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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
最終章【傲慢】悪魔ルシファー討伐編/マギア侵略編

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30  意地と矜持

 ティーナ・ルシッカは自身を囲んでいた防壁という名の檻が消失したことで、敵の魔法が効力を失ったのだと悟った。

 効果の持続時間に限界が来たのか、意図的に解除したのか。考察したいのはやまやまだったが、今はそれどころではなかった。

 沈みかけている艦隊へと飛び、浮遊魔法を用いて艦を引き上げている魔導士隊に加わる――それこそが、彼女にできる最善の選択であった。


「王様……!」


 風雨に煽られながらも味方のもとへと戻っていく彼女は、同時にアレクシル王が齎した敵艦隊の壊滅に畏怖する。

 あれはまさしく神業だった。

 たった一人の【神器使い】が、大艦隊一つを一瞬で片付けた。それは、あの魔導帝国の帝の伝説を再現したかのようであった。

 

「あれは、『魔導航空機』!? 速い……!」


 と、そこで、ティーナは眼下を猛スピードで通過した飛行物体に気がつく。

 知識のみで現物を見たことはなかったが、間違いないだろう。

 まるで何かに駆られているような必死さすら感じさせる敵の飛行に、ティーナは嫌な予感を覚え、自身も最大速度で敵機を追った。


 ――この胸のざわめきは何!? 何なの、あの機体……!

  

 雷神と海神の大魔法により、両軍の艦隊が機能不全に陥っている戦況。

 そんな混沌の戦場の中で無謀にも単騎で敵旗艦へと突っ込んでいくあの機体のパイロットは、死をも顧みない特攻兵だ。

 追い詰められた人間は強い。特に、守るべきもののために戦う者は。


「あの機体に乗ってる人にも、譲れない信念があるんだろうね。でも、それは私たちだって同じこと!」


 加速の勢いはそのままに、ティーナは手を前方へ突き出して魔力の蓄積チャージを開始する。

 その時間はおよそ2秒。瞬時に溜めの段階を終えた彼女は、目を眇めて目標へと照準を定め、砲撃を撃ち放った。


「【灼熱砲イグニス・ボンバーダ】!!」


 掌で膨れ上がる火球。ティーナの叫びに応じて高まった魔力は、刹那のうちに臨界点を迎え――極太の砲撃として敵へと一直線に驀進していく。

 だが、しかし。

 敵機の後方に展開された銀色の魔力フィールドによって爆炎の砲撃は受け止められ、完璧に遮断された。

 さらには防御壁が消えたと同時、何事もなかったかのように機体下部から『魔導砲』の砲門が顔を出し、光線の雨をスウェルダ旗艦へと浴びせていく。


「嘘でしょ……傷一つ、つけられないなんて……!?」


 魔導帝国の技術力を見せつけられたルシッカの娘は瞠目し、それから唇を噛んだ。

 悪魔マモンの時も、ドリス・ベンディクスの時も、ティーナは何も為せなかった。そして今回の戦争でも、力の差に屈しようとしている。

 結局自分は勝てないのか、そう諦めかけた、その時であった。


「総員、浮遊魔法を途切れさせるな! あの光線は私が防ぎきる!!」


 ヘルガ・ルシッカの叫びが、ティーナの耳朶を打った。

 暴風雨に髪やマントを乱し、汗を滝のように流しながら敵機を睨み据える魔女。

 エルフの誇る美しさをかなぐり捨てて泥臭く足掻く母親の姿に、ティーナは胸を揺さぶられた。


「……お母さん」


 自分だけが諦めるなど、その奮戦ぶりを目にしてできるわけがなかった。

 戦うのだ、最後まで。たとえ命を落としたとしても、その瞬間に悔いを残さないように。



「お兄様は私が救う! 邪魔なんて、させない!!」


 少女の叫びと共に乱射される『魔導砲』の光線は、ヘルガの防壁を徐々にだが着実に削っていた。

 突破は確実。焦ってはならない。焦燥は要らぬミスの母となるのだと弁えているエウカリスは、操縦桿を握りながら一度深呼吸する。


「……大丈夫です、魔力にはまだ余裕がある」


『エウカリス殿下、ミャーも助太刀するニャ! ミャーたちの艦隊が壊滅した今、攻める好機はもはやこれが最後ニャ。残る『航空機』をフル出動させて攻勢に出る――スキア兄も許可してくれたのニャ』


 呟いた直後、機体に内蔵された通信機から猫耳の少女の声が発された。

 味方が殆ど海の藻屑となっても震えすらしていないフォスの声に、エウカリスは力強く頷く。

 予定していたシナリオからは大分ズレてしまった。だが、それでも、彼女らが願いのために戦うことは変わらない。


「女神アルテミスよ――我が身に力を。我が身と、一つになれ」


 やるならば全力で、それがエウカリスという軍人の信条だった。

『魔導航空機』のハッチを開けた彼女は、【神化】の光を纏いながら空中に身を踊らせ――そして、その弓に矢をつがえた。

 銀色の長髪を靡かせる、白絹の袖なしの戦闘服を着た女戦士。

 狩猟を司る神に選ばれし彼女は、獰猛な光を瞳に宿し、防壁越しに敵魔導士隊の長を見据えた。


「穿て、月輪の射手――【狩猟神の疾矢(アルテミス・ヴェロス)】!」


 無垢なる少女の背後に浮かび上がった、満月の如し光の円環。

 その光輪は神の祝福だ。光の加護を得た彼女は悠然と弓を引き絞り、一切ブレのない緻密な動きで矢を撃ち放った。

 荒れ狂う風を無視して突き進む神威の矢は、ヘルガ・ルシッカの防壁に触れ――腐った果実を潰すかのようにその防御を粉砕する。


「そんな――」


 女の目が限界まで見開かれる。

 いくら彼女が疲弊していても、いくら敵が【神器使い】としての高い実力を有していたとしても、【言霊使い】ヘルガ・ルシッカの盾が一撃で貫かれることなど、ありえるわけがなかったはずだった。

 自分の胸へと肉薄せんとする矢を視認した一瞬、間に合わないと彼女は判断する。


(もはや、ここまでか……!)


 悔いがないと言えば偽りになるが、彼女には足掻けるだけの余力が既に残っていなかった。

 最後に脳裏に過ぎったのは、娘の笑顔。昔は内気な子だったのに、いつの日にか過剰なまでに明るく振る舞う性格に変わっていたティーナ。彼女が変わってしまったのは、悪魔払いに傾倒するあまりに構ってやれなかったヘルガのせいだ。

 もっと話せばよかった。共にいてやればよかった。母としての愛情を、注いであげればよかった。

 悔やんでも仕方がないのに、最後にヘルガはそう思わずにはいられなかった。


「お母さんッ――!!」


 と、その時ヘルガが聞いたのは、最愛の娘の叫びであった。

 防壁を穿って飛来した矢が女の胸を貫き、その心臓を射止めた瞬間、ヘルガは首を少し傾けてティーナの方を向き――


「すまない、ティーナ……助けて、やれなくて……」


 ヘルガの瞳に映った光景は、フォスの『魔導航空機』から伸びる鉄製のアームに掴まれたティーナの姿だった。

 非力な少女の身体は鷲掴みにされて動作が完全に封じられ、強烈な重力魔法で掛けられた負荷により脱出不可能まで追い込まれている。


「お母さん! お母さんっ! 嫌だよ、私まだお母さんとやりたいこと、いっぱいあったのに……! 行かないで、私を、一人にしないで……!」


 お母さん、お母さん、と喉が張り裂けんばかりに呼び続けるティーナに、応える声はなかった。

 手折られた花が、そこにあった。

 旗艦を護っていた防壁は、術者が斃れたことでその全てが失われた。

 

「そんな、ヘルガ様がうぐっ!?」「嘘でしょう、あの人が負けるわけな――」


 それから散ったのは、悲鳴と、魔女たちの命であった。

【神化】の少女の速度はすべからく彼女らを超越し、繰り出された短剣により敵の魂を刈り取った。

 そこに慈悲や躊躇いといったものは一切介在しておらず、あるのは兄を奪還したいという一途な願いのみであった。


『各機体のパイロットは順次、敵艦デッキへ降下! 殿下に続き、制圧するのニャ! 敵は元帥の水魔法で弱りきってるニャ、一気に片付け、カタロン殿下のもとへ行くのニャ!』


 母の死に喚き続けるティーナを無視して、フォスは『魔導航空機』の全乗員へと通信を繋げた。

 彼女の指示に異論を唱える者はなく、全員が障壁の失せた敵艦へと接近し、魔女たちの迎撃をいなしながら突入を開始していく。


「くっ、これでは艦を守りきれない……!」

「兵たちよ、不要だと判断されうるもの全てを海に捨てなさい! この艦だけは、沈めてはなりません!」


 フィルンの魔導士隊の魔力が迎撃に当てられる分、艦の沈没を阻む力は否応なしに減る。

 限界まで魔力を振り絞り、疲弊しきった魔女たちに対し、マギア側の魔導士たちは力の殆どを温存できていた。

 艦下部が浸水しているために乗員の多くが甲板上に出ている状況も、今のマギア兵たちにとっては苦にもならない。


「あの魔女どもは最早敵ではない! 残る海兵どもなど、評するに値すらしない!」


 降下しつつ杖から光線を撒き散らす、士官の男。敵兵を嘲笑う彼の声に呼応して、味方の雄叫びが連鎖していく。


「カタロン様のために!」「マギア帝国のために――!」


 魔法から身を守る術を持たない海兵たちは、魔導士たちの格好の餌であった。

舶刀(カットラス)は当然届かず、ボウガンの矢は防衛魔法によって一方的に拒絶される。

 ――それは、蹂躙だった。

 艦を沈めまいと浮遊魔法に尽力する魔女は、抵抗もできずに撃ち抜かれた。敵の侵攻を阻もうと攻撃に転じた魔女も、数機の『航空機』に囲まれて墜ちた。海兵たちの死体はデッキ上に幾つも折り重なり、魔女の支えを失ったことで旗艦の沈没は誰にも止められなくなった。


「アポロンの【神器】よ、我が呼び掛けに応えるのです!」


 鼻腔を突き抜ける血の香りに顔をしかめながら、エウカリスはアルテミスの【神器】の弓を握り、そして祈った。

【神器】には他の【神器】の魔力を感知し、居場所を探り当てる機能が備わっている。エウカリスの期待通り、アポロンの【神器】は確かに反応した。が、しかし――。


「……海中、なのですか」


 アルテミスの弓から一直線に伸びる光は、デッキの外の海面を示していた。

 

「で、殿下! どうなさいました!?」

「この艦はじきに沈みます、早急にカタロンお兄様を捜すのです! 彼の身柄は確かに拘束されていました、必ずここにいるはずです!」


【神器】を紛失したとしても、カタロンはまだ生きている。それは確実なのだ。――確実でなければ、ならないのだ。

 エウカリスは残存する敵兵の一人を光魔法で怯ませ、その隙に彼の懐に入り込み、首を締め上げる。腕の中で暴れる男の眼前に小刀を突きつけ、彼女は尋問した。


「カタロン皇子はどこに囚われているのです!? 吐きなさい――さもなくば、お前の眼を抉り取る」


 彼女の脅しにその男はあっさりと屈した。海に沈みゆく死に様が決まっているのに、その前にさらなる苦痛を被るのは御免だと考えたのだろう。

 聞き出した居所の階層と部屋番号を何度も胸の内で復唱しながら、エウカリスは兄の待つそこへと疾駆していく。

 艦が軋み、不協和音を響かせて崩壊へのカウントダウンを刻んでいる。

 それでも彼女は潮の匂いが濃く染み付いた廊下を駆け抜け、兄の名を叫んだ。


「お兄様! カタロンお兄様――っ!!」



「ここで救えなくて、何が『怪物の子』よ……何が、【究極式】三号機のパイロットよ!」 


 ヴァニタス・メメント=モリは、ミラの命令を無視して再び戦場へ舞い戻る。

 とんぼ返りに沈みゆく艦隊の上空から彼女は海上を俯瞰し、その視界の隅に水面から覗いた白い腕を捉えた。

 

「陛下ッ! 今助けます!!」


 灰色の髪を振り乱し、荒れ狂う風を突き破って海面へと急迫。

 不規則に激しく脈打つ荒波の間隙から踊った腕に、手を差し伸べ――彼女は掴み取った。

【超兵装機構】の腕部より伸びるワイヤーで自身とミラの身体を繋ぎ、すぐさま上昇して女王を海から引きずり出す。

 

「あ、あなたは……」

「ヴァニタス・メメント=モリ。この戦場において、我が忠誠は貴方の下にあります」


 か細く震えた声で訊ねてくるミラに、ヴァニタスは微笑みかけた。

 冷え切ったその細い身体を抱き留める『怪物の子』の少女は、ミラが生きていたことが心から嬉しくて堪らなかった。

 これまで面識も一切なく、この戦場で初めて主と仰いだ相手。にも拘らずこのような感情を抱かされたのは、ミラ・スウェルダの戦いを彼女がその目に焼き付けたからだ。

 味方の死に悲しみ、敵へと怒りを剥き出しにした彼女の、純粋な感情。王としてはいささか感情的に動き過ぎだと非難する者もいるだろうが、ヴァニタスにはその姿が美しく見えた。

 人が人らしくあるための「感情」が何よりも尊く、また人の心を動かすものであるのだと、『怪物』の血を宿す少女は誰よりも深く理解していた。


「陛下、第四艦隊が既に出撃しています。この戦場を治められなかったことは無念でありますが……ここは後退しましょう」



 ミラ・スウェルダがヴァニタスの手によって安全に第四艦隊へと合流できたのは、ひとえにタラサがマギア側の旗艦へと戻ったためであった。

 トーヤとエインを捕らえたタラサは、治癒魔法で少年たちを回復させた後、眠りの魔法を彼らにかけた。

 片腕に眠れる二人の少年を抱えたまま甲板に現れた海軍元帥を前に、カロスィナトスらは跪いて謝罪した。


「申し訳ありません、閣下。私どもが不甲斐ないばかりに、この旗艦以外の第一艦隊を全滅させてしまい――」

「謝罪は後でいくらでも聞いてやる。今やるべきは、この少年らを速やかに牢へ移送することだ」


 タラサは始めからカロスィナトスたちをあてにしていなかった。

 カタロンが敗戦前提で前線へ送り込まれた、とカロスィナトスは見抜いていたが、その思惑には彼女自身も含まれていたのだ。

 マギアの本命は遅れてやってくる第二以降の艦隊。第一艦隊は、捨て石に過ぎない。


「その少年たち、特に黒髪の東洋人の方は丁重に扱え。決して傷つけてはならん。良いな」


「は、はっ! 承りました」


 兵たちは敵の【神器使い】をそこまで丁寧に扱う訳が分からなかったが、頭を空にして命令に従った。

 元帥の発言は絶対だ。それは、この場において神の言葉にも等しい。

 兵たちの手によって静かに運ばれていく少年二人を見送りながら、プシュケは自分がどう動くべきか黙考していた。


(元帥殿の本命はあの子、トーヤだった? 他の【神器使い】を差し置いてあの子だけが特別視される理由は何? 元帥殿はあの子に何を見出しているの……?)


 元帥の本命がトーヤを手に入れることだとしたら、今後の侵攻は消極的なものになるかもしれない。

 第一次遠征をここで切り上げ、何年後かは予測がつかないが第二次遠征を見据える可能性だってある。

 トーヤ云々を抜きにしても、艦隊一つをたった一人で壊滅させてみせたアレクシル・フィンドラの存在を考慮すれば、真っ向から戦い続けるのは悪手であろう。

 一旦後退し、体勢を立て直す――そういう手も妥当に思える。


(だけど……この遠征にはカタロンちゃんの夢があった。彼に付き従うエウカリスちゃんやフォスちゃん、スキアちゃんの思いがあった。それをなかったことにしてしまうのは、少し心苦しいわね)


 沈鬱な表情になるプシュケはふと、タラサの視線が自分に向けられていることに気がついた。

 帝と瓜二つな青い目。プシュケが幼い頃から苦手としてきた、あの目と同じだ。

 デッキ上に集う兵たちのざわめきを片手で制し、それからプシュケは元帥へ訊ねた。


「げ、元帥閣下。何か私にご用で?」


「プシュケ、お前は我が軍において無二の価値を持つ人間だ。それは理解しているな」


「は、はい。私めの通信魔法は『魔導通信機』の速度を遥かに超え、その通信可能距離も国境を越えるほどで――」


「そんなことを聞きたかったのではない。お前には【転送魔法陣】があるだろう、なぜ後方へ下がらなかった?」


 タラサの声音にはざらついた失望が色濃く滲んでいた。

 生唾を飲んで取り繕う言葉を探ろうとしたプシュケだったが、この男を前に無駄な弁解など無意味だと悟り、正直に心の内を明かした。


「カタロン皇子らを放っておけなかったから、ですわ。私には、あの子が大事にしてきた艦隊を捨てて逃げることなんて、出来ませんでした。彼らの兄としての意地と矜持が、私の邪魔をしたのです」


「……そうか。意地と矜持……やはりお前は、兄さんの息子のようだな」


 異なるようで本質的には同じなのだ、とタラサは甥と兄を比較して思う。

 だからこそ、彼を喪失したくなかった。【神器】の能力抜きにしても、プシュケという男には指導者としての資格がある。


「……出過ぎた真似をしてしまったこと、深くお詫びいたしますわ。これより私は第二艦隊旗艦へと下がります」


 安全圏でのうのうと戦場を眺めていることはプシュケの信条に反していたが、元帥の意思にこれ以上背くことは彼の未来が断ち切られる結果を招く。

 深々と一礼して元帥の前から去るプシュケは、最後に沈みゆく敵艦に乗り込んだエウカリスと、そこに囚われているだろうカタロンに思いを馳せた。

 

(エウカリスちゃん……助けると決めたのなら、最後までそれを貫き通すのよ。必ず、カタロンちゃんを連れて戻りなさい)

  

 プシュケが転送魔法陣でこの艦を離れたのと同時――タラサが見上げた空から、雷神王の声が降り注いだ。


「マギア帝国海軍元帥、タラサ・マギア殿! 私はフィンドラ国王、アレクシルという者だ。ご覧の通り、スウェルダ海軍の大半は壊滅し、貴殿の一個艦隊も機能不全に陥っている。これ以上の惨劇は互いに望むところではないだろう? ここは休戦協定を結び、撤退してはくれないか」


 今も炎上し続ける艦隊を背後に、タラサはアレクシルの提案を黙して聞いていた。


「こちらが捕縛したカタロン皇子の身柄は、そちらの捕虜であるトーヤとエインの両名と交換してほしい。互いに損はないはずだ」


「――笑止。君もスウェルダの女王も、その愚かしさは同じようだな」


 タラサの声は、【拡声魔法】により迫りつつある敵の第四艦隊まで届いていた。

 冷徹な眼光でアレクシルを見据え、男は言葉を続ける。


「カタロンはマギアを内から蝕む異端者であった。国を敵国へ売り渡そうとしたアレクシル・フィンドラと同類の愚者なのだ。そいつを交渉のカードにしようとは、愚かしさもここに極まったな」


 王の権威を失墜させる方法は、至極単純――臣民や兵たちからの信頼をなくせば良い。

 タラサの発言が事実に基づいているか否かは些細な問題だ。疑念の種を植え付ける、それだけで十分。

 加えて今回の場合、アレクシルが売国奴である証拠はマギア側が文書として掴んでいる。

 これを開示すればフィンドラ王としてのアレクシルの威光は失せ、彼の軍の結束は解けるだろう。


「ありもしないことを、よくものうのうと言えたものだな。その面の皮の厚さ、見上げたものだ」


「……くだらん」


 アレクシルの台詞をそう一蹴し、タラサは【三叉槍トライデント】を高々と掲げる。

 それは次なる開戦の合図であった。

 降り注ぐ豪雨、轟く雷鳴。

 自身のみならず敵の能力までも最大限に引き出す気象条件の中、タラサは敵国の王との直接対決を望んだ。

 あの男に勝ちうるのは己か兄だけだと、タラサは味方の【神器使い】の能力を顧みて推測している。


「もとよりそのつもりで現れたのだろう? さあ、私と戦うのだ、アレクシル・フィンドラ! 【雷神王】と名高い君の力――見せて貰おうか!」


 アレクシルに拒否権などありはしなかった。

 雷槌ミョルニルを手にタラサを見下ろす彼は、寄越された白い手袋を地面に叩きつける。

 究極の武力を誇る雷神と海神の決闘が、ここに幕を開けた。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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