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ローザは次々に訪れる領民たちを丁寧に治療していた。
顔色が悪い子どもの手当てをしながらその母親に話を聞く
「昨夜からお腹が痛いと言い出しまして」
子どもは痛さを訴える気力もないようだった。
ローザはその子をじっと見つめた後
「もう少しの辛抱よ。待っててね」
優しく頭を撫でた後、お腹に手をそっと当てた。
すると、優しい光がお腹を包んだ。
しばらくすると、苦しそうにしていた子どもの表情が柔らかくなる。
ローザは小さく息をつくと
「お母様、もう大丈夫だと思います。後はお家で様子をみてください」
と伝えると
「ありがとうございます。ありがとうございます。ローザ様」
母親は安らかな寝顔をの子どもの頬をなでながらお礼を言った。
「ローザ様、次の患者へ...。」
教会の関係者が申し訳なさそうに声を掛ける。
「ええ、そうね。ここにいる人たちだけでも見終えないと。でも、これ以上は無理よ」
ローザは淡々と教会関係者に伝えると、次の患者の様子を見に行った。
エメリア達はテキパキと働くローザを見た後、関係者以外立ち入り禁止の教会の中庭に向かいテラスで休憩をすることにした。
エメリア達はしばらく無言のまま座っていると、ライラがお茶の用意をしエメリアの斜め後ろに控える。
「ローザ嬢はすごく奉仕活動に力を入れているのですね」
テオバルトがライラの入れてくれたお茶を一口飲んだ後呟いた。
「ええ、私も想像していた様子と違いました。なんていうかもう少し横柄な態度を取っていると思っていました」
エメリアも申し訳なさそうに本音を伝えた。
「実は、私もそう思っていました」
ライラもエメリアと同様の考えだったようだ。
「邸の中の表情よりもすごく柔らかかった様に見えたの」
エメリアはいつもトゲトゲした言葉をローザから言われていた為他の人にもそのような態度で臨んでいるものだと思い込んでいた。
「でも、意外な一面を見ることができて良かったですね。」
テオバルトはお茶を飲み終えると、
「いいタイミングですし、ローザ嬢と合流しますか?」
エメリアに問いかけたので
「そうですね!ローザお姉さまのお仕事を近くで見ることにします。ライラ、言付けをお願いしていい?」
ライラはかしこまりましたと一礼したあと、教会の中に入っていった。
しばらくすると、ライラが戻ってきた。
「エメリア様、教会の者を連れてまいりました」
ライラが連れてきた人物は、さきほどローザの近くにいた者よりも豪華な衣服を身にまとっていた。領主の娘の訪問なのだから仕方がないがエメリアは少し寂しい気持ちになった。
「エメリア様、ドナード様ようこそシュテイラー教会にお越しくださいました。私がローザ様の元へ案内させていただきます」
副神父長と名乗った男性は、テオバルトの為に軽く教会の特色の説明をしながらローザのいる場所まで案内をしてくれた。
「こちらが本日ローザ様が治療をしている部屋でございます」
豪華な扉を紹介されたエメリアとテオバルトは驚き顔を見合わせた。
副神父長は自慢するように話を続ける
「こちらは、この領を支えている高貴な方々の治療をする部屋となっております。精神的にも安らいでもらうために少しだけ豪華な造りになっております。」
エメリアはそうですか、と微笑みながら答えた。
その対応に満足した副神父長が扉の傍で待機していた神父に声をかけると数回ノックした後扉を開けた。
「どうぞ、こちらにお入りください」
教会にこのような場所があったのかとエメリアは感心しながら中に入る。
華美な物はないが一つ一つが質の高い品々に囲まれていた。
このフカフカの絨毯は邸の貴賓室にも劣らないと思った。
その奥の方で、ソファーに対面して座っている2人がいた。
一人はローザでもう一人はエメリアは知らないが貴族のご老人に見える。
2人は、エメリア達を見るとスッと立ち上がり挨拶をする。
エメリアだけの前だと横柄なローザも自分の立場を理解しているのできちんと対応するのだった。
「おぉ~これは、エメリア様ではないですか。こんな場所で会えるとは光栄でございます」
ご老人は体調が悪いんだよね?
普通にローザとおしゃべりしているように見えるんだけど。
エメリアは不思議に思いながら、2人にソファーに座る様に声を掛ける。
そして、ローザの隣が開いているので自分たちも座ることにした。
「こちらは、私の婚約者のドナード領主次男のテオバルト様です。私達の事は気にせずにどうぞ治療の続きをしてください」
エメリアはローザに声を掛けると目礼をして再びそのご老人と向かい合った。
「今は、腰が痛くてね。少し診てもらえないかい」
「はい、分かりました」
ローザは立ち上がりそのご老人の近くへ行く。
腰の症状を見ようとした時、ご老人がそっとローザの手を握った。
「こうして手を握ってもらうだけで腰の痛みが取れそうじゃよ」
と笑いながらローザの手の甲をそっと撫でた。
ローザは一瞬肩をビクリと上げたが、表情は変えず。
「この腰痛は一時的なものでしょう。すぐに落ち着かれますよ」
と伝えると自分のソファーに戻っていった。
ご老人は名残惜しそうにローザの手を握っていたが、教会関係者が
「ローザ様、今日の治療はここまでです」
とわざと老人に聞こえるように伝えた。
「もう少し、時間を掛けた方が治りがよくなると思うのじゃが」
と言いながら傍にいた小間使いに目配せをすると、そっと机の上に木箱を置いた。
それを見たテオバルトは少し眉をひそめる。
ローザは困った表情をしながら
「申し訳ございませんが、このような物を受け取るわけにはいけません。」
と言いながら傍にいた教会関係者に目配せをすると。
「でしたら、教会にて預からせていただきます」
と言いながらそっとその木箱を受け取った。
ご老人はほくそ笑みながら
「次の予約もお願いしようかの」
と言った後、席を立ちエメリア達に一礼するとその部屋を出ていった。
バタンとドアの閉まる音が聞こえると、ローザの傍にいた教会関係者が
「すみません、これを処理してきますので少し席を離れます」
とローザに伝え、エメリア達にも失礼しますと言った後その場を離れた。
エメリアとテオバルトの関係者のみになったローザは溜息を付きながら
「これが、聖女様のお仕事よ。どう?満足した?」
と言いながら持っていたハンカチで先ほどご老人に触られた場所を拭いていた。
「エメリア、私の今日の予定はこれで以上なので先に失礼しますわ。」
ローザはそう言いながら立ち上がると
「テオバルト様もごきげんよう」
小さくカーテシィーをした後、遠くで控えていたローザの侍女と共に部屋を出ていった。
※※※
教会の貴賓室を出るとローザは小さく溜息をついた。
「ローザお嬢様大丈夫ですか?」
侍女が気づかわし気に声をかける。
「ええ、大丈夫よ。いつものことじゃない」
「そうでございますが...。」
この侍女はいつもローザの事を気にしてくれる人だった。
教会での奉仕作業はあまり侍女たちには人気がなくローザと一緒についてきてくれるのはこの侍女を含めて2、3人ぐらいだった。しかしローザにとってはその侍女たちが信頼できるかどうかのふるいになるので便利でもあった。
と言っても思ったより信頼できる侍女が少ないというのは悲しい気持ちになるんだけれど
ローザは斜め後ろについている侍女をチラリと見た後、持っていたハンカチを預けた。
「申し訳ないけどこのハンカチはいつものようにお願いね」
「はい、分かりました。処分しておきます」
ローザの侍女は自分のポケットに渡されたハンカチを片付けた。
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