第三十話 妊婦と危機
「……ちゃんと生きてるよな……?」
妊娠してからというもの、スズネはずっと眠り続けている。あまりにも静かで、死んでないか心配になるほどだ。
実際には時折目覚めるものの、食事を済ませるとすぐ寝てしまう。そして一度眠ると、二・三日目覚めないことも少なくない。
そんな状態が続き、気がつくと三十日くらいが過ぎていた。スズネのお腹は日に日に大きくなっているけど、こんな状態で大丈夫なのか?
「何もできることが無い……」
俺はと言うと、見張りとして巣穴にずっと張り付いている。
というのも、スズネが起きているときもずっと眠そうなのだ。だから一人で置いていくのが心配で、結局巣穴でダラダラしてしまう。
敵や魔物が入ってこないで、平和ではあるんだけど……何も無い時間に、ただただ不安が募る。
「ハフッ!」
「フフンッ!」
巣穴の入り口から、黄金色と茶色のモフモフが顔を出す。
スズネが妊娠してからというもの、子犬たちがよく遊びに来るようになったのだ。そして現在、俺の癒しでもある。
「元気だったか~? 調子はどうだ~?」
「フーッ!」
待ってましたとばかりに、二匹は獲物を引きずってきた。彼らはこうやって、自分たちの狩りの成果を見せに来る。
最初は小さなネズミやウサギだったが、それがだんだん大物になっていく。
「うわっ! ワイルドボアじゃないか。すごいなぁ……もうこんな大きな魔物も狩れるんだな」
「ハフンッ!」
二匹は誇らしげに、尻尾を振っている。
子どもの成長って、こんなに早いものなのか。人間と魔物の成長の差もあるだろうけど、それにしても圧倒されてしまう。
この変な鳴き声だって、スズネが寝ているときだけ声を抑えているから。そんな気遣いまで出来ちゃうなんて、賢すぎない!?
「ん……う……ふぁぁ……」
子犬たちと話していると、三日ぶりにスズネが目を覚ました。ぼんやりした目で、あたりを見回している。
「おはよう。体は大丈夫か?」
「お……はよう……だい……じょゅ……ぶ……」
ろれつの回らない様子だが、だんだんと目が開いていく。今回は、ちゃんと起きそうだな。
起きている間に、何か食べさせないと。前回は水分だけ取って寝ちゃったし、絶対栄養足りてないよ。
「ミュア……ミュミュア……?」
「ワウン!ワウン!」
「バウバウ―!」
「ふふ……ミュァ~……」
バタバタと食事の準備をしていると、スズネと子犬たちが何かを話している。いいなぁ……普通に会話ができるの、楽しそう。
「何を話してるの?」
「どうやって……狩ったか……話……してる……。あと……このボア……プレゼント……だって」
「ええ!? 良いのか!?」
「ワウン!」
力強い鳴き声で、黄金色の子犬が応える。こんなこと、朝飯前だって言ってるみたいだ。
ありがたいなぁ。スズネが予想以上にずっと寝ているから、食料の調達に行けなくて。
これだけ大きな魔物だと、出産までの食料が賄えるかもしれない。
「ありがとう、本当に助かるよ」
「ミュア~……」
「バウ―!」
茶色の子も、嬉しそうに尻尾を振っている。
たまたま助けた魔物の子どもたちに、こうやって助けられてるなんて……不思議な巡り合わせだな。
「スズネ、食事はできそうか?」
「うん……食べる……ありがと……」
眠そうではあるが、今回は食事をしてくれそうだ。俺が用意した料理を、スズネはゆっくりと口に運ぶ。
青白かった顔に、だんだんと赤みが戻ってくる。五日ぶりの、まともな食事だもんなぁ。
起きてる間にしっかり食べて、体力つけてもらわないと。
「クゥーン? クゥゥーン?」
食事の様子を見守っていると、茶色い子が話しかけてきた。
こちらの様子を、心配いているような眼をしている。何て言ってるんだろう?
「何か……用があるなら……自分たちが……私を見てる……って」
「そんなことまで、言ってるのか」
くぅー!! なんて良い子達なの!?
実は水が少なくなってて、スズネが起きたら汲みに行こうと思ってたんだ。
一人にして行くのは不安だったから、この子たちがそばに居てくれるのは助かる。
こうやって話しかけてくれていれば、帰ってくるまでスズネも起きていられるだろうから。
「ありがとう。水を汲んできたいから、俺が戻るまでスズネの話し相手になってくれるか?」
「ミュア……ミュアァ~……」
「ワウン!」
「バウバウ―!」
「ふふ……まかせろ……だって」
子犬たちは巣穴の入り口を見張るように、スズネの両脇に座り込む。すごいな、ちゃんと役割を理解して動いてる。
これなら安心して、スズネの護衛をお願いできそうだ。
「よろしく頼む。スズネ、すぐ戻ってくるから」
「うん……気をつけて……ね……」
スズネに見送られて、俺は巣穴から一気に飛び出す。跳躍と飛行のスキルを使って、一瞬で水辺に降り立った。
そして体内保管からありったけの水がめを取り出し、一気に川に沈める。そして水が貯まったものから、次々に回収していく。
すぐに水を汲んで戻らないと。急ぐ俺の上を、大きな影が通り過ぎた。
「あの飛竜、こんなところまで飛んでくるんだ……」
俺たちが産まれた洞窟から、この森までかなりの距離があるのに。あの飛竜にとっては、一飛びなのだろう。
巨大な影があっという間に吹き抜け、黒い点になってしまった。
「それにしても……色々あったな……」
結婚記念日に事故に遭って、異世界に転生して。スライムの姿のときは、どうしようかと思った。
でもスズネとも再開して、がんばる気になったんだ。もしかして子どもが産めるかもって知ったとき、嬉しかったな。
それからプラムさん達に出会って、色々教えてもらって。
洞窟から出て魔獣の谷を越え、町にも立ち寄った。そしてこの育みの森まで、本当に長い旅だったな。
「しかもあと一ヶ月程で、子どもが産まれるんだ……」
冷静になってみると、すごいことになってる。異世界で、魔物になって子どもを産むとか……。
すごく嬉しいんだけど、不安も大きい。考えれば考えるほど、パニックになりそうだ。
「でも一番不安なのは、きっとスズネだから……」
俺がしっかりしないとな!!
自分だって元は魔物として生まれたんだ。どんな子どもが産まれたって、どんと来いだ!!
「バウッ!! バウバウッ!」
「うおっ!?」
突然大きな声で吠えられて、ビックリした。声の方を向くと、茶色い子犬が激しく吠え続けている。
あれ……なんでこんなことろに……まだ巣穴を出て、そんなに時間経ってないのに……
「どうした? 何かあったのか?」
「バウッ!! ウッ! ウッ!」
いつも大人しい茶色い方の子が、こんなに激しく鳴くなんて。近づいていくと、力いっぱい俺の服の裾を引っ張った。
モフモフの体にはそこら中に、木の葉や小枝がくっついている。
「もしかして、スズネに何かあったのか?」
「バウッ!!」
俺の言葉を肯定するように一声上げると、身をひるがえして巣穴の方へ走っていった。
ものすごい速さだ……そんな緊急事態なのか!?
「スズネ……!?」
とにかく巣穴に戻らなければ!!
大きく飛び上がり、俺はスズネの元へと急いだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
■■■■
ヒロアキ
「スズネ全然起きない……」
スズネ
「…………」
ヒロアキ
「寝息も浅いし……せめて寝言でも言ってくれたら……」
スズネ
「…………」
ヒロアキ
「……俺が……弱気になってちゃ、ダメだな」
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