第四十二話 我が子の憂い
「パパのお腹に乗っちゃいけないって、いつも言ってるでしょう!!」
「ミュ……ミュアァァ……」
「ちゃんと聞いてるの!? 危なかったんだからね!!」
「ュ……」
野宿していた森の木々から、一斉に鳥が飛び立つ。
朝からすごい剣幕で怒るスズネに、ヤエカはすっかり気落ちしている。
自分だって、かつては俺に乗って体内に入っちゃったくせに。
「俺も悪かったんだよ。ヤエカがくっついてきてるのわかってたのに、注意が足りてなかった」
「甘やかしちゃダメ! 言っても聞かなかったのは、ヤエカなんだから」
「ミュミュ~……」
怒られてグッタリしたヤエカが、俺の体に飛び乗る。
そしてフードの中に潜り込み、丸まってしまった。
≪精獣 ヤエカ を 捕食対象 から 除外しますか?≫
頭の中に、天の声が響く。
そういう細かいターゲット設定、出来たの?
だったら、もっと早く教えてくれよな!
もちろん、ヤエカを捕食対象から外してくれ。
≪精獣 ヤエカ を 捕食対象 から 除外≫
「よしよし。ヤエカ、もうお父さんのお腹に乗っても大丈夫だからな」
「……ュ?」
弱々しい声で、フードから出てきたヤエカ。
ソロソロと俺の服を伝って腰元まで降りると、腹のスライム部分に頭を突っ込む。
今度はスライム部分をすり抜けて、背中側に頭が出ているようだ。
「ミュ―ッ!!」
「おっと……こういう感じなんだ」
興奮したヤエカは今度は俺の背中側から頭を突っ込んで、腹の方に顔を出す。
なんだか、お腹に猫窓が出来たみたいだな。
「あなた……?」
「な? もう大丈夫だから、そんなに怒らないで」
「……ふん」
不機嫌そうに、スズネはそっぽを向いてしまった。
最近は、なんだかこういうことが増えたな。
ヤエカのことで、あれこれ悩んでいるんだろうけど……。
「なぁ、焦らずにいこうよ。ヤエカ、まだ赤ちゃんなんだし」
「……わかってる」
スズネは、静かに深呼吸をする。そして俺の腹から顔を出しているヤエカの頭を、優しく撫でた。
ゴロゴロとノドを鳴らして、ヤエカは嬉しそう。
「ミュ~♪」
我が子との旅が始まって、俺たちとの違いが色々出てきた。
まずは能力値、ステータスが見れないこと。
もしかしたら、俺たち夫婦が特別だっただけかもしれないが……。
ステータスが見れないことで、使える技や進化先もわからないし。
同じミューア種だと思うんだけど、ヤエカは精獣って言われてるんだよな。
精獣って、何なんだろう? 特殊個体ってことかな?
「ミュンミューッ!!」
変な声を出して、ヤエカは俺の腹からスズネに飛び移った。
スルスルと肩までよじ登ると、全身をスズネの顔に擦り付ける。
「もう……どうしたの?」
「嬉しくなって、飛びついただけだと思うよ」
「そう……」
少しはにかんだ様子で、スズネはヤエカのノドを撫でた。
彼女の不安は、自責の念もあるのかもしれない。
非常事態だったとはいえ、妊娠中に獣系統の進化をしてしまったから。
獣人の状態で出産していれば、獣人系統で産むことができたのに――と。
「ミュン~、ミュン~」
「……せめて何て言ってるのか、わかればいいのに……」
憂うように、スズネがつぶやく。
その様子を見て、今度はヤエカが体を強張らせた。
ヤエカは言葉を使わないけど、こちらの様子はかなり敏感に感じ取っていると思う。
「人間の赤ちゃんだって、言葉を覚えるのに数か月かかるんだから。まだまだこれからだって」
「そう、ね」
俺の言葉に、スズネは一応納得してくれた。
とは言え、ヤエカが言葉を覚えるかどうかはわからない。
魔素だまりを見つけては、ヤエカと一緒に入っている。
たぶんレベルが上がって、強くなってるはずなんだけど……。
スキルの念話を覚えられるのか?
憶えた上で、意思の疎通はできるのか?
こればっかりは、ヤエカ自身がどうするかだからなぁ。
「ミュッ!!」
夫婦で話していると、ヤエカが俺の顔に飛びついてきた。
顔面に張り付いた小さなお腹では、グゥ―っと腹の虫が鳴いている。
「お腹が空いたってさ。ヤエカ、ちゃんと意思表示してるよ」
「……ふふっ、本当ね」
我が子の可愛い主張に、スズネの憂いが少し晴れたようだ。
落ち着いたところで、今日の糧を狩りにいくとしよう。




