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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第6章  神殿ロキ攻略編

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30  蝿の王

「さあ、おいで――ベルゼブブ」


 エインがその名を呼んだ瞬間、僕の視界を赤い光が覆い尽くした。

 血の色の閃光が放たれ、目を開けていられなくなる。


「うおああああッ……!!」


 エインの叫び声が聞こえてくる。

 耳が張り裂けんばかりのその叫びが止み、僕が瞼を上げた時には彼の姿は『悪魔』と同化していた。

 驚愕に目を見開く。


「……!」


「……どうだい? 僕の新たな姿は」

 

 触角にも似た前髪は本物の触角の如く蠢き、背からは昆虫のもののような二対の翅が生えている。

 二つの赤い目は不気味な複眼となり、僕のことを鋭く捉えていた。

 

「……虫」


 そう、まるで虫のようだ。恐らくこの形体が『悪魔ベルゼブブ』の本来の姿なのだろう。

 これまでに感じたことのない戦慄が、静かに僕を襲っていた。

 エインの表情からは一切の感情が消え、無機質なものとなっている。それが酷く不気味で、恐ろしかったのだ。


「【暴食】を司る悪魔、ベルゼブブ。またの名を、『蝿の王』」


 抑揚の少ない声音で囁くのはシルだ。

 僕はその言葉にごくりと生唾を呑むことしか出来ない。


「……っ」


 とにかく、彼は異質だった。

 これまで戦った悪魔、アスモデウスやサタンは激しい感情のうねりをそのままに僕にぶつけてきた。

 その感情に、僕も同様に強い気持ちをもって挑んでいた。

 だが、この相手……悪魔ベルゼブブの力を得たエインは異なる。

 無感情になった眼を一度瞬かせ、彼は静かに動き出した。


「――――!」


 変化していたのは、彼の身体だけではなかった。

 銀の細剣(レイピア)は二振りの短剣(バトル・ナイフ)へと形状を変え、これまでとは比べ物にならない程の速度で迫ってくる。

 コンマ一秒の攻撃。僕は何とか目でエインの動きを捉えたが、身体が彼の速さに反応しきれなかった。


「いっ……!?」


 僕が防ぐことに成功したのは二撃目の刃のみだった。

 連続して放たれた剣のうち最初のものを弾ききることが出来ず、僕は右肩を血化粧で塗り上げてしまう。

 鋭く走る痛み。歯を食い縛り、それを無理矢理に振り払う。

 

「トーヤ!」


 シアンが悲鳴に似た叫びを上げた。脚の魔具に炎を灯し、こちらに駆け寄ろうとしてくる。

 僕は彼女の方に視線を向け、手を出すな、と目で訴えた。

 足を止めるシアンは俯くと首を横に振って無言の抗議をする。


 と、僕の耳に届いてくる嫌な振動音。

 キーン、と甲高い音を立て、急迫してくるのは――


「っつ……!?」


 咄嗟に身体を翻し、二刀まとめて叩き付けられる刃を剣で受ける。

 ものすごい力だ。不壊の『テュールの剣』でなければ防ぐことが叶わないほどの膂力(りょりょく)

 衝撃で後方へ吹き飛ばされる僕に、エインは間髪入れず次の攻撃を入れるため――勢いを殺さずに、そのまま前進する。


「なっ!?」


 神器で受け、彼の勢いは殺しきったはずだ。それに、あれだけ激しい攻撃の直後、これほどまで速く動けるなんて。

 普通なら不可能だ。あんなに大振りな動きをすれば、反動は必ず発生するものだと思ったのに……!


 ――あぁ、翅、か。


 彼にあの勢いと速度を与えているのは、その背に生える翅だ。

 半透明に輝くそれは高速で振動し、持ち主に莫大な推進力をもたらす。

 仰向けに倒れる体勢となってしまっている僕には、彼の剣を回避する術は一つしかなかった。

 咄嗟に『テュールの剣』を振るも、撃ち出した斬撃の衝撃波は簡単に見切られ、横手にかわされてしまう。


 僕の身体が床面に着いた。

 彼に隙が出来ている今しか体勢を直す機会はないが、エインの速度は並みのものではなかった。

 翅を瞬かせ、直角に進路を変える。

 対の刃が冷たく光った。


 ――間に合わない。


 身体を起こして剣を構えるまでに二秒。

 それだけの時間があれば、彼には僕の首を跳ねることなど造作もない。

 終わりだ。彼に僅かに劣った自分の力を、僕は心の底から恥じた。


「まだ、終わりなんかじゃないですよ! 私達は――」


 その時。

 アリスが放った叫び声に、僕ははっと目を見開いた。

 直後、激しい熱が僕の足元を走り抜ける。


「うあっ!?」


 エインの悲鳴に、僕は飛び起きて彼の方を見た。

 僕から飛び退いて距離を置き、剣の一つを取り落とす彼は右腕を押さえ、苦しげにうめいている。

 僕の命を救い、彼に傷を与えたのは、アリスが射出した『ジャックナイフ』の炎だった。

 炎は僕の足元ぎりぎりで高く燃え上がり、紅い熱の壁を作っている。


 エインはこれに正面から突っ込み、条件反射でこれを回避しようとしたのだ。

 普通だったら避けようとすることもかなわずに炎の壁にぶち当たってしまうが、彼の異常なほどの反応速度が幸いし僕に刃は及ばなかった。


「た、助かった……」


 僕は立ち上がると、神器『テュールの剣』に再度魔力を込めた。

 炎の壁の向こうで火傷に苦しむエインを見据え、剣の柄を強く握る。

 対するエインは僕のことなど目に入っておらず、別の方向を睨んでいた。


「……邪魔を、するな」


 喉の奥から絞り出したかのような低い声。

 野獣の唸り声にも似たその声音は自らを傷付けた相手、アリスに対してのものだった。

 炎の魔剣を使用した小人の少女に、エインは左手に持った剣の切っ先を向ける。


「あ……」


 口を小さく開け、怯えたように縮こまるアリス。

 彼女の身が危ない。今度は僕が救わなきゃ――。

 僕は剣を振り、斬撃を炎の障壁越しにいるエインに当てようとしたが、


「トーヤ君、全然なってない。それでも狙ってるつもりなの?」


 抑揚のない口調でエインは言ってくる。

 彼は僕の技を剣で軽く押しとどめ、跳ね返した。

 放った者の元に再び戻る斬閃。僕はそれを何とか見切って打ち殺す。


「エイン……」


「僕達の戦いに余計な邪魔はさせたくない。悪いけど彼女達には……死んでもらわないとね」


 この瞬間、悪魔と融合してから初めてエインが笑みを見せた。

 彼は背中の翅を震わせ、ふわりと高く浮き上がると両手をがしっと組み合わせる。

 そして組んだ手を離すと彼の周囲に無数の影が姿を形作り、空中で輪になって僕とアリス達を包囲した。


「な、何……!?」


 リオが驚愕に掠れた声を上げる。

 僕だって同じだった。目を見張り、出現した影たちの造形を見て驚く。

 

 その影たちは、エインと全く相違のない見た目をしていた。

 白い髪に、赤い複眼。頭から伸びる触角、背の二対の翅。彼の特徴全てを兼ね備えたそいつらは、数えるのも嫌になるほど多く現れていた。

 

 ……分身。

 奴らが彼と同じ能力、同じ速さを持っていたとしたら――。


「行って」


 甲高い翅の音を立て、無数の分身群は腰の短剣を抜いた。

 エインの呟きと共に奴らはアリス達に襲来する。

 僕は彼女達を守るべく、自らの身の危険も顧みずアリス達の前に飛び出した。


「させない!」


 分身が振り下ろす剣を打ち払い、その勢いのままもう一体の腕も切断する。

 腕の切断面から白い光粒が飛び散り、切り飛ばされた部分は空中で消滅していった。

 

 ――本体(エイン)より力は劣るのか。

 こいつらは倒せる、けど……。


 幾本もの銀の刃が一斉に突き出される。

 単体なら簡単に往なせる攻撃。だが、この数では全てを防ぐことは不可能に近い。

 

「くそっ……!」


「いや、トーヤ。私達を軽く見てもらっては困る」


 僕の背で激しい爆裂音がし、次いでリオのよく通る声が響いた。

 力ずくで相手の攻めを支え、押し返した僕はちらと後ろを見やる。

 見るとリオやアリス、シアン達が迫り来る分身達を迎撃し、なんとか倒しているところだった。


「トーヤ殿、私達だって強くなっています! こんな敵、どうってことありません!」


 炎のナイフを巧みに繰るアリスが、僕に向けて言ってくれる。

 ……彼女達だって強くなってるんだ。それなのに、僕は自分だけで「守らなきゃ」なんて考えて……。

 僕は『テュールの剣』で次々と頭上のエインの分身達を撃ち落とし、目線を敵に合わせたままアリスに言う。


「そいつらの相手、頼んでいいかな」


「……はい、任されました!」


 アリスもシアン達も頷く。強くなった彼女達が力を合わせれば、この大群にも勝てるかもしれない。

 いや、勝ってもらわないといけない。ここで敗北し、何も出来ずに死ぬことなんて絶対嫌だ。


「そう、それでいいよ。君の相手をするのは僕だ」


 無機質な表情だったエインが僅かな笑みを浮かべた。

 分身の群れをかいくぐり、僕は彼に突進する。

 背中に必死で戦うアリス達を残しつつ、二刀の刃を携えるエインと剣を交えた。

 

「……っ」


 右、左、右、今度は意表を突く下から――。

 高速で繰り出される剣技に僕は全神経を張り詰めさせ、脚が悲鳴を上げることにも構わずエインの速さに順応した。

 浅く呼吸しながら黄金の片手剣を振り、放たれる攻撃全てを防いでいく。


 二刀の剣と一本の剣。

 手数では負けているはずの僕が相手と互角に戦えているのは、その背中に守るものの大きさが違うからだろう。

 僕は、アリス達を……彼女達みんなを、守らなければならない。

 彼女達だって強い、でも一番力を持つ者が守らなくてどうするっていうんだ。


「らあああッ!!」


 雄叫びを上げる。

 剣をぶつけ合うごとに目まぐるしく位置を変え、僕達はぐるぐると踊るように剣戟を展開していた。

 背の翅を振るわせて加速に加速を重ねるエイン、それに応じて僕自身もどんどん速さが高まっていく。


 鼓動が激しく打ち鳴らされる。これ以上の加速は危険だと分かっている。

 それでも、僕は止まらない。止まれない。

 今までに感じたことのないような高揚感に喜びを覚える。

 今なら、どこへでも行ける。そんな気がして、僕は先へ進もうという足を止めるのをやめた。


「……なんてことだ」


 静かに驚きを表すシルの声も、もう遠くの世界だ。

 いや、違う。分身体も入り混じった混沌とした戦闘の中でも声は聞こえた。

 五感が、研ぎ澄まされている。高速戦闘に適応した視覚、聴覚が、人間のものを超えた。

 その時、僕は自分が本当の意味での『神化』を半ば果たしつつあることに気がついた。


「…………」


 気づいた時には、身体が自然と楽になっていった。

 僕の全身は黄金の光を帯び、これまでのものを超越した速度で動いている。

 最大限に強化された筋力。自分の身体がどうなっているのかじっくり見る余裕はないが、『神化』時の相応の姿へ変化を遂げているのだろう。

 その証に、僕と相対するエインの瞳も大きく見張られている。


「ようやく真の力を見せてくれたね。さあ、ここからだ」


 複眼の瞳から驚きの色を消し、エインは試すような口調で言ってきた。

 赤い血の光を纏う剣の勢いをさらに強め、彼は呪文の詠唱を開始する。




「【我は悪魔の(しもべ)。屍より出でし王に告ぐ】」




 戦いながらの詠唱。『高位魔法』とあって通常の魔法よりも難しいそれを、エインは難なくこなしてみせた。


「ぜあッ!」


 僕の剣をエインが対の短剣を交差させて防ぐ。

 黄金の光を解き放つ剣に対し、赤の光粒を発散させる短剣は軋み始めた。

 エインの表情が苦しげに歪むが、彼は詠唱を途切れさせることはない。


「【広がるは荒野。燃え上がるは炎。汚れたこの世に死の裁きを】」


 彼の剣に膨大な魔力(マナ)蓄積(チャージ)されていく。

 赤い閃光が明滅し思わず目を細めたが、僕は剣に込めた力を緩めることはなかった。

 力と力、魔力と魔力が激突し、周囲の大理石の床を円を描いて抉っていく。

 放出される莫大な力にエインの分身達が消し飛び、オリビエさんの防衛魔法(ディフューズ)でもアリス達を守ることはぎりぎりの状況の中。


 エインが一息に詠唱を完成させる。




「【喰らい尽くせ、この世の全て――死喰暴牙(グラ・デンス)】!!」




 高く舞い上がったエインの四つの翅が大きく広がり、それぞれから赤い光が生み出され収束する。

 球状に凝縮された光は一度小さい点のようになったものの――刹那、それは一気に膨れ上がり、爆発した。


 赤い満月から降り注ぐ死の光。

 この開けた空間で回避する術のない、最凶最悪の必殺技。

 

 この光を浴びてしまったら、僕達は死ぬ――?


 爆発の瞬間、頭に過った思考を僕は受け入れられなかった。

 う、嘘だろう……?

 僕はまだ、こんなところで倒れるわけにはいかないんだ……!


 エインが笑う。僕は声にならない叫びを上げる。


 そして――突如目の前に巨大な『影』が姿を現し、赤い光から僕達を遮った。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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