第二十五話 犬の番
朝目覚めると、全身が重い。ゆっくり体を起こすと、ぽかぽかの塊が脇に流れていく。
巣穴が子ミュア……いや、ミューアでギチギチになっている。俺たちの巣穴に寝泊まりしている子たちも、すっかり大人と変わらない大きさになったな。
「うう〜ヒロアキ起こして〜」
ミューアのモフモフに埋まって、スズネが動けなくなっている。なんとも不思議な光景だ。
⦅この子ら、寝てても適当に避けてくれるから動いて大丈夫だぞ?⦆
「でも、踏んずけちゃったら可哀想で……」
巣穴からスズネを引っ張り出して、外に出る。
薄暗い朝焼けの空を、飛竜が飛んでいく。
「こんな朝早く飛んでいくんだね」
⦅あの飛竜も、すっかり見慣れちゃったな⦆
最初はただ、恐ろしいと思うばかりだった。でも今は、変わらぬ姿に安堵のようなものを感じる。
「――さて、今日はどうしようか?」
⦅今日も食料と魔素だまり探しかな。この辺は、あまり魔素だまりがないみたいだけど⦆
俺はマントの姿に擬態して、スズネに被さる。スズネは勢いよく、森の中へ飛び込んで行った。
巣穴の近くの森は、平和そのもの。先日のザリガニ事件以来、これといって危険な魔物は出現していない。まだ余裕はあるものの、食料は減る一方なんだよな。
もう少し、行動範囲を広げた方が良いだろうか?
「あ、あそこ!」
⦅おっ! 光ってるな⦆
けもの道から少し外れた茂みの中から、うっすら光が漏れ出ている。あれは、魔素だまりっぽいな。
茂みをかき分けながら、俺たちは光に近づいていく。
「バウワウッ!バウワウッ!」
「キャッ!?」
⦅うわっ!?⦆
魔素だまりに近づくと、突然大きな鳴き声で威嚇される。そこには、二匹の犬型の魔物がいた。
かなり警戒していて、今にも襲いかかってきそうだ。
「あ……もしかして……」
妊娠しているのかもしれない、とスズネが呟く。
二匹の犬型の魔物は、ガリガリに痩せ細っていた。しかし魔素だまりに留まっている魔物は、すこしお腹が膨らんでいる。
「ウー……ウウー……」
「驚かせて、ごめんなさい。すぐ立ち去るわ」
低く唸り続ける魔物に、スズネは静かに答えた。そしてゆっくりと、後ずさっていく。
魔物たちから離れていくスズネを、一匹の魔物が距離を保ちながら付いてくる。完全にテリトリーから出るまで、見張っているのかもしれない。
「あんなに痩せ細って……食料もまともに、取れてないのね……」
⦅子どもが産まれるまで、あの二匹はもつのかな?⦆
「……難しいと思う」
犬型の魔物は、ミューアより少し大きいくらいだった。正直、この森の中では小型の魔物だ。
あんなに弱っている状態で、餌となる魔物や動物を捕まえるのは難しいだろう。子どもが産まれても、ちゃんと育てられるかどうか……。
「ねぇ、昔狩った鳥肉が残ってたよね?」
⦅あぁ、ちゃんと食べられる状態で残ってるぞ。でも警戒されてるのに、あげられるか?⦆
「ここに置いて行く分には、大丈夫でしょ」
俺は体内に保管していた、鳥の魔物の肉を取り出した。
スズネはそれを受け取ると、犬の魔物に見えるように一口かみ切った。よく噛んで飲み込むところまで見せると、残りの鳥肉を地面に置く。あの魔物の警戒を解くために、毒味をして見せたんだな。
それから更に後ずさり、犬型の魔物の気配を完全に感じないところまで離れた。
「はあぁ……緊張したぁ……」
⦅ああいう場面にも、遭遇するんだな。そりゃそうか……⦆
このあたりで魔素だまりが見つからないのは、他の魔物も使ってるからかもしれない。魔素だまりは、一度使うと消えてしまうし。
「でも、ちょっと安心したかな……」
⦅何が?⦆
「いや……なんて言うか……」
胸をなで下ろすように、スズネはゆっくりと答える。
「ああやって、魔物の夫婦で助け合ってる姿が見れて……前に魔獣の妊娠を見たときは、悲惨なことになってたから」
⦅ああ、そういうことか⦆
確かにアレは、すごい光景だったからな……。
でも自我を失った魔獣と、俺たちとは違う。あんなことは、起こらないはずだ。
⦅俺は何があっても、スズネを守るよ!⦆
「うん……ありがとう……」
⦅……スズネ?⦆
まだ何か心配事があるのか、歯切れの悪い返事だな。
それでも直接言ってこないってことは、まだ漠然とした不安なのかもしれない。うまく言えない何か、というやつ。
⦅だいぶ日が暮れちゃったな。今日はそろそろ帰ろうか?⦆
「うん、そうだね。あの犬の魔物……元気な赤ちゃんが産まれるといいね」
⦅あぁ、そうだな⦆
俺たちは他愛のない話をしながら、巣穴へと戻っていく。
巣穴の手前の崖の上に着くと、珍しく母ミューアが俺たちを出迎えてくれた。子ミュアたちは、誰かしらいることが多かったけど。
「ミュア。ミュアー」
「えっ……!?」
これまた珍しく、母ミューアが話しかけてくる。そしてその言葉に、スズネはかなり驚いた様子だ。
⦅何て言ってるんだ?⦆
「それが……」
とても困惑した顔で、スズネは答える。それは、とても重大な知らせだった。
「もうここに、戻ってきてはダメだって……」
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ヒロアキ
⦅人型になったのに、結局マントで移動なんだよな⦆
スズネ
「ミューアの身体能力が高いから仕方ないよ」
ヒロアキ
⦅近くなら……影で移動出来る範囲なら、俺のが早いのに!⦆
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