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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第9章 『ユグドラシル』編

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53  罪人

 二度目の爆発音が都市中に響き渡る。

 しかし、降り注ぐはずの光線と熱風が地上に届くことはなかった。

 少年と少女が見上げる先で、怪物の体躯が冷気に包まれて氷塊と化していく。落下していくそれを睨み据え、ハルマはエルに鋭く指示を飛ばした。


「あれを墜落させちゃいけない――受け止めるんだ! エルならやれる!」

「っ、ああ! わかった!」


 魔法で空中に留まった緑髪の少女が地上から背を向けた、その瞬間――瓦礫の隙間から、漆黒の弾丸が撃ち出された。

 杖をひと振りして純白の盾を出現させ、ハルマは奇襲から自分たちの身を守る。それから潜んでいた魔女へ向けて言葉を放った。


「予期せぬ事態に乗じてあんたが攻めてくることは、簡単に予測できた。もう隠れんぼはやめにしない、お姉さん? さっきの爆風で、瓦礫の中に潜伏していたあんたはそれなりのダメージを負っているはずだ。そっからは上空の様子はよく見えなかっただろうし、防衛魔法を使うのが一歩遅れてもおかしくはないからな。――事実、今あんたが撃った弾丸には、大した魔力が込められていなかった」


 少年からの降伏勧告にヘルは歯ぎしりする。

 ――視野の狭くなる瓦礫の隙間に身を隠したのは、失策だった。そもそも、正面から勝てる自信がなかったから自分はこんな戦法を採ってしまったのではないか。そうした時点で、気持ちではとっくに負けていたのだ。


「…………」


 ヘルは一切声を発さず、次の攻撃に備えて魔力を溜め始める。

 傷を負わされたとはいえ、完全に戦う力を失ったというわけではない。まだやれる――美醜の魔女はそう信じて疑わず、口許に笑みさえ浮かべてみせた。


「レヴィアタン、あなたの力を借りますよ」

『何を言ってるのかしら? ――力を貸すのは貴女のほうよ!』


 彼女の呼びかけを悪魔は突っぱねる。その返事の意味を瞬時に推し量れず、ヘルは言葉を失った。

 直後、脳天を殴られたかのような衝撃と、視界の暗転。

 意識を昏倒させるヘルに代わって彼女の肉体を支配していたのは、嫉妬の悪魔・レヴィアタンその人だった。


「手荒な真似はしたくなかったんだけど、しょうがないわよね。――さぁガキども、このあたしが相手してあげる!」


 声色の変わった女の声を耳にしたハルマが見たのは、眼下の瓦礫が夥しい量の水流に押し流されていく光景だった。

 渦巻く水が発生している源まで辿ると、そこには妖艶に微笑むヘルだった女性が佇んでいる。

 背後で大質量の物体が硬い盾に衝突する轟音が響くが、少年は振り返ることなく、地上から見上げてくる悪魔に視線を返した。


「あなたの彼女……エルちゃん、だったかしら? あんなに大きな怪物をたった一人で受け止めちゃうなんて、すっごく優秀なのね。天才魔導士どうし、お似合いのカップルじゃない。妬けちゃうわね、全く」

「お世辞はいいよ。あんたがレヴィアタンで間違いないんだな?」

「ええ。ハルマ君、これからあたしはあんたを手に入れるわ。だから――覚悟しておくことね!」


 悪魔は笑みを深め、掌を高く掲げる。

 足元から噴出した水流が彼女を高く押し上げ――次には、その姿を蒼い光に包ませた。

 眩しさに少年が目を眇める中、魔女は元の面影を全く残さない異形へと変貌する。


『アアアアアアアアアアアアッッ!!』


 産声を上げた怪物の姿は、ヨルムンガンドとよく似ていた。

 異なるのは、海そのものを体現したかのような蒼い体色。鮮やかに輝く鱗は艶めく流線型で、龍というよりは魚に近い。口からは炎を吐き、亀裂のような鼻からは煙を噴き上げている。

 海を統べる巨大な蛇――それこそが、彼女の本来の姿なのだ。


「それが本気の姿ってわけか。面白いじゃないか……!」


 少年は勝気に笑って言うが、内心では決して楽しんでなどいなかった。

 彼は見てしまった――先程ヨルムンガンドが魔力を暴発させた時、その口内に飛び込んだ魔導士の姿があったことを。そして、その魔導士が彼の肉親同様の青年であったことも。

 本当は地面に突っ伏して泣き喚きたい。だが、彼の理性がそれを許さない。

 目の前に敵がいるのなら戦う。倒すべき敵がいるのなら、背中を向けるなど言語道断。それが、ハルマという人格を絶対的に支配する理性の訴えだ。

 私情は捨てろ。負の感情など戦場には要らない。見るべきは――敵の全て。戦場を構成する地形や気象、周囲の魔力量など、戦闘に関わるあらゆる要素。これらを把握し切るには、不必要な想いは足を引っ張りすぎる。


「この怒りも、悲しみも……戦いの前ではごみ屑同然だ。正々堂々、勝負しようじゃないか、レヴィアタン! 俺はあんたを真正面から潰す覚悟ができている。あんたはどうだ――!?」


 少年は構えた杖に『力属性』の白い魔力を溜め始める。

 水属性の魔法の恐ろしさは、圧倒的な質量による「押し潰し」だ。避けられなければ水流に圧殺され、足を(すく)われれば窒息死する。

 だが彼の力魔法ならば、その水の流れを変えることも可能だ。こちらへ噴射された激流も、【転送魔法陣】を用いれば都市外の湖にでも転移させることができる。

 この戦い、分はこちらにある――眦を吊り上げ、ハルマは鋭く息を吸い込んだ。

 原初の神の写し身たる少年と【大罪の悪魔】、対極にある両者の争いが、ここに幕を開ける。



 ヨルムンガンドの遺骸は、少女エルの発動した広範囲に及ぶ【大盾の魔法】によって、地表に墜落する寸前のところで留まった。

 だが、その光景にただ安堵していられるほど神々は人の心を捨ててはいなかった。

 ヘイムダルやフレイ、テュール――世界蛇との戦いに臨んだ三人の【神】は、それぞれ沈鬱な面持ちで立ち尽くす。


「……………………」

 

 自分たちが生き残るために、一人の青年に犠牲を押し付けた。

 どう言い繕おうが、彼らのしたことに変わりはない。怪物を倒すのは他の何より優先すべき事項だったことは、間違いなかったが――それでも、志ある若者から未来を奪い去る結果をもたらしたのは、果たして正解だったのか。


「……否、なのだろうな。本来ならば、それは年長者の役割なのだから」


 掠れた声で呟くフレイ。そんな彼に、目元に涙を滲ませるテュールが頷く。


「俺が、行けばよかったんだ。そうすれば、パールは死なずに済んだのだから。でも、でもさぁ――俺が軍で育ててきたあいつらの顔を思い出すと、どうしても……!」

「確か、お前は行き場をなくした孤児を集め、学校に通わせる支援を行っていたのだったな。その中には魔導の才に恵まれず、軍人の道へと進んだ者も多くいた。お前は彼らを、父親のような気持ちで育ててきたのだろう。子を置いて死ねない――その気持ちは、決して責められるものではない」


 軍神は地面に膝をつき、拳を激しく何度も打ち付ける。握り締めた拳の皮がめくれ、血が滲むほどの力で、彼はその葛藤を発露した。

 大きく揺らぐテュールに歩み寄りながら、ヘイムダルは静かに彼をフォローする。誰かが毅然と立っていないと、この先には進めない――それが分かっていたからヘイムダルは己の感情を殺し、敢えて淡々と振舞っていた。


「世界に豊穣を取り戻せるのは、フレイを含む生命の魔法に長けた【神】のみだ。復興を一刻も早く終わらせるためにも、フレイを死なせる訳にはいかなかった。

 ――誰かが罪人だとしたら、それは私だ。パールが飛び立つ前、私だけが彼の言葉を耳にしていたのだから。彼の声を聞いていながら、私は止められなかった。責めるならば、自分でなく私を責めろ」

「いや……ヘイムダルはあのとき叫んでいただろ。『お前だけが犠牲になるなど許さんぞ』って……」

「叫んださ。叫んだ、が……彼の後を追って力ずくでも止める選択肢は取らなかった。我々が死ねば、その役割を担う者がいなくなる――私は彼の主張に甘え、遂に踏み出せなかった。あのとき、一歩でも前に出ていれば……結末は、変わっていたのかもしれないのに」


 が、彼の鉄の仮面もすぐに剥がれ落ちてしまう。

 顔を俯け、声を震わせる彼に、もはや誰も話しかけることはできなかった。

 青年を喪い、またノアはいつ復活するとも分からない。ロキは裏切り、他の多くの神は死に、トールやバルドルは戦場に降り立ったきり報せを寄越さない。そのような状況で、これから自分たちは何を為せるのだろう。

 まだ、目前の脅威は取り払えていない。ヴァナヘイムの狂戦士たちは今にも王都へ侵攻しようと「イザヴェル平原」に陣取り、フレイヤやミーミルの知略をもってアースガルズ軍を苦しめているのだ。


「……っ、誰だ――」


 瓦礫を踏む足音が後ろから近づいてきて、ヘイムダルは振り向く。

 が、そこにいた人物の顔を目にして、彼はそれ以上の言葉を発することが出来なくなった。

 金色の長髪に青い目の魔女――初対面の相手だが、この状況で現れるのなら彼女だろうとヘイムダルは察した。


「お前がシル・ヴァルキュリアか」

「あ、はい。えっと、あなたは――?」

「ヘイムダルだ。君は我々の救援に来てくれたのだな?」

「そうです。けれど、私が着く前にヨルムンガンドとの対決は終わってしまったようですね。あの光線が放たれた時はどうなるかと思いましたが――ともあれ、あの大蛇を倒せて良かったです」


 ヘイムダルの問いかけに、シルはハキハキとした口調で答える。

 彼女は知らないのだ。だが、無理もない。あの時、怪物の口からは火球の燃える光が常に漏れだしていた。眩しさのあまり、上空の光景は地上から肉眼で完璧に捉えるのは不可能だったのである。

 真実を知らせるべきか、咄嗟に彼らは迷った。

 だが、先送りにしたところでいずれは突き付けられる事実である。ここで隠匿する意味は一切ない。

 青年がシルと相思相愛の関係だったことは、ヘイムダルも理解している。その宣告がシルの心を引き裂く爪牙となることも、承知している。それでも――目を背けることは許されない。彼に犠牲を強いたのは、他でもない自分達なのだから。


「……パールという青年は、火球を撃ち出そうというヨルムンガンドへ果敢に立ち向かい、果てた。彼はヨルムンガンドの口腔へと身を擲ち、光魔法で怪物の脳を焼ききり、さらには氷魔法でその体躯を凍てつかせた。

 これは、彼の働きがなければなし得なかった勝利だ。彼は――パールは、このアスガルドを身を呈して守り抜いたのだ」


 青年への感謝と敬意を込めて、ヘイムダルはそう口にした。

 生き残ってしまった自分たちが彼のためにやれることは、彼をまことの英雄として称えること以外にないと思われた。


「…………嘘よ。有り得ない。……パールが、パールが死ぬわけない」


 シルの顔が蝋のように青ざめ、震える声が否定の言葉を紡いだ。

 彼女と常に共にあった青年の笑顔が、戦場での雄叫びが、抱き締めてくれた腕の感触が、シルの脳裏に浮かんでは消えていく。

 ――信じたくない。彼がいなくなるなんて、私を残して逝くなんて、絶対にあってはならないことであって――。

 しかし、シルにはヘイムダルが嘘を言っているとも思えなかった。彼の悲痛な面持ちを見て、そんな疑いを抱ける訳がなかった。

 パールがヨルムンガンドを討って死んだ。それは、紛れもない現実なのだろう。

 だが、だからこそ、シルは問い質したくて仕方なかった。


「なぜ……なぜ、彼は一人で行ってしまったんですか。他に方法はなかったんですか。誰も犠牲にならず、あの怪物を倒せる策は、本当になかったのですか……?」


 この人たちは【神】だ。女王から認められ、国民に崇められる偉大な魔導士なのだ。その【神】が三人もいて、何も為せなかったことなど有り得るものか。

【神】の実力を絶対だと信じる女は、彼らへ残酷なまでの理想を突き付ける。

 その問いに、フレイは力なく首を横に振った。


「なかったさ。我々が一切死ぬリスクを負わずに敵を倒す方策は。……シル君、分かってくれ。今後の世界のために、我々が命を落とすようなことはあってはならなかったんだよ。私が死ねば世界に豊穣は戻らない――つまり、争いの種はなくならない。それに、国政や軍部の安定のためにはヘイムダルやテュールの存在が不可欠だ。死のリスクがある以上、我々は行動を起こせなかったんだ。

 ――パール君に全てを任せたことは、痛ましく思っているよ。だが、どうか受け入れてほしい。今後の世界の安寧と、一人の青年の命……どちらを取るべきか、君ならば正しく理解できるはずだ」


 大勢を救うために一人を犠牲にする――誰もが呑むであろう理論でフレイはシルを納得させようとする。

 普段の彼女ならば、彼の台詞に頷けただろう。しかし今は事情が違った。犠牲になったのがパールであるなら、シルが平静でいられるなど有り得ない。


「ですが……ですが! 共に戦ったのならば分かるでしょう、パールはこれからの世界を引っ張るリーダーになりうる人物だと! 彼は私と志を同じくして戦ってきました。ユグドラシル・システムを巡る試練は、彼なくして達成できるものではありませんでした。

 彼はまだ、必要とされていた。彼にはまだ、進むべき未来があった。彼への愛を――私はまだ、十分に注げていなかった……」


 荒げた語気も、次第に弱まって嗚咽が混じる。

 この戦争が終わって世界に豊穣が戻れば、彼と共に平和に暮らせると信じていたのに――。

 奪われたのはパールの命だけではないのだ。シルの未来もまた、青年の死によってねじ曲げられた。彼女の希望が、生きる支えが、この世界から永遠の別れを告げてしまった。


「私はまだ……彼と、話したかった。抱き締めたかった。キスだってしたかった。普通の恋人同士の、幸せな時間をもっと過ごしたかった。彼との時間は、この先何十年も死ぬまで続くんだと、思ってた……。それなのに、どうして……どうして……」


 地面に崩折れて涙を流すシルに、神たちは一歩近づくことさえ出来なかった。

 世界や国のために一生懸命だった彼らは、一人の人間に対して真剣に恋をしたり、愛し合った経験が殆どなかった。

 だから、彼らはシルの悲しみの半分を実感をもって理解できないまま、パールを犠牲にした罪悪感のみに駆られていた。

 

 と、その時だった。

 全ての元凶である【トリックスター】が舞い戻ってきたのは。


「やぁやぁ皆、酷い面じゃないか! ヨルムンガンドを倒せたというのに、これはどういうわけなのかな?」


 一部始終を観測していたにも関わらず、ビルの影からひょっこり顔を出したロキはそのようにのたまった。

 道化じみた笑みが朱髪の神の顔に浮かび、細められた眼が三人の神を舐めるように眺め回す。

 嫌悪感も露にロキを睨むヘイムダルは、唸るようにどうにか声を絞り出した。


「……去れ、裏切り者。貴様に語ることなどない!」

「そりゃ残念だ。そっちから言う気がないなら私が直々に言ってあげよう」


 ロキはわざとらしく肩をすくめ、溜め息を吐く。

 軽い足取りでシルの前までやって来た彼は、腰を屈めて彼女の耳元に口を寄せた。

 ヘイムダルやフレイが止めようと駆け出した時にはもう遅い。彼は、無情な真実をシルへと宣告する。


「パールという哀れな青年は、あの神たちの保身のため犠牲になったんだ。だってさ、考えてごらんよ。フレイはともかく、ヘイムダルやテュールの代わりなんていくらでもいるんだから。この二人は唯一無二の存在じゃない。やろうと思えば、パールの代わりに飛び出していけた。

 ――つまりね、シル・ヴァルキュリア。今後の世界がどうとか言いながら、結局彼らは命を捨てるのが惜しかっただけなのさ。未来ある若者を生け贄に差し出し、危機から逃れようとした罪深い老害――君たち若い英雄を裏切った、ただの愚か者ってわけだよ」


 ロキは善人面をした神々の仮面を剥がす。

 自分たちが生き残りたいというエゴで、パールは犠牲にされた――ロキのその言葉を、傍から聞いていた神々は明確に否定することができなかった。

 

「シル君……その男の発言を鵜呑みにするな。こいつはこの都市を混乱に陥らせた張本人。何を企んでいるかわかったものではない」


 話術に長けるロキを警戒するよう、ヘイムダルが促す。だが、その言葉はシルに届いてはいなかった。

 

「パール……パール。嫌よ……行かないで……」


 項垂れた彼女の喉が、飢えを訴えて震える。

 宣告を受けた瞬間から、シルはどうしようもなく寒気に襲われていた。自分を温めてくれていた、血を通わせてくれていた青年はもういない。心臓を抉り取られたかのような、半身を失った痛みが彼女を苛んで離さない。

 

「シル・ヴァルキュリア。君にはこいつらを憎み、恨み、怒る権利がある。彼らは守るべき命を見殺しにしたのだからね。パール君が無茶をしようというなら、止めるのが彼らの責務なはずだった。その責務を果たさなかったのだから、彼らは罪人といって然るべき存在なんだよ」


 歌うようにロキは言った。自分の罪は棚に上げて、彼はシルへ暗い感情を吹き込もうとする。


「違う! 私は罪人などではない……仕方のないことだったのだ! 勇気ある彼の背中を見て、それを止めるのは彼の矜持を傷つける行為なのではないか、そう思って……」

「実に都合のいい解釈だね。……死人に口なし。パール君の意思は、生き残った者によって簡単に捻じ曲げられてしまう」


 ほの暗い瞳に踊った炎が、ヘイムダルを捉えた。それを直視して彼は悟る。

 この問答は自分たちが圧倒的に不利なのだと。全てはシル・ヴァルキュリアがどう思うかで決まるが――この場の主導権をロキに完全に掌握されてしまった以上、ひっくり返すのは不可能と思われた。


「……あんたの言うとおり、俺たちは罪人だよ。でもな……それを言うならあんただってそうだろ。もとはと言えば、あんたが怪物を召喚しなければパールも街の住民も死ぬことはなかったんだからな。あんたも俺らと一緒に地獄行きだ、ロキさんよ」


 テュールの激しい敵意に睨まれても、朱髪の神は動じることはなかった。

 腕を組んで頷く彼は、散々喋って渇き始めた声で答える。


「あぁ、そうだね。元よりそのつもりで行動していた。

 ――私の怪物たちは、君らに破れてしまったが……やったことに意味はあった。私が撒いた種は近いうちに芽吹き、花開く。己の怒りや憎しみを喰らい、または超克した人間は強いのさ。きっと、良い道を開いてくれるだろう」


 絶望を乗り越えてこそ人は強くなる。その絶望が大きければ大きいほど、より強靭に。

 ロキは新たなる英雄をシル・ヴァルキュリア一人に定めていた。パールでもハルマでも、エルでもノアでもない。高い実力は前提ながら、彼女の性質は英雄に何より相応しかったのだ。国や世界のために正義を尽くすことを至上の喜びとするような人間――そういった者たちが連なって国を率いていけば、より高い次元にある国家が誕生する。


「……ひとまず、さよならだ。良い夢を、シル」


 瓦礫の山を踏み上り、その頂点に立ったロキはシルを見下ろして微笑した。

 彼女はしばらく、黒い感情の海に揺られているだろう。そこから再起するのがいつになるかは断言できないが――そう遠くない未来だと、ロキは信じている。

 三人の神に見上げられた先、彼は緩慢な動作で手を上げ――


「……か、はっ……!」


 それを振る前に、目をあらん限りに開いて口から乾いた呼気を漏らす。

 何が起こったのかを理解する間もなく、ロキは撃たれた胸から血を噴き出しながら仰向けに倒れていった。


「おい、ロキッ!」


 彼と旧知の仲だったフレイが、突然のことに悲鳴にも似た声を上げる。

 瓦礫の山から転落し、舞台から退場したロキに代わってそこに現れたのは、漆黒のフーデッドローブを纏った小柄な姿。


「あいつは、確か……!?」

「女王代理の付き人か。あの者がやったのか……?」


 黒い影は無言で彼らを睥睨していた。フードの下から覗くイヴ女王のそれと酷似した緑の瞳が、彼らを射抜いて一切の動作を止める。

 どくん、と心臓が震えた。全身に怖気が走り、咄嗟に言葉も出せなくなる。放たれる圧倒的な魔力、漆黒のオーラに、原初的な恐怖が彼らを縛り付けていた。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
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