第二十話 宿で二人きり
買い物を終えて、宿へ向かう。宿は少し大きめな、古いお屋敷といった趣き。宿の女主人も優しそうな老婆で、プラムさんやスズネを孫娘のように迎えてくれた。
部屋に案内されて、俺はようやく擬態からスライムの姿に戻る。
⦅はーっ、ようやく自由に動けるぞー!⦆
「あはは」
「お疲れ様です」
部屋にはベッドが二つ。一つはプラムさん、もう一つが俺とスズネってところか。
床には大きなラグが一つ、毛布の入ったカゴが二つ。これはソル君たちの分だな。みんな一緒の部屋で、寝るんだ。
「さて、と。帰ってきて早々なんですが、私は少し出かけてきます。薬草を届ける仕事が、まだ終わっていないので」
「えぇっ! 先に言ってくれれば良かったのに」
⦅俺たちの用ばかり付き合わせちゃったな……ごめんよ⦆
町に戻ってきたら、用があるに決まってるのに……すっかり失念していた。これだから、プラムさんの世話にばかりなってしまうんだな……。
そんな俺たちに、プラムさんはいえいえと手をふる。
「届け先は宿の近くなので、気にしないでください。すぐに戻りますね」
プラムさんは必要な荷物だけまとめると、扉の方に向かった。その後ろをソル君たちも、全員ついて行く。みんな出てっちゃうのか……。
「そうだ! 念のため、私が戻るまで絶対に部屋から出ないで下さい。鍵も開けてはいけません。マドレイの件もあるので……」
本当に何をしでかすか、分からない人なので……と、心配そうにこちらを振り返る。プラムさんがここまで言うなんて……あいつ、本当にとんでもないやつなんだな。
⦅わかった、絶対に開けない⦆
「うん」
「よろしくお願いします。では、行ってきますね」
みんなが部屋から出ていき、カチャリと鍵が閉まる。
部屋には、俺とスズネが二人きり。
「二人っきりになるの……久々だね……」
⦅お……おう……⦆
スズネは俺を拾い上げ、ゆっくり抱きしめた。
⦅ス……スズネ……?⦆
「……ぉん……」
⦅ん? なんだ?⦆
震える声で、スズネは言葉を絞り出そうとしている。何か、重要なことだろうか?
その口元に注目すると、口角がニヤリと上がった。
「おふとんだぁぁぁ!!!!」
⦅ちょっ!? スズネさん!!?⦆
俺を抱く腕に力が入り、ガッチリとホールドされる。そしてそのまま一緒に、ベッドにダイブ。
「おふとん! ふわふわ! ふわふわミュ! ミュアッ! ミュアミュアアァァアァッ!」
⦅スズネ!? 興奮しすぎ! そんなに暴れちゃっ……ふわっふわだアァァ!!⦆
抱き枕のように抱きつかれ、俺は為す術もない。ただスズネと一緒に、ベッドの上を転がり続けた。
そんなに興奮しちゃって……本当に、仕方ないなぁ。
あぁぁ……楽しいでっす!!
「ミャッミャッミャッ……へへっ……あはははっ……はあ……」
⦅はぁ……はぁ……もう、落ち着いたか?⦆
「うん。……ふへへっ」
⦅まだ笑ってるじゃないか……ふぅ……あはは⦆
「ヒロアキだって……ふへ……」
二人でこうやって、じゃれあうのも久しぶりだな。やんだか、一気に緊張の糸が切れた感じがする。
「これから……どうしようか……」
⦅そうだな……⦆
おそらく、明日には町を出ることになる。それにいつまでも、プラムさんについて行くわけにもいかない。
あと、竜姫の家族のことも……。
「住む場所に……人探し……あと子ども……」
⦅そうだな……⦆
やることも決めることも、盛りだくさんだな。はたして、何から取り掛かればいいやら……。
「あての無い人探しより……先に子どもを産んだ方が、いいかな? ……また年齢を気にすることになるの、辛いし」
⦅そうか……⦆
ズキリと胸が痛む。
魔物に転生してすっかり忘れていたけど、この身体にも寿命はあるだろう。だとすれば、生殖可能期間も制限があるはずだ。
転生前と同じ後悔は、もうしたく……させたくない。
⦅どのみち、亜人にならないと旅をするのも大変そうだ。しばらくは町から離れて、魔素だまりを探すことになるな⦆
「うん……プラムさん、育みの森がいいんじゃないかって言ってたね」
町を越えた先に、比較的穏和な魔物たちが多く暮らす森があるらしい。それが、育みの森。
ここに来る道中、プラムさんが教えてくれたんだ。
⦅そこで俺たちの進化と……準亜人になったら妊娠も、か……⦆
「ねぇ、あなた……」
スズネの、俺を抱きしめる腕に力がこもる。そして不安そうな問いが、こぼれた。
「私たちの子ども、どんな子が生まれるのかな?」
⦅魔素で妊娠すると、母体と同系統の子どもが生まれるんだっけ? やっぱり猫耳の子が生まれるのかな⦆
これもプラムさんに教えてもらったこと。本当に、何でも答えてくれるんだよな。すごい子だよ。
「ちゃんと、お話し出来るようになるかな……? 亜人に、進化してくれるかな……? 魔獣にならないで、くれる……かな……」
⦅スズネ……?⦆
彼女の口からは、不安な問いがとめどなく溢れ出す。
「ごめん……急に不安になっちゃって……どんな子でも、大事なはずなのにね……」
生まれてみるまで、何が起きるかわからない。どんなに問いかけても、答えはきまっている。
どんなに理解していても、やはり受け入れるのは大変なことなのだろう。
ましてや、ここは病院もない異世界。そして俺たちは、魔物の体なのだ。
⦅その……不安な気持ち、気づかなくてごめん⦆
俺は触手を伸ばして、スズネの頭を撫でる。本当は抱きしめたいけど、ちょっと難しいんだよな……。
⦅もしスズネが嫌なら、子どもを諦めてもいい。でも、もし俺たちの子を産んでくれるなら……⦆
こんな姿だけど……ちゃんと言わないと。
何があってもスズネを守るって!
⦅何が起こるかわからない、その全てを受け入れる⦆
「ヒロアキ……」
⦅なんて言うのかな……格好つけてるみたいだけど……覚悟を、決めるよ⦆
うう……なんだか恥ずかしくて、念話だけど声が震えてそう……!
スズネは、じっと俺を見つめている。
何か、しゃべって……緊張しちゃうから!
「へへ……変なの……」
⦅なんだよ、泣きそうになってたくせに……⦆
しばらく間を空けて、スズネが口を開く。その顔は、安堵の笑顔をしていた。
「ありがとう……落ち着いた。私も一緒に、覚悟を決める」
⦅あ……あぁ……。ありがとな……⦆
「うん……」
今度こそ俺たちの子どもを産んで、家族をつくろう。
きっと、楽しい家族になるはずだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第一部は40話で構成しているので、ここが折り返しになります。
これからもどうぞよろしくお願いいたします!
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宿の主人
「今日連れてきた女の子、元気ねぇ。さっきまで、部屋で大騒ぎしてたわよ」
プラム
「す……すみません……」
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