第三十四話 飛竜
マドレイの襲撃を受けてから、二週間ほどが経った。
あれからスズネは、一度も目覚めていない。そして突然現れた飛竜は、巣穴の前に居座り続けている。
最初は何が起きたか分からず恐ろしかった飛竜も、今はすっかり慣れてしまった。もしかしたら、俺たちを守ってくれいるのかも……。
「スズネ、おはよう」
毎朝、声をかけて体を撫でるのが日課である。あんな事があったから、ケガをしてないか心配なのもあって始まった。まぁ進化か回復魔法の影響か、大きなケガは残ってなかったんだけど。
眠り続けるスズネのお腹はどんどん膨らみ、すっかり妊婦らしくなっている。呼吸は安定しているし、外傷もないから大丈夫なんだろうけど……本当は少しでも目覚めて、食事をしてもらいたい。
「さて、と。今日はどうするかな……」
俺はというと、巣穴の改修に追われている。地面を抉られて、巣穴が野ざらしになってしまったからだ。とりあえず折れた木の木材や、分裂擬態で布を作ってテントのような巣を作った。
これで、雨風はしのげているはず。
「ワウン!」
「ワゥン!」
「おはよう」
テントの入口を開けると、犬の親子が挨拶をしてくれた。今日は母親と茶色い子だな。
スズネを守ってくれた犬の家族も、全員無事だ。今は巣穴に居着いて、一緒に暮らしてる。
そしてどうやら二組に別れて、行動しているよう。一組は狩りに出かけて、もう一組は俺たちのそばで見張りをしているようだ。
「バウバウッ! バウバウッ!」
「うわっ! だ、大丈夫だって。そんな遠くに行かないから……」
見張られているのは、どうやら俺のようで……少しでも巣を離れようとすると、犬の魔物たちに取り押さえられてしまう。
「ちょっと水を汲みに行くだけだよ。すぐ戻るから」
「ウーッ! ウーッ!」
「……困ったなぁ……」
茶色い子が、俺の服の裾に食らいついて離さない。あの日から、ずっとこんな調子なんだよな……。
でも本当に、水がなくなりかけてるんだ。このままこの子をぶら下げて、水辺に行ってこようか……。
⦅奥方のそばに居てやりなさい⦆
「えっ……」
突然、念話で話しかけられる。こんなハッキリと話す子なんて、居なかったのに。
母犬と子犬を見るも、特に念話を出している様子は無い。どこから飛ばされているのか、あたりを見回す。すると、背後の飛竜と目が合う。そんな――
⦅あの日から、奥方の時間は止まっている。目覚めたときにお主がそばに居ないと、不安になるだろう⦆
「あ……」
念話で話しかけていたのは、飛竜だった。
それに……そうか、スズネはあの日に取り残されているんだな……。二週間も経って落ち着いてきたから、すっかり失念してしまっていた。
自覚してしまうと、途端に不安が増してくる。早く目覚め欲しい……たくさん、話がしたい……。
⦅ふむ……水か……しばし待っておれ⦆
そう言うと飛竜は立ち上がり、崖下を向いた。何をするのだろう?
しばらくすると、キラキラとした輝きが立ち昇ってくる。水が川のように、空中を流れていく。
そして俺たちの頭上までくると、円を描いて循環しはじめた。
⦅水瓶を持っておったな。そこに並べよ⦆
「あ……は、はい……」
俺は体内の保管庫から水瓶をだして、地面に並べる。そこに空中に循環している水が、キレイに流れ込んだ。
全ての水瓶に、澄んだ水が満たされている。中には、ピチャリと魚が飛び上がる水瓶も。
この水、実際に川から流れてきたってことか!?
⦅それで足りるか?⦆
「は、はい! ありがとうございます!」
なんて粋な技なんだ……すごくカッコイイ!! 俺もこういうスキル、使えるようになりたいよ。
それに、すごく優しい雰囲気。ずっと怖くて話しかけられなかったけど、ちゃんとお礼をしないと……。
「あの……あの日も……助けていただき、ありがとうございます。それなのに、ちゃんとお礼も言わないで――」
⦅かまわぬ。ワシも用があってやったことだ⦆
「用、ですか……?」
飛竜はチラリとスズネの方を見る。そして少し悩むように、小さなため息をした。
⦅なに、奥方と話があってな⦆
「えっ!? あの、妻が何か……」
⦅お主らが案ずることは、何も無い。これは……ワシの問題だ⦆
今度は大きめに、息を吐き出す。
心配しなくていいとは言われたけど、飛竜にとってはそんなに気の重い話なのか。一体、どんな話なんだろう?
⦅今は奥方を第一に行動しなさい。困ったことがあれば、ワシも力を貸そう⦆
「あ、ありがとうございます! でも……どうしてそこまで……」
このままスズネが元気になるまで、協力してくれるのか。すごくありがたい申し出だけど、なんだか気が引けてしまう。
前にスズネが話していたカウントダウンの日数だと、まだ一ヶ月くらいかかると思うし……。
そんなことをグルグル考えていると、飛竜が語りだした。
⦅妊婦の恨みは百年続く。年長者としてこれを語り継ぎ、若人に手を貸さねばなるまい⦆
「は……はぁ……」
⦅貴様、理解しておらぬな?⦆
「は、はい! 妻に尽くします!!」
⦅ならばよし!!⦆
身に覚えでもあるのだろうか? とても真剣な表情で、諭される。
それで話が終わったのか、飛竜はまた背を向けて座り込む。
その尻尾は、ゆらゆらと揺れていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
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ヒロアキ
「妊婦の恨みは百年続く……百年後に、許してもらえたのかな?」
飛竜
⦅野暮なことを言うでない⦆
ヒロアキ
「うわっ!? ご、ごめんなさい!!」
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