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第十五話 それぞれの思い

爛とトレーニングしている夏樹は、ふとこの家の表札が無い事に気がついた。

そう言えば、この家って名前は誰なんだろう? 持ち主は?

そう思い、三人に聞くも空振り。阿冶の意見で幼狐に聞くことに。

すると、幼狐から予想だにしない言葉が発せられた。

『何を言っておるのじゃ? その家の持ち主は小僧じゃろ』

「……はぁ?」

 幼狐の言葉に、俺は思わず間の抜けた声をあげた。

 というのも、理解が追い付いていなかったのだ。

 この大きな屋敷が俺のもの? 家賃や光熱費はおろか生活費まで出してもらっておいて、そんな都合のいい話があるわけない

 これが、書類手続きをした幼狐が言ったことでなければ一笑に付していたところだ。

「おや? 言わなんだかのう。その家はお主の所有物となっておるぞ。家どころか土地もの」

「聞いてねぇよ!」

「じゃが、お主の許諾もとっておるしのう」

「許諾?」

 そんなのしたか? そんな話しすらした覚えがない

 必死に過去の記憶を遡るもそもそも幼狐と話したのがこれで二度目だ。忘れるとか、覚えてないとかという程度のことではない。

「えーとのう。どこじゃったかのう」

 幼狐は、机の下を漁り始めた。

 幼狐が探す過程で舞い上がる書類。机の下は、どうなっていることやら

 ロアさんも表情が若干引きつり、眉間に手を当てている始末だ。この後、ものすごく怒られるであろうことを幼狐以外の面々は即座に理解した。

 そんなこととは露知らず、幼狐は高らかな声を上げる。

「おおっ、あったあった」

 幼狐は、ぐしゃぐしゃになった一枚の紙を見つけて、再び机に着くなり俺に見えるように翳した。

「ほれ。この通り」

 一枚の紙には、小さな文字でおびただしい程の文量の文章と俺の名前が書き込まれていた。

 それは、紛うことなき俺がこの家に住むことになったきっかけの書類だった。

「だから、読んでねぇよ! ちょっと、それを俺によこせよ! 他に何を契約させられているか怖くなってきたわ!」

 ってか、そんな異世界間での契約を結んだ書類がゴミ同然の扱いってどういうことだよ。

 そっと、後ろをうかがうとロアさんの表情は普段通りのすました顔だったが、その額には明らかに青筋が浮かんでいた。

 おそらく、俺たちの前だからこそ怒りを表に出していないのだろうが、返ってそれが恐ろしさを増している。

「うるさいのう。めんどいから嫌じゃ」

 めんどいて

 そんな幼稚な理由で渋っていたのかと思わず開いた口がふさがらなかった。

「良いではないか。小僧はただサインをしただけで、家と土地がもらえた上に、そこに複数人の女子(おなご)と一緒に住めるんじゃぞ。お礼こそ言われても、文句を言われる筋合いはないわ」

「詐欺みたいなやり方じゃなかったらな!」

「じゃから! あの時は時間がなかったって言っておろうが!」

 逆ギレ気味に幼狐が食って掛かり、話しがヒートアップしそうになったところで遂に鉄拳という名の制裁が下った。

 ロアさんだ。

「ヘグッ」

「幼狐様に非があります」

 バッサリと主を切って捨てる秘書官。

「話しが脱線し始めましたので私が代わりにお答えします」

「……お願いします」

 幼狐に落とされた拳が思った以上に良い音を響かせたことによって、俺も少し恐怖を感じた。

 幼狐は、机の上で頭を押さえて悶絶している。

「申し訳ありませんが、書類をお渡しすることもコピーすることもできません。漏えいと紛失は世界間の問題になりかねませんので。しかし、夏樹様に損失が出るようなものが無いことは私も確認しておりますので、その点はご安心ください」

「……まぁ、ロアさんが確認してくれたんなら。信用できます」

 紛失は既に仕掛けてたけど。なんてツッコミをロアさんにはさすがに入れられなかった。

「何でワシの事は――ハウッ」

 やっと痛みが引いたのか幼狐が会話に割って入ろうとすると、ロアさんはたんこぶをぺしっとはたいて幼狐を黙らせる。

 気のせいだろうか、幼狐が哀れに見えてくる。

「次に、本題の家に関することですが、契約上夏樹様の所有物となっておりますので、ご自由に使用・変更していただいて構いません。それに関することで我々が()()()干渉しないことも契約の一部です。なので、表札及び家の名称も夏樹さんの好みで決めるも話し合って決めるも自由にしていただいて構いません」

「なるほど。………」

「どうかしましたか?」

「いやっ、何で幼狐がトップなんだろって思って」

「それはどういう意味じゃ!」

 幼狐はロアさんの制裁を警戒しながら叫ぶ。

「どう考えても、ロアさんの方がしっかりしてるから」

 知りたいことをものの一分ぐらいで詳しく教えてくれた。幼狐だったら一体何分――いや知りたいことが分からないまま終わる可能性すらある。

「フンッ、ワシだって真の姿になればそれぐらい造作もないわ」

 真の姿ってなんだよ。こっちの世界で言う本気を出せばってやつか?

「へーすごいねー」

「なんじゃその対応は! すごいんじゃぞ。背も小僧より高くてナイスバデイで――」

「うんうん。頑張ったらなれるよ」

「なんじゃその眼は。ホントーなんじゃぞホントーに……ホントーなのに……」

 そこまで言って、ロアさん以外の全員が温かい目になっていることに気づいた幼狐は、だんだん声が小さくなっていき顔を伏せて肩を震わせ出した。

「……ゴホンッ、真意はさておき今回の要件は以上ですか」

 ロアさんが、自分の主に初めて助け舟を出した瞬間だった。

「えぇ、まぁ」

「では、我々もこれからやることがあるので」

「あっ、ありがとうございました」

「さぁ、幼狐様。片づけを――しなさい!」

「ヒー、ごめんなさいなのじゃっ――」

 テレビが消える瞬間に聞こえたことは、後に誰も触れなかった。ただ、俺はそっと心の中で手を合わせた。

「それで? どうするんだ夏樹」

 口火を切ったのは頬杖をついたままの爛さんだった。

「どうするって、何をですか」

「この家の名前だろ」

 そういえば、連絡したメインの事柄はそれであった。幼狐が痛々しすぎて忘れるところだった。

「どうしましょう?」

 俺はすぐには決めかねて、思わず隣に座る阿冶さんに聞いてしまう。

「夏樹さんの好みで決めてもいいし、話し合ってもいいって言ってましたよね」

 好みか。独断で決めるのはあんまり好きじゃないな

「俺たちは共同で暮らしているんですから、皆の意見を俺は聞きたいです」

「……夏樹が言うならそうする」

「そうですね、皆の意見があった方が全員の家って感じがして良いですね」

 クロは耳をピコピコさせながら、阿冶さんは胸の前で手を合わせて同意する。

「方法はどうするんだ? 急に意見を求められても、案なんてないぞ」

「そうですねぇ。……お昼以降に一人一人に聞いて回るので、考えておいてください。皆の意見を聞いて、後日皆に発表しようと思います。その案を皆さんに評価してもらって、良ければ採用でどうでしょうか」

「分かりました。では、お昼までにそれぞれ意見を考えておき、明日の朝食後全員で集まるってことでいいでしょうか」

 最後に阿冶さんが話しをまとめる。

「……良い」

「分かった」

「はい」

 こうして、俺たちの家の名称決めが始まった。



「おーい、入るぞ夏樹」

 昼食後。そろそろ誰かに聞きに行こうかと思ったところで、爛さんが部屋に入ってきた。

「だから、入ってから言わないでくださいってば」

「いいだろ別に。それよりあたしちょっと出かけるから先に意見を言っておこうと思ってさ」

 そう言って、爛さんは俺の正面に胡坐を掻いて座った。

 いいだろって、いいわけないだろうが!

 どうせ言っても聞きはしない。心の中で愚痴を推し留めて、さっそく最初の一人の意見を聞く。

「それで、何か要望とかありますか?」

「いやー、それが全然なくてさ」

 アハハと笑いながら言う姿から、真剣に考えていたようには見えない。

 俺は、せめて少しでも案を出してもらえるようにそれとなくこの家のことについて話題を振ってみた。

「爛さんはこの家の建設にも関わっているんですよね」

 風呂場等は、爛さんと幼狐がこだわっていたって阿冶さんが言っていたのを思い出して聞いてみた。

 性格はともかく、センスがある事は認めている。

「いや、建設つってもここは元々ある家だからな。空き家の中身を多少いじるのに口出しした程度だよ」

「そうなんですか? まぁ、確かに急に家が建ったら周囲の人もおかしいように感じるか」

「実際そうであったとしても、幼狐がどうにかするんだけどな」

「できるんですかそんなこと?」

 俺は、半信半疑で聞きつつ、未だ見ぬ異世界の力や技術だったらなくもないのかもしれないと納得しそうになる。

「少しでも建設に関わっているんだったら、その時どんなイメージで考えたのかっていうところから意見を考えてみてはどうですか?」

「イメージか……和風、かっこいい。かな」

 数秒でその二単語を爛さんは口ずさんだ。確かに、古風というかわびさびというか和風色が強くて、可愛らしいというよりは渋くかっこいい内装だけど

「それはさすがに漠然とし過ぎじゃないですか」

「しょうがないだろ。あたしの好みがそれだったんだから」

「それなら……まぁ、仕方ないですし。一応参考にしてみます」

「そうか? それじゃぁ、あたしは出かけてくるから」

「そう言えば、外出なんて珍しいですけど、どこに行くんですか」

「冥界だよ」

 爛さんは部屋を出ながら当然のように答え、さっさと出かけて行った。

 ちょっとコンビニ行ってくるみたいな軽いノリで行っていいものなのかと、驚きよりも冷静にそう思ってしまうあたり、俺の常識的感覚も大分マヒしてきていた。

 すると、今度は爛さんと入れ違うようにクロが部屋の前を通った。

 どうやら俺を探していたみたいで、開けっ放しになったドアから俺の姿が見えると、急に立ち止まっておずおずとした様子で入室してきた。

 そして、まるで定位置に座るかのように俺の膝の上に座る。

 もしかして座椅子に思われてる? なんて思いつつも心を許してくれていることに悪い気はしない。

「クロは何か要望ある?」

「……クロは、夏樹が良ければ。それで良い」

 ある程度予想通りの回答だった。心は開いても俺がクロの中に加わっただけで、クロ自身が何か変わったというわけではない。受け身というか、従順というか。その根本的性格自体は別に変ってはいなかった。

 だから俺も催促するわけでもなく、『そうか』そう答えようとした。

 しかし、クロは少しの間をおいて続けた。

「……でも、もし何か言うとしたら。ここは皆の居場所であり続けてほしい。……人間とか妖怪とか幽霊とか怪物とか、そんなことは関係なく、温かい場所。クロは……ここをそんな場所だと思ってる」

 そう語るクロの顔は少し赤くなりつつも綻んでおり、とてもリラックスしているように思えた。

 その姿を俺は嬉しく思った。クロが俺達という個人でなく、この場自体の雰囲気を好いてくれている。それは、間違いなくクロの成長であり、進歩だ。この場の雰囲気を作っている一人として、クロを知っているからこそ、それがものすごく感慨深いと感じる。

「そっか。それは良かった」

「……夏樹。これで良かった? ……ちゃんと伝わった?」

「もちろん。ありがとうクロ」

 俺は優しくクロの頭を撫でた。クロはそれに沿って喉を鳴らし、しばらくしてから満足したのかそっと部屋から出て行った。

皆さんこんにちは五月憂です。

そろそろ学校が始まりそうで、すごく億劫な今日この頃。

ストックが十分に溜まっておらず、学校が始まったら現状の文量を保つのがギリギリになるのではと恐れています。

さて前話から始まった、名前決め。夏樹たちの住む家はどんな名前になるのでしょうか。

次週で書ききり、以降は残っている阿冶編には入れたらと思っています。

是非、引き続き読んで見てください。

最後になりましたが、「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。

今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。


【改稿後】

第十五話は、前半は細かいところの修正。後半は、一新して新しい展開にしました。

改稿前は、それぞれが考えた家の名前から決める展開でしたが、改稿後は皆の意見から夏樹が考えるという展開となります。

また、次話は結果となる家の名前は同じですが、話自体は一新されます。

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