第三十一話 思惑
茶色い子犬の異常な知らせを受けて、巣穴へと飛んで帰る。
巣穴の上の大樹が見えてきたと思うと、その地面に激しい爆風が起きた。一体、何が起きてるんだ!?
「バウバウッ!! バウバウンッ!」
地上を駆ける子犬が、激しく吠えかける。
そうだ、急がなきゃ!! こんな所で、テンパってる場合じゃない!!
巻き上がる土煙の中に、爆風に逆らいながら飛び込んだ。
「キャウンッ!! キャゥンッ!!」
「クソッ! 目障りな犬ころめっ!」
風の向こうから、子犬の鳴き声と男の声が聞こえる。
土煙が晴れていくにつれ、二体の巨大な魔物と人の影が浮き上がっていく。
「ダメよ……逃げ……ミュア……」
「バウンバウンッ!」
「ワォンッ!」
その奥にはスズネを庇うように、番の犬の魔物が構えている。家族で、スズネを守ってくれているのか。
――おかしい。巣穴は地下の洞窟になっていたのに、どうしてこんなに見渡せるんだ……?
「スズネ!! 無事かっ!?」
「ヒロ……アキッ……!!」
土煙が晴れていくにつれ、違和感の答えが浮き上がった。地面は大きく抉られ、土や岩がむき出しになっている。
地下になっていた巣穴が、むき出しになっているのだ。なんてことを……。
「なんだ、もう帰ってきたのか」
巨大な影が、こちらに振り向く。
一体は、巨大なハンマーを持った牛のような魔物。もう一体は、黒い鉄球のフレイルを持ったカバのような魔物。
そして中央の男は――
「マドレイ……」
「ほう、私の名を知っているのか」
マドレイの手には、禍々しい首輪が握られていた。
すごく嫌な力が、漂ってくる。気持ちの悪い甘い香りがして、頭が軋むように痛む。
「魔人種か……武器にでも擬態して、町に紛れ込んでいたのだな」
何か合点したように頷きながら、光のない目でこちらを見る。
町で見かけた時のような、不愉快な下心のある目では無い。残酷な無関心、相手を虫ケラ以下だと認識している奴の目……。
「用があるのは半獣女だけだ。魔人種は金にならん。始末しろ」
その言葉と共に、二体の巨大な魔物が俺に向かってくる。虚ろな眼をした魔物が、力任せに武器を振り回す。
牛の魔物がハンマーを横に振ると、地面を巻き上げながら俺に迫ってきた。こいつ、この技で巣穴をむき出しにしたのか!?
飛び上がって避けると、カバの魔物の鉄球が飛んでくる。フレイルの柄からチェーンが伸び、鉄球は遙か上空まで飛び上がった。
「うわっ!」
避けた鉄球が地面に落ち、クレーターのような窪みを作る。なんて威力なんだ……。
「くそっ! 執拗いなっ!」
「バウンバウンッ!」
スズネに近づこうとするマドレイを、犬の家族が威嚇する。子犬たちは二匹で男の周りを囲い込み、進行を妨害した。
「ふん……平伏せっ!!」
「ギャッ……ギャウッ……」
「フグミュアァァァッ!!」
「スズネ!? みんな!?」
マドレイが命令すると、スズネと犬の魔物たちは異常な悲鳴を上げて倒れ込んだ。
クソッ! なんてことしやがる!!
「シャドウバインドッ!!」
牛型とカバ型の魔物を、分裂擬態の網で影に縛り付ける。
なんとか動きを封じたが、暴れる魔物に擬態の網が徐々に引き裂かれていく。見張って網を追加しないと、抜けだされてしまいそうだ。
「はん。動きを封じるだけで手いっぱいだな。そこで見てろ」
「ギャッ……」
「ハフッ……」
うずくまる子犬たちを蹴り飛ばし、マドレイはスズネに近づいた。ガチャガチャと気味悪く、首輪の鎖をゆらしながら。
こんな状況なのに、俺は擬態の剣を飛ばすこともできない……。
「こいつは顔も毛並みも、なかなかの上物だ。ハハッ! 良い金になるぞ!」
「スズネから……離れろっ……!!」
「ふぅん……」
見下すようにこちらを一瞥し、マドレイはニチャリと笑った。そして事もあろうか、力いっぱいスズネを蹴り飛ばしたのだ。
倒れ込んだスズネは、お腹を抱えて身悶えている。
なんて奴だ……抵抗も出来ない相手に、あんなことするなんて……。
「ミュ……ゥゥ……」
「お前ッ!?」
「なんだ? 孕んでんのか? 心配するな、これから死ぬほど産ませてやるからよ」
「何を……言ってるんだ……?」
「繁殖用に使ってやるんだよ。歯も髪もボロボロになって全部抜け落ちるまで、売り物のガキを産み続けるんだ。半獣女にはお似合いだな!!」
乱暴にスズネの頭を押さえつけ、マドレイは首輪をはめようとする。
「なぁに、コレをつければ思考も無くなる。しっかり稼がせてくれよ」
「やめろ――!!」
もうなりふり構っていられない!! このままじゃスズネがっ……。
俺は巨大な二体の魔物の拘束を放置して、スズネの元へ向かった。
「らひろひんぐらがぁぁっ!!」
五本の光の短剣が、スズネの元から飛び散る。狙いは定まっていないが、マドレイを怯ませるには十分だった。
それにしても、どうやってあの状況から技を――
「くっ……」
「ふー……ふー……」
苦しそうに四つん這いになるスズネ。その口の端からは、パラパラと何かがこぼれ落ちる。
あれは……プラムさんのお守り!? お守りを嚙み切って、中の香草を口に含んでいるのか。
「プラムのやつ……余計な物を……」
忌々しそうな顔で、マドレイはスズネを睨みつけた。スズネも新たな光の短剣を作り、臨戦態勢になっている。
魔物の盗難防止のお守りには、契約者の魔力を込めた香草が詰められている。この香草の配合と魔力の質が魔物使いごとに違うため、他所の魔物使いに操られるのを防ぐそうだ。
プラムさんと別れてから時間が経っているから、お守りの効果は薄くなっている。だから効果を高めるために、スズネは直接口に入れたのか。
「スズネッ!!」
「ウガアアアアアッ!!」
スズネの元に急ぐ俺に、カバ型の魔物のフレイルが振り下ろされる。巨大な鉄球に、地面へと押しつぶされた。
あんなに強く縛り付けておいたのに、もう動けるのかよ!?
「ウグッ……」
「ヒロアキッ!!」
「スライム上がりの魔人に、半獣女が……手間をかけさせやがって」
鉄球がどかされ、カバ型の魔物に頭を掴んで持ち上げられる。そしてそのまま、スズネの元へと投げつけられた。
ヘラヘラしてるくせに……マドレイの奴、強い……
「お前たちが、私のペットに勝てるわけないだろう。身の程を知れ――」
マドレイの残虐な瞳が、俺たちを睨みつけた――
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
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スズネ
「プラムさん、まだ寝ないの?」
プラム
「あとこれだけ作ったら、私も寝ます」
スズネ
「これは……お守り?」
プラム
「ええ。お二方に、持っていて欲しくて」
スズネ
「プラムさんは見ず知らずの私たちに、どうしてそんなに良くしてくれるの?」
プラム
「それは……お二方が素敵なご両……ご夫婦だからですよ」
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