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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第10章 【強欲】悪魔マモン討伐編/【嫉妬】悪魔レヴィアタン討伐編

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1  少女は愛を知らない

 フィンドラに帰還してから、僕らはまず状況をアレクシル王に説明した。

 シル・ヴァルキュリアさんと会うために古の森へ向かったこと。そこで【暴食】の【悪器使い】エイン・リューズと戦闘し、勝利したこと。そして、シルさんからユグドラシルでの彼女の半生を聞かされたこと。

 この一日で起こったことを一つ残さず、ありのままを伝えた。

 なるべく彼には隠し事をしておきたくなかったし、していても見抜かれるだろうと思ったからだ。王として誰よりも多くの人間と関わってきた彼の「人を見る目」は、僕じゃあ騙せる気がしない。


「【怠惰】に引き続き、【暴食】までも君たちによって討伐されたか。この短期間で悪魔が二人も倒されたことも驚愕だが――まさか、今日まで我々が【神】と仰いできた者の正体が、人間だったとは。宗教者が聞けば卒倒ものだな」


 指先で顎を擦りながら、革張りのソファーに掛ける王様は言った。

 幸いなことに、言葉とは裏腹に彼に動揺した様子は一切見られなかった。全て察していた、とでも言うように。

 だが、落ち着いていられたのは彼だけであった。同席しているエンシオ王子の瞳は大きく揺らぎ、エミリア王女は声を上げて驚きを露にしている。


「…………」


 応接間に満ちる重苦しい空気に、僕はしばし無言を貫く。

 神様たちが自分たちと全く同じ魔導士であった――その事実は、彼らの信仰を根底から覆した。とりわけエミリアさんは、これまで信じてきた超常的存在と人間という姿を同一に考えられず、混乱しているようだった。


「ちょっ、ちょっと待ってください……それでは、神様は本当はいないってことなんですか!?」

「【神器】が実在して、神話も各地に残っていて、神話とルーツを同じくする宗教もあって。その始祖である【神】は人智を超えた存在だと、無条件に思っていたが……。実情は普通に罪を犯し、普通に人のために戦った魔導士だった、ってことか。

 ――ふん。あの神様、神殿では偉そうに説教垂れときながら、本当はただの優柔不断な優男だったってわけ」


 エミリアさんが取り乱す中、エンシオさんは彼女の肩に手を置き、強い口調で真実を改めて確認した。

 鼻を鳴らす彼の態度に僕やエルはきょとんとする。フレイ様、彼に何を言ったんだろう……?


「――何でもない。こいつもそのうち、嫌でも飲み込むだろうさ。俺たちに構わず話を先に進めてくれないか」

「は、はい。えっと――彼が、件のエイン・リューズなんですが……」


 僕に名を呼ばれ、ソファの後ろに立って待機していたエインが一歩前に出た。

 王様たち三人の視線が一斉に白髪の少年へ集まる。その険しい眼差しを受け、エインは顔を俯けて居心地悪そうに身じろぎした。


「顔を上げて、エイン。君はもう立派な僕の仲間なんだから」


 僕の言葉にエインはびくりと顔を上げた。

 固い表情の彼を隠しもしない疑いの目で睨み、エンシオさんが追及してくる。


「トーヤはこう言うが、本当に信じていいんだな? 君の【悪魔】への忠誠心は既にないのだと」


 双子の間に座るアレクシル王は、エインの瞳に射抜くような視線をぶつけていた。

 そんな王様に対し、エインは毅然とその目を正面から見返した。一度深呼吸した彼は、胸に手を当てながら確固とした口調で言う。


「ぼくの目標はシル様の心を救うこと、ただそれだけです。そのためにはトーヤ君たちと協力して、悪魔を討たなければならない。あの人の本来の望みが世界平和にあった以上、ぼくも同じ所を目指す。組織の人たちが呼び戻しに来ても、始末しに来ても、ぼくはどちらにも応じない。――トーヤ君や王様たちのような【神器使い】を補佐することが、これからのぼくの使命だから」


 この短い時間の中で、エインは自分のやるべきことを見いだしていたのだ。

 胸を張って掲げられる立派な使命。僕はそれを尊重したい。

 そして、そう思ったのは僕だけではなかったようだ。エミリアさんは兄と父の顔を順番に見やりながら、微笑んで頷く。


「フレイヤの【神器使い】である私の目から見ても、この子の発言に嘘はないと断言できます。魔族――いえ、白の魔女一族は高い魔力を誇る血統。その血を引く少年が味方に付くのなら、我々にとってもメリットの方が大きいでしょう」


 戦闘面での活躍が期待できるとのエミリアさんの台詞を受け、エンシオさんもアレクシル王もエインを信用すると決めたようだ。二人はエミリアさんを全面的に信頼している。

 立ち上がった王様はエインへ手を差しのべ、握手を求める。エインも少し緊張した面持ちながら、にこりと笑ってそれに応じた。

 彼らが握手する光景を傍目に、リオが背後で呟く。


「何だか、アレクシル陛下は王様というよりも政治家や社長のように見えるのぅ。その辺の親しみやすさも、きっと民からの支持に繋がっておるのじゃろうな」

「民の支持は指導者にとって何より必須なものだものね。王様の統治は磐石――だからこそ、あたしたちが彼の下に付くのは最善の選択……ってこと」


 小声で交わされたリオとユーミの会話を耳に入れ、アレクシル王は人の好い笑みを浮かべた。


「ふふっ、好きなように値踏みしたまえ。もっとも、私はボロを出す気など微塵もないが」


 完全無欠の不敵な王者。それがアレクシル・フィンドラなのだと、彼は誇示する。

 ユーミが敢えて彼に聞かせたのかどうかは分からないけど、そう言うことで王様は僕たちが彼を深く信頼しているのだと捉えるだろう。それならそれでいい。

 ユーミたちはともかく、僕はアレクシル王を信用していない。王として完璧に近すぎて、逆に信じられないのだ。

 この人が誤ったとき、止められる人は恐らくこの国には誰もいない。過ちに気づいたとしても、その無条件の信頼から誰もが口を閉ざしてしまうだろう。――この人は完璧で失敗など有り得ない、と皆が端から決めつけてしまっている。

 だから、一人くらいは疑って見られる人間が必要なんだ。そうでないといつか、この国が崩れたときに建て直せなくなってしまう。

 その役割をエミリアさんやエンシオさんが果たせるならベストなんだけど……と、僕は彼らへ一瞥を送った。エミリアさんは僕と目が合うと可憐に微笑し、エンシオさんは意図が掴めなかったのか小首を傾げる。


「じゃあこの辺りでお開きにしようか。君たちも今日一日、色々あって疲れただろう。エイン君、君にも部屋を用意するから、好きに使ってくれたまえ」


 壁掛け時計に目を向けると、時刻は20時を回っていた。

 精霊樹の森から転移した時は早朝だったが、神殿オーディンに入った時点で僕らは少しずれた時間軸に飛ばされていた。その時間のズレの帳尻合わせなのか、森から出た時点で時刻は16時過ぎになっていた。古の森に入ったのが朝方で、シルさんの話を六時間以上に渡って聞いたのを加算すれば、時間のズレは大体直ったことになる。



「エミリアさん! あの……少し、お話できませんか?」


 王様が先に退出し、その後に続こうとしていた王女様に僕は声を掛けた。

 即座にぎろりと睨みを効かせるエンシオさんに、すかさず僕も一手打つ。


「別にそういう意図はありません。これから【悪魔】と戦う上で、彼女に相談したいことがあるんです」

「……前もこそこそ会ってたみたいじゃないか。全ては悪魔を倒すため、か?」

「はい。だから、エンシオさんもそうかっかしないでください。綺麗なお顔が台無しですよ?」

「はいはい、じゃあ黙って見守ってますよ。それでいいんだろ?」

「ええ、ありがとうございます。あ、そうだ、エンシオさんも後でお話しましょう。この前の【神杖】、改めて見たくなっちゃって」


 そこまで聞くと、エンシオさんは足早にこの部屋から出ていった。

 僕たちの会話をそばで眺めていたエルは、体をこちらに寄せて耳打ちしてくる。


「何だか少し棘のある言い方したね。トーヤくん、あの王子様嫌いだったっけ?」

「いや、あんまりべったりするのも違うと思ってね。エンシオさんには良くも悪くも迷いがない。だから、距離を置きたくて。近づき過ぎると、彼の真っ直ぐな理想に染まってしまうかもしれないし」

「あら、じゃあ私はそうじゃないって言うんですか~?」


 いつもの柔らかな口調でエミリアさんが割って入る。

 常に柔和に振舞う彼女に、僕は苦笑してみせた。


「ええ。エミリアさん、あなたは人を信じない。神様だけを信じて戦ってきた。――違いますか?」

「面白いことを言うんですね。どうしてそう思うんですか?」


 緩やかな歩調で窓際まで移ったエミリアさんは、窓のサッシに肘を突きながら訊ねた。視線は窓の外の星空へと向けたまま、彼女はくすりと笑う。


「神様の真実を聞かされた時の動揺っぷりと、その後の滅びの顛末を聞いた時のあなたの目ですよ。滅びの物語を知ったあなたの瞳には、諦めがあった。僕らの時代よりも進んだ文明に生きた魔導士たちでさえ、このような過ちを犯してしまうのかと。そして、人なんてそんなものかっていう、悲嘆の感情も」

「大した洞察力ですね。私は君に内面をさらけ出した覚えなんて、一度もないのに」


 こちらへ首だけ振り返らせたエミリアさんは、目を少し見開いて賞賛してきた。

 僕は自嘲の吐息を漏らす。別に誇れることじゃない。僕にはただ、他人以上に人の暗い感情が見えてしまうだけなのだから。

 神器である『鷹の羽衣』を体にきつく巻きつけながら、彼女は僕の思考を読み取ったらしく呟いた。


「誇ってもいいと思いますよ。人の社会に生きるなら、それはとっても役に立つ特技です。そのことで自分の心が痛むとしても、それでいいじゃないですか。君は人の痛みを、身をもって知っている。そんな君だからこそ、やれることがあるんじゃないですか?」


 その特技のルーツは、過去の弱かった自分にある。あの時の僕は「彼」の心の闇に抗うことが出来なかった。思い返したくもない、心の傷――だけど他人の同じような闇を見ることで、やれることが、誰かを救うことが出来るのだと彼女は示唆している。


「それで、本題は何ですか? 不味いものを食べた時みたいな顔をしてるから、楽しい話じゃなさそうですけど」


 この話題を終わらせてくれたのはありがたかった。僕はソファを立って窓際の彼女まで近づくと、その隣で一緒に星空を見上げた。


「――アレクシル陛下が、もし間違いを犯したとして。あなたにはそれを止めてほしいんです。王様を盲信せずに、諫められるような人でいてほしい」


 僕がそう切り込むと、エミリアさんは口を小さく開けて驚いていたが……一拍の間を置いて、可笑しそうに声を漏らした。


「あはっ……同じことを考えていたんですね。うふふっ……トーヤ君、君と私は存外、似たもの同士なのかもしれませんね」

「えっ……そうだったんですか。本当に、なんというか、意外です」

「ふふ、こうやって素の自分を出せる相手も、君が初めてかもしれません」

「え、エンシオさんにも、素は見せられなかったんですか……?」


 エミリアさんは誰にでも優しく、常に朗らかで皆を癒してくれる天然なお姫様――というのが、彼女への第一印象だった。だけど、彼女と何度か交流するうちに、その仮面の奥にある「彼女」が見えてきた気がしていた。

 僕が穿った彼女の本来の顔は、未だ全貌がはっきりとしない。でも、輪郭くらいは捉えられるようになった。まだ、それでもいい……そんな風に僕は思った。


「実の兄とはいえ、王族同士ですから。それも同格の【神器使い】同士。いつ寝首を掻かれてもおかしくない相手に、安心して接するなんて出来ませんよ」

「でも、エンシオさんはエミリアさんのこと本気で想っているように見えます。実の兄妹なのに、疑えるものなんですか……?」

「兄妹の情を信じているんですね、君は。それこそ盲信ですよ。血の繋がりなんて、絶対の絆を保証するものでもありませんから」


 エミリアさんは乾いている。【愛の女神】を信じながら、彼女には心底からの愛はない。そこに親切な誰かが蜜を垂らしたとしても、蜜はたちまち蒸発してしまう。彼女が触れ、喉を潤す前に、跡形もなく消えていく。


「トーヤ君、こっちを向いてください」

「は、はい――っ、わっ!?」


 呼ばれて体をそちらへ向けた瞬間――エミリアさんは両腕を広げ、僕の体に抱きついてきた。

 いきなりのことに、僕はしどろもどろになるしかない。「え、あの、えっと」と意味のない声を発しながら、背後から強烈に注がれる女の子たちの視線に冷や汗まで流す。

 僕の胸板に顔をすり寄せたエミリアさんは、抑揚の少ない感情を押し殺した声で言った。


「ねぇ、トーヤ君。愛って何なんでしょう。人を信じることが愛だとしたら、誰も信じられない私にはそれを得る資格なんてないんでしょうか。君とエルさんのような関係性を自分に置き換えて考えようとしても……私にはどうしても出来ないんです」


 しなだれかかってくるエミリアさんの背中を、僕は恐る恐る抱き寄せる。

 すると彼女は「腫れものを扱うようなのはよして」と首を横に振った。

 互いの肌の温度を服越しに感じられるほど、今の僕らは密着している。彼女の甘い香水の匂いが直に鼻腔に抜けていくくらい近づいているのに――僕の鼓動は凍ったように穏やかだった。それはエミリアさんも同じだった。

 触れ合っているのに、抱きしめ合っているのに、ドキドキしない。エルとこうしている時は馬鹿みたいに体が熱くなるのに、それもない。


「……寒いです。本当に……何故でしょう」

「それは……」


 僕は何を答えることも出来なかった。そこに愛がないからだ、と口にするのは余りに残酷な気がした。

 エミリアさんは寂しそうな顔で僕を見上げ、手をこちらの頬まで伸ばしてそっと撫でた。


「ね……トーヤ君。私にキスして。頬に一度だけでいいですから……お願い」


 彼女の目は潤んでいた。誰かを愛したい、それでも愛せない。神だけを信じてきた少女は、ただ愛を渇望していた。

 ――ごめんね、エル。

 僕は彼女に内心で詫び、それから瞳を閉じてエミリアさんの頬に唇を触れさせた。

 冷え切ったきめ細やかな肌の感触。この人の温度は、おそらくずっとこうだったのだろう。

 救ってあげたい、切実にそう思った。だけど、それは僕がどう働きかけようが一朝一夕で片付く問題じゃない。キスをしても、セックスをしても、そんなものじゃ彼女の心の氷は溶かせない。僕からしてあげられるのは、人を信じるきっかけを与えることだけ。そしてそれは、長い長い時間をかけて寄り添っていかないと達成できない事だ。


「……ありがとう、トーヤ君。こうして話せて、少しは楽になりました。私には、愛とか恋とか、まだ分かりませんが……少しだけ、近づけた気がします」


 そう言って、エミリアさんは儚げに笑った。その笑顔はとても綺麗で……何というか、彼女が美形であること抜きに、素敵な表情だと思った。雪解けの季節に顔を出し始めた芽を見つけた時みたいな、温かい喜びがあった。


「エルさん……ごめんなさい、私のわがままにトーヤ君を付き合わせてしまって。話を聞いて分かったと思いますが、私はこういう人間なんです。きっと、がっかりさせたでしょう。……でも、いつか打算抜きで君たちと関われたら、と思っているのは本心です。君たちの関係性は、眩しくて、美しくて、とっても楽しそうで。いつかその輪の中に混ざり合えたらって、端から見ていて感じました」


 エミリアさんは僕から体を離し、ソファで僕らを待っていたエルへ頭を下げた。

 決して王族らしからぬ行為にシアンやジェードがあたふたする中、エルは穏やかに言う。


「顔を上げてください、エミリアさん。そりゃあいきなりトーヤくんにキスをせがんだのは驚きましたけど……それを責めたりはしません。私も、エミリアさんには愛を知ってほしいですしね」


 彼女の言葉に、それでもエミリアさんは申し訳なさそうに俯いていた。

 キスというのは恋人同士が愛を確かめ、共有するための行為。その愛を冒涜してしまったのでは――そのように彼女は思っているのではないか。

 そんなことはない、体の触れ合いから愛を知ろうとするのは間違った手段じゃない。僕がそう思ってエミリアさんに視線を向けると、彼女は困ったように微笑んでいた。


「陛下を盲信するな、その忠告は胸に刻んでおきましょう。――それでは、また」


 エミリアさんは今度は感謝の意を込めて僕らに深々と頭を下げ、部屋を出た。

 その背中を見送り、次に僕はエルたちの顔を見渡す。それから溜め息混じりの苦笑を浮かべ、言った。 


「今夜はもう、休もうか。美味しいご飯を食べて、シャワーを浴びて、ふかふかのベッドで寝る――今の僕たちに必要なのは、そんな理想の休息だよ」

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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