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異世界で俺はスライム、嫁はネコ ~転生しても妊活します~  作者: 明桜ちけ
第一部 転生して初めての子を産む話
32/42

第三十二話 ごめん……ね……

 全身が、殴り続けられているように痛む。あんな鉄球に押し潰されて生きているのは、魔人だからだろうか。


「ヒロ……アキ……」

「……スズ……ネ……うぅっ……」


 倒れ込んでいる俺にスズネが近づいて、回復魔法をかけはじめた。ダメージが大きいからか、回復するほど痛みが増していく。

 痛みに対して、体が反射的に痙攣する。


「はーん。そんなにその魔人が大事か?」


 耳を貫くような大声が、痛みとなって体に響く。マドレイはニチャニチャと笑いながら、こちらを見ている。


「スライムの慰みがそんなに良かったのか? 穢らわしい半獣女」

「くっ……」


 スズネは立ち上がり、剣を構えた。もうボロボロで、手も足も震えているのに……。


「私の……夫を……侮辱……するなっ……!!」

「ふん。まだ抵抗するのか……面倒な女だ」


 手にした首輪の鎖を、マドレイはブンブンと振りし回す。ただの拘束具じゃなくて、武器にもなるのか……!?

 勢いを増した鎖が、俺たちめがけて飛んでくる。


「ウィンドスラッシュッ!!」


 風の刃で、襲いかかる鎖を押し返す。そのまま風の刃は、マドレイに向かっていく。


「フンッ」


 鎖を振り戻したマドレイの前に、牛型の魔物が立ち塞がる。そのまま風が直撃するも、僅かに後ろに押し返されるだけだった。


「ライトニングダガーッ!!」


 さらに攻撃を続けると、今度はカバ型の魔物が前に出る。光の短剣を全て体で受け止めるも、光の消えた後からは僅かに血が滲む程度。

 なんてタフなんだ……万全ではないとはいえ、全く歯が立たないなんて……。


「うっ……ぅっ……」

「ス……ズネッ……!」


 お腹を抑えながら、スズネは膝を着く。これ以上戦うなんて、もう無理なんだ。

 手を伸ばそうとしても、指先が痙攣するばかり。なんで俺はこんなに――役に立たないんだ……。


「ボテ腹のクセに反抗しやがって」


 首輪の鎖を揺らしながら、マドレイたちが近づいてくる。そして、子犬たちが倒れている前で立ち止まった。

 とても冷たい目で、子犬たちを見つめている。


「徹底的に、分からせる必要があるな。――こういうのはどうだ?」

「キャフ……」

「キャィ……」


 子犬たちを蹴り飛ばし、俺たちの前に落とす。何をしようって言うんだ……。

 さらにマドレイが、魔物と共に近づいてくる。そして俺たちの前で立ち止まると、楽しそうに歪んだ笑みを浮かべた。


「半獣女の大事な大事なこいつらを、食わせてやるよ。毎日、一匹ずつ、生きたままな」

「はっ……」

「なっ……」


 おぞましい……こんなことを感じるのは、初めてだ。こいつは、人間なんかじゃない……。

 マドレイは腰にぶら下げたランプのような物から、何かを取り出した。気持ちの悪い甘い匂いが強くなり、体が強ばる。

 あれは、香炉か? 取り出された器の中では、枯葉のような物が赤く燻っている。そしてマドレイはスズネの髪を鷲掴みにして、顔を上に向かせた。


「ふ……ぐっ……」

「口を開けろ」

「!? やめろっ!!」


 抗うことなく、スズネは口を開いた。あの枯葉の香りで、魔物を操っているのか。

 そしてマドレイは俺の目を見ながら、赤く燻る香草をスズネの口に流し込んだ。


「あ……あ……」


 背筋が凍り、脳が硬直する。怒りと殺意と絶望と……あらゆる負の感情が押し寄せた。

 次の瞬間、スズネの絶叫が全身を貫く。耳も尻尾も全ての毛が逆立ったスズネの口から、香草の煙が立ち上る。

 その悶え苦しむ姿を見て、マドレイは楽しそうに笑っていた。


「これだよコレ。こういうのが良いんだ……半獣女、獣らしく吠えろ」

「ミュ……ミュガッ……ゲホッゴホッ…………」

「休むな。吠え続けろ」

「ミュァアミュガァミッミギャアァァァァァァァッ!!」

「ハハハハハッ!!」


 強制的に吠えさせられて、苦しむスズネ。口からボロボロと、香草がこぼれ落ちていく。


「次はそうだな……俺の靴を舐めろ」

「あ……が……」

 

 掴んでいたスズネの頭を突き放し、マドレイは次の命令を下す。

 スズネは舌を出して、顔を男の靴に近づけた。その舌はただれ、口は真っ赤に腫れている。

 そして舌が靴に付くかという瞬間に、マドレイはスズネの顔を蹴り飛ばした。勢いで蹴られた方向に、何か小さなものが飛んでいく。


「おっと、歯が折れたか? まぁその方が、苦しませるのにいいか」


 人間に、こんなことをできるのか?

 どうしてスズネが、こんな目にあわなきゃいけないんだ……。


「やめ……ろっ……!」

「うーん、そうだな。そろそろメインディッシュにしよう」


 再びマドレイはスズネの髪を掴み、頭を持ち上げた。そして耳元に口を近づけ、命令する。


「さぁ、半獣女。お前の大事な大事な夫を食うんだ。ゆっくり、よく噛んで、じっくり苦しませて、な」

「うぐ……あっ……はっ……」

「スズネ……」


 虚ろな目で口を開け、スズネは俺に近づく。口からは血の混じった唾液が、ダラダラとこぼれ落ちた。

 目からは涙があふれ、ガタガタと体を震わせている。

 ゆっくりと顔を近づけながら、スズネの手が俺の顔を包む。


「ヒロア……キ……ごめん……ね……」


 スズネは俺に優しくキスをして、体を離した。

 すると今度は、自分の腹をゆっくりと撫でる。


「ごめん……ね……」

「何……を……あやまっ……」


 次の瞬間、視界が真っ白になった。あたり一面、白銀の霧が立ち込めている。

 何が起きたのか理解できないまま、温かくフワフワ柔らかい物に包まれていく。

 これは……進化の霧!? スズネが進化しているのか!?


「ぐっ……なんだっ!? 何が起きて……」


 動揺したマドレイが、後ずさっていく。

 徐々に霧が晴れ、白銀のミューアが現れた。虎ぐらいの大きさが、あるだろうか。

 凛々しく美しい姿に、思わず魅入ってしまう。


「ミュアァァァァァ」


 鈴のような優しい声で、スズネが鳴く。声の響きと共に、体の傷が癒えていくのがわかる。

 近くに倒れていた犬の家族たちも、ゆっくりと体が動き出す。

 回復魔法が、降り注いでいるんだ。


「スズネ!」


 俺はスズネに駆け寄り、前足に触れる。スズネはちらりとこちらを見たが、すぐにマドレイの方を向く。


「ミュグググ」


 低い唸り声をあげるスズネの背には、五本の光の剣が浮かび上がった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


■■■■


天の声

《キャリヴァリエ・ミューア の 進化条件》

《剣技 レベル 10》

《ライトニングダガー レベル 10》

《ウィンドスラッシュ レベル 10》

《魔剣 を 所持している》



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