第二十二話 育みの森
「寝床になる洞窟とかあるかな?」
⦅まぁ、まず川を探そう。崖の上から、何本か流れてるの見えたし⦆
俺たちは生活の拠点となる場所を探して、育みの森を進んだ。
森の中は柔らかい光が差し込み、思っていたよりもかなり明るい。そこかしこに花が咲き、木の実がみのっている。
「あ、川発見!」
⦅おう! 結構、きれいに澄んだ水だな⦆
小さな崖の下を、小川が流れている。水底も見えるし、水量はそこまで多くなさそう。
とりあえず、飲水はこれで確保だな。あとは、川から適度な距離に住む場所を見つけたい。
「あっ! あそこ見て!」
⦅ん? あっ!⦆
スズネが指さした方を見ると、鴨のような鳥が小川を泳いでいる。それも、親子連れだ!
⦅かっ……かっ……可愛い!!!!⦆
「下流の方に泳いでいくね」
⦅せっかくだし、追いかけてみないか?⦆
「うん。いいよ」
親子の鳥に並走するように、俺たちは崖の上を進んでいく。あまり近寄ると、警戒されそうだしな。
雛鳥はおぼつかない泳ぎで、必死に親鳥のあとを追う。少しの段差や急流で水に飲み込まれそうな雛たちは、見ていてドキドキする。
⦅うん! いいぞ! 可愛い! ガンバレ! あっ……よし! 可愛い! あぶなっ……ふぅ⦆
「ヒロアキ、ああいう可愛いの好きだよね」
⦅うん、好き!⦆
鳥の親子を追って小川を下っていくと、やがて大きな湖にたどり着いた。鳥たちは流れの穏やかな岸の方へ泳いで行き、木陰に入って行く。
あそこが、子育ての場所なのかも。
「あの親子はこの湖を目指してたんだね。餌が豊富なのかな?」
⦅そうかもな⦆
「うーん……」
湖はとても広く、キラキラと太陽の光を照り返している。周囲の森の葉が水面を漂い、彩りを添えていた。
「ここって、水の中どうなってるのかな?」
⦅どうって?⦆
「ほら、魚とかいるのかな? って」
⦅あー。いるんじゃないか?⦆
魚かぁ……転生した時の洞窟は、魚の魔物がいたし。これだけ広ければ、そこそこの大きさの魚もいそうだよな。
そんなことを考えていると、スズネがもじもじとしている。何か言いたいことがあるんだな。
⦅どうしたんだ? スズネ⦆
「いや……例えば……その……釣り竿みたいな物に擬態して、中を見てみるとか……」
⦅みたいな物って何だよ!? 釣り竿になって湖に入れってか?⦆
「お願い! 濡れるの先っちょだけだから!」
⦅変な言い方しないで! はぁ……仕方ないなぁ⦆
まぁ、食料となる生き物がいるならそれに越したことはない。
俺は釣り竿に擬態した。イメージだけでも、意外となんとかなるものだな。
釣り竿は、リールも付いてる本格的なもの。水中の様子がわかるように、顔はルアー部分に配置。
⦅念話で様子を伝えるから、危なそうだったら引いてくれよ?⦆
「わかった! いくよー!」
スズネは勢い良く竿を上に振り、俺を水中に投げ飛ばす。思い切りが良すぎない!?
かなり遠くまで飛ばされ、ボチャリと音を立てて水中に落ちた。
⦅ひどい……⦆
「ごめんごめん」
岸でスズネが謝っているのが聞こえる。顔から離れているけど、竿の方の音も聞こえるのか。
まぁ、文句を言っても仕方ない。気を取り直して、探索を始めよう。
⦅水深はかなりありそうだ。あと、魚影も見えるぞ⦆
「本当!?」
嬉しそうに、スズネはクイクイッと竿を引く。そんな本格的に、釣りするみたいに引かなくてもいいんじゃないか?
ゆっくりと糸を引き寄せられていると、遠くに黒い影が見えてきた。
⦅なんか大きいのが寄ってきてるみたいだ。もう引き上げてくれ⦆
「大物!?」
俺の声掛けに、スズネは竿を大きく左右に振る。ちょっと待って。何でアピールしてるの?
その動きに反応して、黒い影はグングン近づいてくる。これは……シャレにならない大きさだぞ!?
⦅いいから引いてくれって!!⦆
なかなか引いてくれないので、俺は自分でリールを巻き始めた。この釣り竿は俺の体なんだ、好きにさせてもらう!
岸に戻る俺のスピードに合わせて、黒い影も加速してくる。やっぱり、捕まったら厄介そうな相手だな。さっさと岸に上がってしまおう。
そう思って全力でリールを巻いていると、ガクンっと動きが止まる。え……リールが抑えられてる!?
⦅ス……スズネ?⦆
「あなた、がんばって!!」
⦅がががががががががんばって!!???⦆
衝撃の言葉に気を取られていると、いつの間にか黒い影は大きな魚の姿になっていた。
なんだよこれ!? とてつもなく巨大で、こんなの魚じゃなくて――
⦅魔獣じゃないか――!!???⦆
心の叫びも虚しく、俺は瞬時に飲み込まれる。針になった部分が、魚の口の内側に食い込むのを感じた。
次の瞬間、思いっきり体が引かれた。陸と水中から強い力で引かれ、釣り糸のラインが張り詰める。
⦅き……切れる……!?⦆
「大丈夫! 任せて!!」
力任せに逃げようと暴れまわる魚に対して、スズネは緩急をつけながらリールを巻いていく。あれ……? 意外に釣りが上手かったんだな……。
暗闇の中を激しく引き回されること数分、俺はようやく岸に引き上げられた。
「長い戦いだった……!」
⦅まったくな!!⦆
俺と一緒に引き上げられた魚は、スズネよりもデカい。二メートルくらいあるんじゃないか?
こんな怪魚がいるなんて、なんて恐ろしい湖なんだ……。
「魔獣って叫んでたけど、イトウっぽいね」
⦅……それって、どんな魚なんだ?⦆
「サケやマスの仲間だよ」
⦅よし、食おう!!⦆
まぁ、過ぎたことをグダグダ言っても不毛だしな。美味しいものは、美味しくいただこう。
河原の石を適当に集めてきて、簡単なかまどを作る。スズネが切り分けてくれた魚を、枝に刺して焼いていく。
本当にサケみたいな魚だなぁ。見慣れたオレンジ色の身に、期待が高まる。
「ミュア~」
魚が焼けてきて、すごく良い匂いだ。ハラスの脂がパチパチと弾けあふれだし、トロトロと滴っていく。
ああ……ここに白米があったなら……!
「ミュゥ~ミュゥ~」
⦅かわいい声出して、そんなにお腹が空いてたのか? スズネ⦆
「何言ってるの?」
⦅え……えぇっ!?⦆
鳴き声とは反対側から、スズネが答える。じゃぁ、今俺の横で鳴いているのは……
「ミュア!」
隣を見ると、ミューアの子どもがちょこんと座っていた。
いつの間に……。
「可愛い~! 一緒に食べる? ミュアミュア?」
「ミュ―!!」
おお、スズネはミューアと会話ができるのか。子ミュアが、嬉しそうに鳴いている。
可愛いお客さんとのお食事だな。
「ミュア~! ミュアミュア~!!」
⦅えっ……ちょっと待て待て待て!!⦆
「ウソ……ええ!? 子ミュアがいっぱい出てくる――!!」
子ミュアが声をあげると、木陰から大量の子ミュアがわらわらと湧き出てくる。
うわーっ、何匹いるんだよー!! 動き回るから、数えきれない……とりあえず、十匹以上いるぞ……。
「これは魚、全部食べきっちゃいそうだね」
⦅ははは……まぁ、可愛いから良いかぁ⦆
高さの低い平らな石に、焼いた魚を並べてあげた。子ミュアたちは輪になって、勢いよく魚を食べている。
勢い余って、他の子に乗り上げて食べてる子が……ほら、こっちの石にも魚置いてあげるからね~。
子どもの食事って大変だなぁ。
「ミュア~」
食事を終えた子ミュアたちが、今度は俺とスズネにすり寄ってくる。次から次へと群がってきて、あっという間に子ミュアに埋もれてしまった。
うわ~可愛い~!! 幸せ~!! お~よしよし……。
「ミュ~ミュウゥ~」
「ミュア~ミュア~」
「あっあっ……そんなにいっぱい……ひぁ~……」
体中を子ミュアによじ登られ、顔中を舐められているスズネ。懐かれているんだろうけど、完全に襲われてるみたいだ。
スズネは子供や動物の扱いが苦手で、こわごわと手を出すから舐められるんだよな。
「ミュアァァァァァ!!」
平和な仲良しタイムに、突如ミューアの咆哮が響き渡る。
次の瞬間、俺の体は激しく吹き飛ばされた。
⦅え!? なになに!?⦆
何か重たい物に、地面に押し付けられている。
影を見上げると、ミューアが牙を見せながら唸り声をあげていた。
「ミュアッ! ミュアッ!!」
「え? あなた達の……お母さん?」
「ミュ―ミュー!」
遠くで、子ミュアとスズネの声が聞こえる。
ミューアの怒りは収まらず、二本の尻尾が刃物になって俺に襲い掛かった。
⦅ひぃぃぃ!! このミューア本気だー!! 助けてー!!⦆
「その人は私の……ミュアー! ミュアミュア、ミュミュウゥ―!!」
「ミュアンミュアン!!」
「ミュ―ミュー!」
体を伸縮させながら、必死にミューアの攻撃を避ける。その間、スズネと子ミュアたちが説得している声が聞こえた。
ミュアミュア言ってるだけで、何言ってるかわからないけど……。
「ミュ……ミュア?」
低い声でミューアがスズネたちの話に耳を傾ける。攻撃が止み、俺は解放された。
その後もしばらく、スズネと母ミューアは何かを話しているよう。結構、長話だな。
俺は子ミュアたちに囲まれて、その様子を見守った。
「ミュア。ミュア~」
母ミューアがこちらに声をかけると、子ミュアたちが一斉に母ミューアに駆け寄った。
そして森へ入っていく。チラチラとこちら見て、付いてこいと言ってるみたいだ。
「新しくこの森に来たって話したら、巣穴を紹介してくれるって」
⦅そうなのか……⦆
「子どもたちがスライムに襲われてると勘違いして、攻撃したみたい。私の夫だって説明したら、納得してくれたよ」
⦅なるほどな⦆
確かに、知らない別の魔物とベタベタしてたら怪しいよな。
むやみによその子を触っちゃいけないのは、人間も魔物も一緒か。
俺たちは、親子ミューアに案内されて森を進んでいく。しばらく歩くと、横穴の洞窟に辿り着いた。
「ミュア!」
こちらを見て一声上げると、母ミューアはピョンと飛んで洞窟の壁を登って行った。
上にも、別の横穴が開いているな。他の子ミュアたちも、母親を追って上の洞窟に入っていく。
「下の洞窟は無人だから、好きに使っていいよだって」
⦅そうか。ありがたいな⦆
ここが俺たちの新居か……まぁ、悪くないな。
⦅これから頑張ろうな! 魔素だまりを見つけて、進化して――⦆
「それに、赤ちゃんもね」
⦅お……おう!!⦆
俺たちは、どちらからともなく体を寄せ合う。
そういえば、安全な場所で二人きりになれるのは町以来だな。
⦅スズネ……⦆
「ヒロアキ……」
「ミュッ!」
俺たちの間で、可愛い声が上がる。声の方を見ると、先ほどの子ミュアの一匹がちょこんと座っていた。
どうやらこの巣穴は、お隣さんも出入り自由なようだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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スズネ
「物質への擬態って、前世の物にも擬態できるのかな?」
ヒロアキ
「そうだな……やってみるか。何かリクエストあるか?」
スズネ
「ベビーカーとか、どう?」
ヒロアキ
「ベビーカー……こんな感じでどうだ?」
スズネ
「見た目は良い感じかも。こう、座るところ揺らせたりする?」
ヒロアキ
「こうか?」
スズネ
「カンペキ!」
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