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ローザ視点。
ローザが少し不憫です。精神的にしんどい方はまた次の機会に…。
今日は朝からお母様のご機嫌がずっと良かった。
どうやらルードルフ叔父様から呼ばれたらしい。
朝からメイド達を多く呼び付け身支度に勤しんでいた。
父様はお仕事がある為今日は同席しないらしい。
もちろん私も一緒に連れていくみたいだった。
「きっとお義兄様はローザの領都での活躍をどこかで聞いてきたのね」
私は普段からお母様にシュテイラー領の為に与えられた力を使いなさいと言われていた。
始めは領民の方々に「ありがとう」と言われるだけでとても嬉しかったの。
でも、お母様はそれだけでは満足してくれなかった。
いつからか、もっともっとと私に領民を癒すようにと言い続けた。
そして、私の力を見込んだ教会が領民だけではなく貴族の方も癒されませんか?と声をかけてきた。私も一応子爵の娘だけどあまり高位の貴族の方とは接したことがないので不安に思っていた。もしかすると、お父様やお母様が反対してくれると少し期待をしていた。
「…。それは、ローザに負担になるんじゃないか?私の兄がこの領の領主だとしても私自身の爵位は低い。なにか困った依頼がきてもすぐに断る事ができないかもしれない」
「あなた、なに弱気な事をおっしゃるんですか。ここは我らがシュテイラー領ですよ。周囲は高位貴族といってもお義兄様より高い爵位の方はいませんわ。それに教会の依頼を断るだなんてそれこそお義兄さんのメンツを潰すことになりますよ」
「しかし、イーリス…。」
「あなた、大丈夫よ。いざとなれば教会がローザを守ってくださるわ。何かあっても私がきちんと対応します。だから、あなたはこの件に関しては私にお任せください」
結局お父様はお母様の熱意に絆され私は教会で高位貴族を癒すという奉仕が増えた。
それまで、領民の為に使っていた時間の一部を教会内の貴賓室みたいな場所で貴族相手に癒し始めたのだけど、始めは周辺に住む私と同じぐらいの子爵や男爵が自分の管理している地域に癒す人がいない時に(軽度の物だと治せる人や調薬してくれる薬剤師などは存在しているみたい)頼ってきてくれる方がとても多かった印象だった。
その貴族たちも領民と同じように「ありがとう」と感謝の言葉をいただいて、教会にいくらかお布施をしていた。(領民は無料よ。)
その事に安堵していたのだけど、ある時どこかから私の噂を聞きつけた老貴族の人が時間をつくって欲しいと教会に依頼してきたので、教会はいつものように了承したの。
でも、その人は見るからに健康そうで…。一体どこが悪いのか分からずお話しすることにした。
確かに、その老貴族のおっしゃるように指示された場所を癒したけれどこの方の症状だったら軽度だからわざわざここまでやってこなくても…。と疑問に思っていると
少しずつ他の子爵や男爵の方の時間が無くなり最後にはその老貴族の方としか会わなくなっていた。そして、その老貴族はいつも私の手を握ってきて…。その時間が少しずつ長くなっていた。
少し怖かった。
すぐに教会とお母様に相談したけど、教会はいつもたくさんのお布施を頂くのでと言葉を濁すしお母様も
「きっと、寂しい方なのよ。ローザは体だけではなく心も癒すことができるなんてすごいわね!」
と言って取り合ってくれなかった。
このままずっとこの老貴族との時間を過ごさないといけないのか…。と落ち込んでいる時にエメリア達が見学に来た。
正直に言うと少しほっとしたわ。この状況を誰かに知って欲しかったし。
でも、テオバルト様には見て欲しくなかった。エメリアと一緒にいる姿も見たくなかった。
分かっているの、テオバルト様はエメリアの婚約者。
私がどんなに人を癒してもその実績が認められて彼の隣に立つことなんてできない。
私が色々考えていると、お母様の支度が整ったみたいだったので侍女に促され玄関に向かった。
そこには、お父様が既に見送りに来てくれていた。お母様と雰囲気が逆でものすごく心配している表情だった。
「じゃあ、あなた行ってきますね。」
「ああ、私も一緒に行くことができれば良かったのだがどうしても抜けれなくてな。ローザ気を付けていってきなさい」
お父様は私の頭をそっと撫でたので「はい、行ってきます。お父様」と返事をした。
馬車の中ではお母様が一人でずっと話をしていた。
叔父様がもし私にご褒美を与えると言ったら、エメリアと一緒に学びたいと言いなさいとか
叔母様とも積極的にお茶をしなさいとか
エメリアにはどちらが年長者かを自覚させなさいとか
お母様はいつも周囲から見て微笑んでいるだけ、決して私と一緒に行動してくれない。
ねぇ、どうして私だけなの?
お母様は私が叔父様たちに嫌われても自分が嫌われないからいいの?
この頃お母様が分からなくなる。
そして、そのお母様のいいなりになっている自分も分からなくなる。
しばらくすると、叔父様の邸についた。いつみても大きなお屋敷だと思う。
お母様は喜々として馬車から降りる。私を待ってくれない。
見かねた叔父様の家令が私にそっと手を差し伸べてくれた。
私は一つ頷くとその手をとった。
本当は「ありがと」ぐらい言いたいのだけど、お母様がたとえ領主の家だろうと使用人と自分を同列にしないようにと厳しく言ってくるから。
きっと、この家令の人の爵位の方が高いよね。
そのまま叔父様の執務室に案内される。
いつもなら応接室でゆっくりお茶を飲んでから庭を見たり、そのままお仕事のお話をしたりしているからちょっと変な感じだった。
いつもニコニコしている叔父様だけど今日はあった時から厳しい表情をしていた。
私とお母様はソファーに座りいつものようにお茶を出されてので飲んでいると
「今日来てもらった理由は、ローザの教会での奉仕活動についてなんだ」
その言葉を聞いた時、お母様は待ってましたという表情をしながら
「まぁ、お義兄様の所までローザのご奉仕の話が届きましたか?ローザはそれはもうこのシュテイラー領の為に毎回がんばっているのですわ」
ウフフと言いながらお母様はお茶を飲んだ。
でも、叔父様の表情はあまりよくないように見えた。
「ああ、その件だが…。ローザ隠さずに教えて欲しいのだが君は『高位貴族相手にも癒しのご奉仕』をしているのかい?」
「はい、毎回必ず予約を入れてくる方がいまして…。」
私は無意識にお母様の方をチラチラと見ながら話す。お母様の表情は変わらないが扇子を持つ手に力が入っていた。
でも、叔父様は話を続けた
「その貴族はローザが毎回癒さなければいけないほど重篤な患者なのかな?」
「…。」
私は言葉を選んでいると、叔父様は小さく息をついた。
「イーリス、私はローザが貴族に癒しを施してからの記録を確認させてもらったが、これは一体どういう事なんだ?」
叔父様はお母様の目の前にまとまった紙を差し出した。
「教会がある時から急に潤うようになってるね。そうだ、ここからだ」
叔父様が紙を指さしたのはちょうどあの老貴族が来てからだった。
「確かに、教会は困っている人を救う場所だ。そしてそれには資金が必要だということもわかる。私も教会の運営には目を配っているつもりだ」
「イーリス、この貴族の事は知っているのか?」
「えっええ、名前は存じております。」
「そしたら、その貴族の趣味は把握しているのか?」
「趣味でございますか?」
お母様はキョトンとした表情で叔父様を見ると
「この貴族は若い子ども達が大好きだそうだ。特に見目の良い子がな」
「子ども好きなのは良い事なのでは?」
お母様の言葉に叔父様は深いため息をつくと
「イーリスは、ローザをその貴族の所に嫁がせるつもりなのか?」
呆れたように質問した。
「お義兄様!!そのような達の悪い冗談はおやめくださいませ」
お母様は苦笑いをしながら言うと
「その老貴族は、シュテイラー領の癒しの子を成人すると娶ると周囲に話していたようだぞ。今はまだ噂の範囲だが、断る事ができるのか?」
叔父様の言葉に私は頭が真っ白になった。確かお年は叔父様よりも一回りは上だった記憶がある。でも、私が成人してもまだ元気な年齢だろう。
隣でお母様も焦っていた。
「そっそんな、ローザは跡継ぎですよ?そんな事がまかり通るわけがございませんわ!
それに、お義兄様も一緒にお断りしていただけますでしょ?」
引きつった笑みを浮かべながらお母様が確認すると
「私が、ローザの後ろ盾になれるのは彼女が成人するまでだ。成人したらシュテイラー子爵家の成人貴族として在籍するんだぞ。口を出せるわけがないだろう!」
「そんな…。そんな…。」
「イーリスは、ローザに一体何を求めてるんだ。玉の輿にでもなってお金と権力を得たいのか?私にとってローザも娘の一人として大切にしているつもりだがこのように外堀から埋められ相手方の領主も乗り気になったらどうするつもりだったんだ」
叔父様はお母様から私に視線を移し
「侍女が付いていたとは言えローザもさぞ怖い思いをしただろう。私も気づくのが遅くて申し訳なかった」
と言いながら叔父様は私に頭を下げた
「そんな!叔父様のせいではないです!」
「今、イザークが相手の領主と今回の件を話し合ってる。もとはと言えばイザークがしっかりしなかった責任でもあるからな」
お父様も今回の件を知ってくれたんだ。でも、今になってようやく知ったのは少し悲しかった。
「あの貴族は我が領の教会への出入りを禁じた。そして、これからは以前のような貴族枠を設けることにした。本当に困っている貴族がやってくると思うからこれからもお願いできるかな?」
「はい」
「もし、嫌になったら教会の人に伝えるように。きちんとあの貴族と関係のあった人たちは処分したからローザの言葉を退ける人はいないよ。」
「はい!ありがとうございます」
「エメリアもローザの奉仕活動に興味があるみたいだから日を別にして活動するから君への負担は減るはずだよ」
「…。エメリアさんも…。ですか」
エメリアの名前を出した時の叔父様の柔らかい表情を見てなぜだか私は心がチクっとした。
「本来なら、ローザと同じ年から始めても良かったのだがアメリアが嫌がってね。随分と甘くしてしまったよ」
私の話は終了したみたいでまた、厳しい表情に戻りお母様の方を見た。
「イーリスの今回の件についてはイザークと話し合って深刻な問題として扱うことにしたよ。シュテイラー領主の命として、私の許可が出るまでローザの奉仕活動への干渉は禁止、そしてシュテイラー子爵領への干渉も禁止だ。自分の行動を反省できるまで家内の管理をしておくように!以上だ」
「そっそんな、ローザは私がいないと寂しい思いをして…。」
「イーリスはローザの奉仕活動にずっと寄り添っていたのか?」
「あっ…。それは」
「その報告書だと初日だけと記載されている。教会へ行くのもローザの奉仕活動とは別日になっている。ローザの話をするのにどうして同じ日じゃないんだ?」
叔父様の言葉にお母様は顔色を悪くした。
「…。これ以上の追及はしないが、この甘い判断は今回限りだ。…。以後気を付けるように。シュテイラー子爵夫人を玄関までお送りするように」
叔父様がそう言うと家令がそっとお母様の傍に行き「こちらへどうぞ」と執務室から出るように言った。
お母様は項垂れながらその言葉に従った。もちろん私もお母様の後を付いていった。
帰りの馬車は水を打つように静かだった。今日の為に気合を入れた衣装が私には滑稽にみえた。
「…。どぉして」
お母様が小さくつぶやく
「どうしてもっとお義兄さんの前で言い訳ができなかったの?あれじゃあ私一人が悪いみたいじゃない!!」
お母様は持っていた扇子をギュッと握る。
「ずっと前からお母様と相談して、お母様が悩んでいました。とかお母様が代わりにお話しを聞いてくれるって言ってましたとか」
「何とでも言えたでしょ!」
お母様は今まで見たことのない表情で私を睨みつけた。
「ふふふ、あなたはいいわよね。被害者のふりをしてお義兄様に肩をもってもらって。でも、私は!私一人が悪いみたいじゃない!!」
お母様は私の肩をギュッと掴むと
「ねぇ、お母様が人に叱責されているところを見て楽しかった?お母様は当分屋敷で『娘を老貴族に売ろうとしたバカな女主人』って思われるのよ?いったい誰のせいよ!」
お母様はそう言った後私を力任せに押し倒した。
私は馬車の柱に背中をドンッと強く打ちそのまま足元に跪いた。
痛くてすぐには座席に座れなかったのだった。
お母様は自分の行動に驚きすぐに私の近くにかけよりそっと抱きしめた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。お母様はかわいいローザになんてひどい事をしてしまったのでしょう。つい気が動転してしまったわ。ごめんね、ごめんね」
先ほどとは違いとても大切な宝物の様に痛かった背中をそっと撫でた。
でも、私の心は背中の痛みと言葉にできない痛みに震えが止まらなかった。
「…。大丈夫です。お母様」
最後までお読みいただきありがとうございました。




