第二十九話 魔素だまりの妊娠
巣穴に戻ると、魔素だまりができていた。スズネがいつも、居心地が良いと言って寝ている場所に。
それにしても、いつもの魔素だまりと雰囲気が違うな。なんかこう……神々しい!
「まさか……ここに魔素だまりが出来るなんて……どうしよう……」
少し混乱気味に、スズネが抱きついてきた。そして俺と魔素だまりを、交互に見つめている。
きっと頭の中は、魔素交配のことでいっぱいなんだろうな。
「ねぇ、食料ってたくさん備蓄あったよね? 巣穴にできるなんて、ラッキーかも……ここ、あんまり魔物も入ってこないし……」
いつにない早口で、スズネがまくし立ててくる。
「落ち着いてよ、スズネ。この魔素だまり、いつもと雰囲気違うと思わないか?」
「あっ……うん。なんか、すごく明るい……かも」
落ち着いたというよりは、身を引いたスズネ。
まぁ、とりあえず状況確認が必要だよな。俺たちは、魔素だまりに近づいてみた。
《魔素だまり 白銀》
なんか……高そうな色の名前。でも魔素だまり……なんだよな。なら、入っても問題ないか……。
それはそうと――俺はスズネと真正面から向き合って、彼女の手を握る。最後に、ちゃんと確認しておかないと。
「ここで……本当に妊娠して、いいんだな? スズネ」
これから先は、本当に何が起きるかわからない。
スズネの体に、どんな影響が出るのか。産まれてくる子どもが、意思の通じない魔物だったら。
二人になってから何度も話し合って、産もうとは言っていたけれど……。
「もし嫌だったら、無理しなくていいんだよ。進化ポイントだけ獲得して、亜人になって二人で暮らしたっていいんだ」
俺の問いかけに、スズネは包み込むように手を握り返してきた。
「大丈夫。今度こそ……子どもが欲しいから、産むよ」
「そうか……ありがとう」
妻愛おしさに、思わず抱きついてしまう。
柔らかい髪から香る温もりを、なかなか手放すことが出来なかった。
「だけど理解ある夫風に選択肢を与えて、相手に決めさせるのはいただけないかな。ちゃんと、自分も覚悟を決めないと」
「……と、言いますと?」
「アレ言ってよ。アレ!」
「……」
アレか……もう何回も言ってるけど、恥ずかしいんだよな。
でもそう言われると、言わざるを得ないし……。
しかもスズネの、期待を込めた目で見られながら……くうぅっ!! 覚悟を決めろ俺!! 言うぞ!!
「お……俺たちの赤ちゃんを産んでくれ」
顔が真っ赤になっているのが、自分でもわかるぐらいだ。
なんとか言葉を絞り出した俺に、最高の妻の笑顔が応えてくれた。
「えへへ……いいよ!」
お互いにお互いの手を強く繋いで、そのまま俺たちは魔素だまりに飛び込む。
《個体名 スズネ と 魔素を共有しました》
天の声のアナウンスが始まる。いよいよなんだな……。
《個体名 スズネ と スキルポイント を 分配しますか?》
《個体名 スズネ と 進化ポイント を 分配しますか?》
《個体名 スズネ と 魔素交配しますか?》
「魔素交配します」
「魔素交配します」
迷いのない声が重なる。
回答を受けて、天の声が応えた。
《個体名 スズネ と 魔素交配 を 開始します》
《両個体 の 情報 を 抽出――完了》
《両個体 の 情報 を 合成――完了》
《魔素胎児 の 生成 を 開始します》
聞きなれない情報が、どんどん流れていく。そんなに早くできちゃうことなの!?
もっとこう、時間のかかるものだと思ってた。
魔素胎児か……実際に生体になるまでは、魔素がお腹に溜まっていくんだよな。
「うわ……」
「大丈夫か!? スズネ!?」
「うん。ちょっと変な感じがするだけ」
そう言いながら、スズネはお腹をさする。
ああ……もうお腹の中で、子どもが成長を始めているのか……。
実感は全然わかないけど、不思議な気持ちでいっぱいだよ。
「あとは、魔素の中で待つだけだね」
「え……これだけ……もう終わり?」
「妊娠するだけなら、こんなものじゃない? 大変なのはこれからよ」
《個体名 スズネ と スキルポイント を 分配しますか?》
《個体名 スズネ と 進化ポイント を 分配しますか?》
再び天の声さんがアナウンスを始めた。そういえば、ポイントの分配がまだだったな。
待たせちゃって、ごめんよ。
「ポイントは全部スズネが貰ってくれ。出産まで魔素だまりから出られないからな」
「わかった。ありがとう」
ポイントの分配が終わると、魔素の光が弱まる。とても柔らかい光が、スズネを包み込んだ。
あとは少しずつ、魔素がスズネの中に入っていくのを待つんだな。
とりあえず、今日はこれで終わりなのか……。
「その……大丈夫か? 何か、変わったことは……無いか?」
「あはは……そんなすぐに変化しないよ~」
心配して声をかけたら、軽く流されてしまった。
いやだって、ここまですごい葛藤だったじゃん? もっとこう、真面目にやらなきゃいけないことがたくさんあるのかなって……。
「カウントダウンが表示されてる……たぶん、出産予定時間だね」
「おお! 意外に便利だな。 何日くらいかかるんだ?」
「六十五日」
「六十五日……」
お……おう……。
六十五日間、一人で水や食料を調達しなきゃいけないのか……あと、巣穴の警備も……。
冷静に考えると、キッツイな……本番は、これからだ……がんばろう……!
妻とお腹の子を守るのが、俺の役目なんだから!
「あと、進化もできるみたい」
「お、すごいじゃないか!」
「ただ……」
お腹をさすりながら、スズネは不安そうな顔をしている。
何か、子どもに関わることなのだろうか?
「特殊進化で、亜人の進化じゃないの。すごく強そうだけど、またミューアの姿に戻っちゃう……」
そんな進化の仕方もあるんだな。準亜人というだけあって、まだ魔物への進化の余地が残っているんだ。
スズネは、進化してお腹の子が人型にならなかったらって心配しているのか。
「そうか。それなら、子どもを産んでからどうするか決めよう。急ぐ必要もないわけだし」
「わかった。そうする」
話しながら、スズネのあくびの回数が増えてきた。これはだいぶ、疲れてきているな。
一通り話も終わったと思うし、先に休んでもらおう。
「大丈夫か? 眠いんなら、寝てていいんだよ」
「うん……ごめん、先に寝ちゃうね……」
魔素だまりの中で丸くなり、スズネはあっという間に眠ってしまった。
妊娠の影響なのだろうか……。
これからは見張りの時間も増えるだろうし、俺も体力を温存しながら頑張らないとな。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
いよいよ妊娠の回まで書きましたね。
あと十一話・出産からその後のお話で、第一部終了です。
これからもお付き合いいただけると、幸いです。
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ヒロアキ
「具合は大丈夫? お腹は空いてない? 何か必要な物ある? 寒くない? 気になる事があったら何でも言ってね?」
スズネ
「眠い……」
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