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第十四話 持ち主は誰

爛の悩みを受け止めた夏樹。

このままシリアスな雰囲気で終わるかと思いきや、居間に戻ってきた夏樹を押し倒す爛。

その呂律は回っておらず、どうやら酔っているようだった。

そして身動きが取れないまま、爛プレゼンツ下着鑑賞会が始まる。

テンションが高い爛。しどろもどろする夏樹。地獄の時間は、爛の突然の睡眠によって幕を閉じた。

夜。再び目覚めた爛は、今度は打って変わっておしとやかに落ち着いた雰囲気で話す。今までの自分の心境。彼女は女の子らしくないわけじゃなく、諸々を隠していたにすぎないと夏樹は知る。

そして、夏樹と爛はお互いの距離を縮めるため自分達らしい付き合い方を約束して、関係の修復にいたった。

 まだ少しだけ霞がかった早朝。

 ぜーぜーと息を切らしながら、俺は外を走っていた。

「おーい、もう少しだから頑張れよ」

 前方を走る赤髪の女性は、同じ距離を走っているのに息一つ切らせていない。それどころか、ちらちらと後ろを走る俺に視線を送りながら声を掛ける余裕さえある。

 もちろん、爛さんである。

 俺は、爛さんと約束した日から毎日早朝に起こされては、こうやってトレーニングに付き合わされていた。

 確かに約束したけど、毎日なんて。しかも、俺のためにランニングっていう足腰を鍛える基礎的なトレーニングをメインでやってくれているから。断ろうにも断れない

 変なところで真面目というか、気を使える人だ。そう思って、彼女の後姿を眺めるていると視線が遂彼女の服装へと寄せられた。

 爛さんは、いつもとは違ってジャージを着ている。

 というのも、いつものだらしない格好で行こうとするから俺が無理やりに押し付けたわけなのだが、案外すんなりと了承した。俺との約束のせいか唯の気まぐれかは分からないけれども、そこは良かった。

 ただし、着ているジャージが俺のものなのであることが違う問題を生んでいた。

 もともと和服ばかり着ている爛さんだ。ジャージなど持っているわけもなく、必然的に背丈の同じぐらいの俺のを貸しているのだが、いかんせんサイズが合っていない。

 特に胸とお尻辺りはぴっちりしていて見ていられない。

 この間久々に俺が着たときは、少し胸元が伸びている気がしたぐらいだ。俺の服の耐久知的にも、爛さんの怪我防止にしても、早々にこの件は解消したいところだ。

 と思案を無駄に巡らして誤魔化すのにも大分限界が来ていた。

「そんなこと言っても、もうだいぶ足にきていてどうにも」

 もう一時間ぐらいぶっ続けで走っている。

 おかげで近隣の道は無駄に把握できてしまった。

「仕方ねぇなぁ」

 爛さんがペースを落として並走する。

 隣に来られると一層ジャージを意識してしまうから前を走ってもらいたい。

 目を反らすように横の壁を見る。

 立派な塀だ。俺の住んでる家と同じくらいの規模がありそうなこの家は、俺の住んでいる家の斜め前に位置している。

 この長い塀が見えたら後は、この家をぐるっと回れば我が家へとたどり着く。

 ラストスパートだ。そう言って、爛さんの励ましに背中を押されながら、やっと俺はゴールにたどり着いた。

「うあ~、今日もいい汗かいたな~」

「俺は、今日一日分の体力を使った気分ですよ」

 俺が家の前で座り込むと、爛さんも高笑いしながら横に座ってストレッチを始めた。これから、素振りでもするのだろう。

 すごい体力だ。

 対して、俺はもう何もする気が起きない。呼吸を整えながら脱力してぼーっとしていた。家の門を放心し見ていると、不意に物足りなさを感じた。

 実は、最近外に出るようになってから何度もそう感じることがあった。それが具体的に何なのかと聞かれれば困るのだが、あるはずのものがないそんな物足りなさを感じていた。

「爛さん」

「ん~?」

「前々から思ってたんですけど、この家って何か足りなくないですか」

「そうか?」

「はい。なんとなく」

「ん~なんだろ」

 俺と爛さんは黙って門を眺めた。

「「………」」

 二人して、両手を組んで、頭を傾けながら怪訝そうに門を凝視する。

 つい先ほどまで何軒も何軒も通り過ぎた家々にはあってうちにはないもの。間違い探しをするように頭の中にある門前と比べる。

 そして、

「あっ」

 やっと何が足りないのかに気がついた。

 それは、初めてこの家を訪れた時にも思ったことだった。

「表札だ。爛さん。この家って、表札がないですよね」

「そういや。そうだな」

「この家ってなんて言うんですか」

「さぁ?」

「誰の持ち物なんですか」

「さぁ?」

「何も分からないんですか」

「あぁ」

 何でだよ!

 ってか今更気づいたのかよ!

「これって結構重要な事なんじゃないんですか」

「そうか?」

「分かりにくいでしょ。普通に」

 単純に家を説明するのがめんどくさいし

 一家で済んでいるなら表札は苗字になるだろうし、集合住宅ならそれなりの名称があった方が分かりやすい。

 しかし、この家は表札もなければ住人ですらこの家の名称を言っている人はいなかった。大抵が『この家』呼びだった。数年は住む家なのだ、愛着を持って俺は住みたいと思っているし、せめて名称で呼びたい。

「これって、誰に相談すべきなんですか?」

「阿冶にでも聞いたらいいんじゃないか」

「なんでもかんでも阿冶さん頼りですか」

「だって、アイツが一番しっかりしてるし。困ったときの阿冶さんだろ」

 爛さんは、すっごい良い顔でサムズアップしてる。

「そりゃ、そうかもしれませんが」

 そんな自信満々に言わなくても――

 ……そうだな、とりあえず阿冶さんに聞いてみるか



 先に汗を流しに浴場に寄ってから居間に向かった。

 ちなみに家での爛さんの逆セクハラまがいの行動は一向に続いているため、正直ドキドキしながらシャワーを浴びている。

 爛さん曰く、夏樹になら大丈夫とのことだが、何が大丈夫なのやら。恥ずかしいならやらなければいいのに

 まったく家の方が心の休まる暇がないってどういうことだって話だ。

 そう思いながら、キッチンを覗くと丁度阿冶さんが朝食を作っていた。

「阿冶さん、少し聞きたいことがあるんですけど。大丈夫ですか」

「あっ、朝のトレーニングお疲れ様です。すいません料理を作りながらになっちゃいますけど、それでよければいいですよ」

 俺はそれを聞いて、キッチンの椅子に腰かけた。

 いい匂いだ

 味噌の香り。

 今日の朝食も楽しみだと、運動後で一層つよく感じる。

 これがあるから早朝トレーニングも続けられるってものだ。断じて、爛さんのジャージ姿を見るためではない。

「それで、話しって何ですか」

 俺が席についても話し始めないからか、阿冶さんから話しを振ってきた。

「あぁ、えっと、早朝トレーニング後に門を見ていて気付いたんですけど、この家って表札がないですよね」

「そういえば……そうですね」

 爛さんとほぼ同じ反応が返ってきて、少し意外だった。

 阿冶さんなら、「あぁ、それはですね――」ってスラスラと答えてくれそうなものなのに

 そう思っている時点で、俺も『困ったときの阿冶さん』が強く根付いている。

「この家って何て名前なんですか」

「……さぁー?」

「持ち主は?」

「幼狐様じゃないでしょうか。たぶん」

 しょうか? たぶん?

 阿冶さんにしてはひどく歯切れの悪い返事だった。

「すいません。私も詳しいことは。そういった手続き等は全て幼狐様達妖界側が取り仕切っていまして。私達は一切そこに関わりがなかいんです。クロちゃんなら、何か聞いてるかもしれないんですけど」

 クロが?

「妖界側がですか?」

 なんて適当なところに任せているんだ

 俺の言葉から読み取ったのか阿冶さんは補足を加えた。

「四つの世界は人間界進行のためにそれぞれ役割分担をしているんです」

「役割分担?」

「はい。例えば、冥界は情報収集。怪物界は金銭面の支援のようにです。妖界は比較的トップが友好的に立ち回れるという考えで、人間界と直接かかわる部分を担っています」

「あれで友好的……ね」

 阿冶さんは渇いた笑みを浮かべる。

 よっぽど他の世界のトップは癖があるんだろうか

 幼狐以上に……

 今後関わるかもしれないと思うと頭痛すらしてくる。

「――と、まぁ、そういうわけで」

 阿冶さんは、朝食づくりを終えて俺の向かいの席に座った。

「すいませんがお力にはなれません」

「いえいえ、気にしないでください。朝食後に幼狐に聞いてみます。まぁ、幼狐が出られる状況だったらって話ですけど」

「フフッ。私も、気になるので一緒に話をきかせてくださいね」

「はい」

 丁度話が切れたタイミングで爛さんが入って来た。

「ふー、いい汗かいた」

 相変わらずの露出の多い和服姿だ。

 もうだいぶこの姿にも慣れたというか、諦めたというか。注意することはめっきり少なくなった。

「おっ、もう朝食出来てんな。クロ呼んでくるわ」

 鼻をスンスンさせて、おいしそうな匂いによだれを啜ってから足早にまた出て行ってしまった。

「慌ただしい人だなぁ。じゃぁ、朝食を運びますか」

「………」

 爛さんがいたところから再び視線を戻すと阿冶さんは呆けていた。その目が細まってうっとりしているような視線は、無心でボケッとしているというよりは、何かに心から引き付けられているかのようである。

 あれ? 聞こえてないのか?

「阿冶さん?」

「あっ、すいません。何ですか」

「いえっ、料理を運ぼうって。大丈夫ですか」

「すいません。最近夜寝苦しくって」

 そういう阿冶さんの鼻周りはさっきまでより少し赤みを帯びていた。

「風邪ですか?」

「いえっ、少しボーッとしただけなんで大丈夫です」

「そうですか? でも、きつかったら言ってくださいね。一緒に住んでいるんですから」

「ありがとうございます。夏樹さん」

 最近、阿冶さんにこういうことが起きる。無理をしているなら頼ってほしいんだけど。

 そう思ってみているが、以降は普段通りだった。テキパキとしていて笑顔も普通。別段体調が悪いようには見えなかった。

 そうこうしている内に朝食の準備は整った。いつも通り4人そろってから朝食を食べ、阿冶さんと後片付けを終えてから、居間のテレビに向かう。

 ちなみにクロちゃんにも一応聞いてみたが、爛さんや阿冶さん同様何も知らないとのことだった。

 久しぶりに連絡とるな。前回は、クロちゃんの事でロアさんと話したきりだっけ

 朝食をとる定位置にみんながついて、テレビに注目する。

 すると――

「カッカッカッ、久しいの小僧」

 高笑いをしながら、偉そうな声が聞こえてきた。

 幼狐は、書斎机に着いて踏ん反り返っており、後方にはいつも通りピシッとしたスーツ姿のロアさんが控えている。

 ほんといつぶりだよ

 最初に、会ったきり初めてだ。

「カカカ、そういえば聞いておるぞ。小僧」

 ちらりと、八重歯にしては発達し過ぎたその牙を覗かせながら幼狐は話し始めた。

「何を?」

「どうやら、仲睦まじくやっておるようではないか。いやー、初めはあんなに文句ばかり付けておったが、良かったのー。やはり、男の子(おのこ)としては理想的な状況じゃろう。うらやましーのう」

 それは、褒めているというよりは完全に茶化した口調だった。その証拠に、牙をむき出してニタニタしている。

 こいつは、こういう言い方しかできないのか

 久しぶりの幼狐にはウザさ以外何も感じなかった。

「いいだろ。一緒に住んでるんだから。仲良くしたって」

「カカッ、そうじゃのう。その方がワシらとしても助かるというもんじゃ。人間と異種人が共存できる証明になるんじゃからのう。……それで、今日は何の用じゃ」

 幼狐は、立派な椅子に片肘をついて聞いてきた。

「あぁ、ちょっと聞きたいことがあって」

 やっと本題に入れる

「この家の名前ってあるのか? 表札も何もないんだけど」

「お主らが名付けておらぬというんじゃったら、無いんじゃろ。ワシは、決めた覚えがないからのう」

「俺たちがって。幼狐がここの書類や手続き諸々をやってくれたんだろ」

「そうじゃ。その通りじゃ。このワシが直々にやってやたのじゃ。感謝するのじゃぞ」

 幼狐は、また偉そうに胸を張って仰々しく言った。

 すると、後方に控えていたロアさんがワザとらしく咳ばらいをした。

「ひっ! えっと、ワシ等……がのう。ワシ等が」

 後方に控えるロアさんの冷めた眼光を受けて、幼狐は冷や汗を浮かべながら付け加えた。

 あぁ、これはほぼ任せっきりだったな

 幼狐が文句をたれながら嫌々やり、その傍らで鞭を打ちながらも黙々と進めるロアさん。見てはいないが、その光景が目に浮かぶ。

「じゃぁ、この家の持ち主も幼狐なんじゃないの? 俺たちが勝手に決めていいわけ?」

 すると、幼狐はキョトンとした顔をした。

 そして――

「何を言っておる。その家の持ち主は小僧じゃろ」

 ………

「はぁ?」

 身に覚えのない事実が述べられた。

こんにちは。五月憂です。

今回は、久しぶりの幼狐登場回です。

幼狐――ふてぶてしさの中に愛嬌があり、ロアさんと絡むことで一層良さが増していく。

そんな、幼狐が私は大好きです。

というわけで、次の話が始まる前のワンステップです。

次週も是非読んで見てください。

最後になりましたが「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。

今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。


【改稿後】

第十四話は、主に細かいところをちょっとずつ加筆しました。

より読みやすく情景が思い浮かべやすくなればと思います。

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