第二十六話 悪意の気配
突然、母ミューアから巣穴を出ていくように告げられてしまった。一体何があったのだろうか……?
「ミュア。ミュア!」
「え……人間が来て……何か罠を仕掛けて……危険?」
⦅こんなところに?⦆
森に入ってから、人の姿なんて一度も見なかったのに。まさかこんな崖の上の、入り組んだ場所に来るなんて。
⦅こ、子ミュアたちは? 全然姿が見えないけど、大丈夫なのか?⦆
「そうね……ミュア? ミュアァー?」
「ミュウ。ミュミュア」
「……心配ないって」
母ミューアは、俺たちの前にちょこんと座る。今までこんな姿、見せたことない。俺も人型に戻って、スズネの横に立つ。
そして何か伝えるように、母ミューアは俺たちに向かって鳴いている。
「……少し早いけど、子どもたちは巣立ちさせたんだって。今まで世話になったって、お礼を言ってる」
⦅そんなこと……⦆
「ミュア〜、ミュア〜!」
一際大きな声で母ミューアは、俺に向かって何かを言った。
「……今度は私たちが、元気な子を産めるようにって。ウダウダしないで頑張れって言ってる」
⦅え……ははは……ミューアにもそう思われてるのか⦆
「あはは……ミュアミュア」
「ミュアッ!」
森の奥の方を向いて、母ミューアが何かを伝えてくる。
「……森の奥は人間もなかなか入らないし、魔素だまりも多い。移り住むなら、そこがいいだろうって」
⦅そうなのか。何から何まで、ありがとう⦆
「ミュッ!」
最後に一声あげて挨拶をすると、母ミューアは森の中へ消えていった。彼女もまた、新しい生活が始まるんだろう。
「なんだか、突然のお別れだったね」
⦅そうだな⦆
スズネが俺の手を握って、寄り添ってきた。夕暮れの風が、冷たく吹き付けてくる。
「今朝まで一緒の巣穴で寝てたのに……みんな巣立っちゃったんだ。実感湧かないよ」
⦅子どもが巣立つときって言うのは、意外とこんなものなのかもしれないな⦆
なんとも言えない喪失感に、喉の奥が震えた。ほんの僅かな同居だったけど、家族のような間柄になっていたのだな。
⦅俺たちも行こう。人間がこんな所まで来るなんて……嫌な予感がする。早く離れた方がいい⦆
「そうね……行きましょう」
俺は再びマントの姿に擬態し、スズネを包み込む。そして日が落ちて闇に向かう森に、溶け入った。
住み慣れた巣穴近くから離れ、森の深いエリアに進んでいく。進むほどに道は入り組み、木々は大きくなっていった。
⦅夜のうちに、なるべく遠くに移動しよう。巣穴に罠を仕掛けるような人間なんて……嫌な予感がする⦆
「そうね。本当、迷惑なヤツがいたもんだわ」
日が暮れてからは、俺のスキルも併用しながら進む。闇に潜り込むスキルは短距離ではあるが、崖や水辺も無視して越えられる。
お陰で深夜には、森の最深部と思われるエリアに到着した。
「ここまで来れば、流石に追いかけてこないかな」
⦅だといいけど⦆
「どこか、巣穴にできる場所あるといいけど……」
ひとまず、湧き水の流れる岩場で休憩する。出来ればこの近くに、住む場所を見つけたい。
⦅そこの岩崖の上はどうかな? ちょうど水場も近いし、いい所だと思うんだ⦆
「うん。ちょっと登ってみる」
高さ十メートルほどありそうな岩壁を、スズネはスイスイ登っていく。あっという間に、崖の上に着いてしまう。
登りきった先には、これまで見たことないほどの大樹がそびえていた。その根元は、洞窟のように窪んでいる。
⦅あの木の根元なんて、いいんじゃないか?⦆
「うん!」
実際に近寄って入ってみると、想像以上に広い空間だった。人型に戻っても、まるで圧迫感がない。家でも建てられるんじゃないかと思うくらい、広々としている。
それに、他の魔物や動物が暮らしている形跡も無い。これはなかなかの、良物件を見つけられたな。
⦅すごく良い場所だな⦆
「うん……」
⦅……スズネ? 何かあったのか?⦆
「うーん……」
木の根元の入口近くを、スズネがウロウロしている。そして特定の場所で、地面をつついたり飛び跳ねたりしている。
「なんか……このあたり……不思議な感じがする……」
⦅不思議な感じ? ……俺は何も感じないけど⦆
スズネの近くに寄っていくも、特に変わった感じはしない。外の風が、冷たく吹き込んでくるばかりだ。
⦅気になるなら、別の住処を探すか?⦆
「ううん。嫌な感じじゃないの。むしろ心地いいと言うか……」
そう言ってスズネは地面に座ると、徐々に丸まって横になってしまう。こんな出入口近くで、寝るつもりなのか?
⦅寝るならもっと奥にしよう。ここじゃ風が吹き込んで寒いだろう?⦆
「うー……でもここ、すごく……温かいよ……」
⦅そんなこと……って、もう寝ちゃったのかよ!?⦆
横になったかと思ったら、もう寝てしまった……。まぁ……こんな夜中まで森を駆け抜けて来たんだ、仕方ないか。
俺は毛布を取り出して、スズネに掛けてやる。木の根元の入口からは、優しい月明かりが差し込んでいた。
ここがこれから、俺たちの新しい住処になるんだな……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
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ヒロアキ
⦅うっ……うっ……⦆
スズネ
「大丈夫?」
ヒロアキ
⦅子ミュアたちが巣立った喪失感が……もし、自分の子どもが巣立ったらと思うと……うぅ……⦆
スズネ
「落ち着いて。まだ生まれてすらいないから!」
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