17 正義
神オーディン。アスガルド神話の最高神であり、この【神殿】の主。
そんな神様が、僕の頭の中に問いかけてきていた。
『罪深き少年よ。お前の正義とは何だ?』
僕の正義。それは……。
「真実を、守り抜くことです」
僕はさっき見せられた自分の過去を顧みて、答える。
『違うな。それは、お前の正義では無い。お前の父親の正義だろう』
神様は僕の答えを否定した。
今まで僕は父さんの正義を貫いてきた。でもそれは『父さん』の正義であって、僕自身の思いとは違う。
じゃあ、僕の正義とは一体なんだろう?
『私は、自分の正義を持ち、それを貫き通せる人間に力を渡す』
父さんは、正義を持っていた。
アスガルド神話を広めようという強い思い。僕たちを何としても守ろうとした決意。
母さんは、祖国から追放され、慣れない国で僕たちを育て、必死に守ってきた。
ルリアは、『この世界の皆が笑って暮らせるといいね』と、父さんがいなくなる前に口にしていた。
では、僕はどうなのか。
『正義とは、言い換えれば自分の信念だ。少年、お前には信念はないのか?』
神様が言う。僕は、気付いた。
誰もが、自覚はしていないかもしれないが正義を持っているのだ。
信じるものや、守りたいもの、愛するもの。それらのために、自分が何をするか。
それが、正義なのかもしれない。
「僕は……」
【神器】を手に入れて何をするか。
僕は英雄に憧れた。人々のために戦う英雄に。
そして苦しんだ。肌の色や種族の違いで差別され、虐めも受けた。そんな風に悲しむ人たちを助けたいし、この世界からそんな悲しい思いをする人たちが一人もいなくなればいいと願った。
「僕は【英雄】になって、この世界の困ってたり、悲しんでいる人たちを救いたい! それが、僕の『正義』だ!」
僕は心から叫んだ。
これが僕の、誰にも譲れない思い。絶対に貫き通したい『正義』だ。
『フフッ……面白いな。まさかここまで真っ白な正義を持つ人間が本当にいたとはな。エルの目も曇ってはいなかったということか』
神様は小さく笑い、感心したように言った。
僕は微笑んだ。体が引っ張られるような感覚と共に景色が変わり始める。
黒い渦が消え、眩い光が差し込んできた。
僕は天にも届くほど天井の高い、光に包まれた美しい部屋にいた。
部屋の中央には大木がそびえ立っており、それが天井を支える柱代わりとなっている。
大木の根本には大きな剣が突き刺さっていて、それは遠目でもわかるくらいに黒い輝きを放っていた。
「あれが、【神器】……」
僕は、思わず呟いていた。
「トーヤくん!」
エルが僕の横に現れ、ぎゅっと抱きついてくる。
突然のことにびっくりしながらも僕の顔は笑っていた。
「エル、大丈夫だった!?」
「当然さ! なんか私まで黒歴史見せられたけど……まぁ平気だよ」
エルは僕に抱きついたまま、大樹に刺さる大剣を見、ぱあっと表情を更に明るくさせた。
「トーヤくん、遂に来たね! あれが、オーディン様の【神器】だ!」
エルは凄く嬉しそうに飛び跳ねる。
体は僕とくっついたままなので、結構迷惑である。
「エル、そろそろ離れてよ」
「えー、もうちょっと、ダメ?」
「早くあの【神器】を取りたいんだ」
エルが渋々僕から離れ、僕らは【神器】の元へ駆け出した。
これで、僕は【英雄】の器に近付ける!
僕の正義を貫くために、あの【神器】を手に入れるんだ!
しかし、意気揚々と走る僕たちの前に大剣を携えた青年が一人。
その剣を構え、こちらを見据えていた。
「マ、マティアス……!?」
マティアスの目が赤く光る。彼はニヤリと不気味な笑みを浮かべていた。
なんだか様子が変だ。僕は咄嗟に【ジャックナイフ】を構える。
エルは天井を見上げると、こう口走った。
「まさか、オーディン様?」




