夕月君」

 嫌にはっきりとした声で我に返された。

「一緒に住んでるの?」

「えっと、それはそうなんですが」

 自然と敬語になった。

 俺の答えを聴くと音無さんは、がっくりと肩を落としうなだれるた。

「……もしかして、他にも何か隠してる?」

「……隠してないよ」

 目が泳ぐ。

 嘘をつくのが我ながら下手だが、音無さんは頭を下に落としもうこちらを見ていなかったためおそらくばれていない――というより、心ここにあらず。そんなことを気にする余裕がなさそうだった。

 ばれてないよね。だって、これ以上の事情はさすがにしゃべれないし。しゃべりたくもない

 しばしの沈黙が流れた後、ふらふらとした足取りで音無さんが階段を登り始めた。

 音無さんがちょうど階段を登りきったところで何やら呟いているようなことに気がついた。

「――だから」

「えっ?」

 うまく聞き取れず問い返すと、音無さんは急に息を吹き返したように勢いよく振り向いた。

「このことは貸し一つだから!」

 可愛らしく指を指し、それだけ言って、音無さんは駆けるように立ち去って行った。

「……なんだったんだ」

 突然の発言に、終始訳の分からない音無さんの態度で俺はパニックだった。

 ただ、最後の真っ赤になって唇を噛みしめるようにしていた音無さんの表情が、妙に俺の心をかき乱していったのだった。



 さらに一時間が経ってお昼休みになった。

 俺は、一人校舎から少し離れた木陰でお弁当を食べていた。

 別に俺が寂しい人間だからというわけではない。ただ、午前中が騒がしすぎて少々気疲れしたのだ。

 元々学校での俺はそこまで活発だったわけでもなくクラスメイトとバカなことをしていたわけでもない。強いて言うなら、クラスメイトB――そんなモブキャラが俺だった。

 しかし、この春からは違った。阿冶さんたちもいて、音無さんや近衛とも去年までよりずっと話す機会が増えた。まだ、俺はこのくすぐったいような温かいような雰囲気に慣れていないんだろう。

 故に、自然と静かな場所を求めた。

「今頃阿冶さん達は俺を探しているんだろうか。一言何か言っとけばよかったかな。阿冶さん達との連絡が取れればいいんだけど」

 皆スマホ持ってないから、今度一緒に買いに行こうかな。幼狐にはお金を出してもらって。

 そんなことを考えていると、

『ブンッ、ブンッ』

 近くの建物から聞き慣れた音が聞こえてきた。

 建物というよりは、ちょっと大きめの小屋というのがただ正しいような、簡素な木造の建物に俺は近づく。

 やっぱり木刀を振るう音だ。

 戸口からそっとのぞいてみると、その先には近衛がいた。

「ハッ、ハッ、ハッ――」

 空気を裂く音と共に近衛の息遣いが聞こえてくる。

 なんて綺麗な音なんだ

 大きく鋭い風切り音は一定のリズムを刻み不思議と心地よさを感じさせ、滴る汗に迷いのない鋭い目がいやに映えて、気づくとその光景に魅入っていた。

 しばらくすると、思いもよらず近衛の方から声をかけてきた。

「いつまでそこで見ているつもりだ」

「気づいてたのか」

「私をバカにしているのか。それだけ身を乗り出せば誰だって気がつくだろう」

 言われてみると、気付かないうちに戸口の陰から体を大分乗り出していた。

「あっ」

「どうやらバカものはお前のようだな」

 近衛は、呆れたように首を振って再び素振りに戻った。

 俺は、今度は戸口に腰掛け再びその光景を眺める。

「音無さんとお昼を一緒にとっていると思っていたけど、いつもここでトレーニングしてるのか」

「私は、剣道部に所属してはいるが部活動にはあまり出ていない。登下校は必ず春乃のそばにいるようにしているんだ。だから、せめて昼休みぐらいはここに来て練習するようにしている」

 近衛の答えは、なるほど、っと簡単に納得することはできないものだった。

「どうしてそこまで」

 そこまでする必要性を感じられなかった。唯の友達とは一線を画すその関係性に、ついその疑問が口をついた。

 すると、木刀を振り下ろしたところで近衛はピタっと止まり、再び俺に向き直った。

「それが私の使命だからだ。私は、春乃を守らなければいけないし、守りたいと思っている。剣道だってそうだ。例え、どんな不条理が立ちはだかろうとも屈しない強さを私は身につけないといけないからやっているにすぎない」

 その揺るぎない瞳を見て、俺は背筋が凍るのを感じた。

 近衛のその狂気にも似た一本筋の通った使命感はまるで刀の様だった。爛さんとはまた違った。たった一つのものを守りあらゆるものを切り刻む、守りの刃。例えどれだけ自分が傷つこうとも。


皆さんお久しぶりです五月憂です。

まず最初に大変お待たせしたことをお詫びします。

やっと、学校のあれこれや帰省が済み、落ち着いて投稿できるようになりました。

今作は、主に前半は春乃暴走回。後半は、近衛回となっていましたが、どうだったでしょうか。

最近、書いていて思うのが春乃のキャラです。もともとおとなしい子なのですが、今は気づかぬ嫉妬心で暴走気味に書きたいのですが、どうしてもヤンデレっぽくなってすごく難しく思っています。個人的にどうにか可愛らしく見えるように工夫しているつもりなのですが、うーん。もう早くおとなしくて可愛らしい春乃を書きたいとうずうずしています。

次話は、2月25日の18時更新予定です。

最後になりましたが「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。

今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。


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