招待
離れは改装され快適になった。
鉄格子は外され、私の部屋からと客間、キッチンから庭に出られるようなっている。
鉄格子は2日で外され、そのほかも驚くほどの短時間で行われた。
一瞬手抜き工事?と疑ってしまった程だ。
庭に通じる窓は開けてある。そこから風が入ってきて、今は涼しいから少し肌寒くなって来る季節へ変わる頃だ。
侍女さん(いつも1人は付いている)が心配そうな様子で声をかけてきた。
「姫様。窓は閉めましょうか?お寒くはありませんか?」
「そうね。空気も入れ替わったみたいだから、お願いするわ」
侍女さんが窓を閉めるのを眺めていると、庭には騎士さんたちが居た。
寒くないのかしら?仕事とは言え心配になってくる。
『ありがとう』を言いたいけど、筆頭侍女さんに叱られるかな?そう思うと声はかけられなかった。
今は筆頭侍女さんに便箋をお願いしたのでもうすぐ戻って来る頃だろう。
「この便箋でよろしいかと」
筆頭侍女さんが便箋を持ってきてくれる。
陛下へお礼の手紙を書きたいと、話をして便箋を選んで持って来るように、お願いしたのだ。
薄い緑の暖かさを感じさせる便箋だ。色も薄いため字も読みやすいだろう。
便箋を前にして、私は機嫌の悪い子犬のような感じで唸っていた。
なんて書こうか。あまり手紙を書いた経験が無いから(メールなら簡単なのに)書き出しに悩んでしまう。
出だしはやはり、定番の季節の挨拶から?それから改築のお礼と、今までのプレゼントのお礼かな?
慣れないなりに書いていく。
やっとの思いで最後の招待の部分まで書いた。
内容的に問題ないと思う。筆頭(長いから短くした)さんに添削をお願いする。いつもなら料理を、と眉を潜めるだろうが、招待の相手は陛下だ。注意はされないと思う。
そして問題の毒味は(この招待メンバーだと毒味が必要と注意された)隊長さんが毒味することを引き受けてくれたのでクリアになった。そのおかげで温かい料理が出せて、陛下の説得役も引き受けてくれるので、一石二鳥だ。ついでに隊長さんは、好きなご飯が食べられるという役得がある。ある意味 win-winの関係だ。
隊長さんにいつも『狡い』という商人も、今回ばかりは何も言わなかった。
いや、一度口にしかけたが、それを言うと陛下と同席することになるので、それは出来ないと思い直したのか何も言わなかった(身分的に同席は無いはずだが用心をしたようだ)。
「問題ないかと思います。慣れないと仰っていましたが、良く書けていらっしゃると思います」
筆頭さんから褒められた。
「問題なければこのまま陛下に届けて欲しいわ」
「畏まりました。お日にちについては、明記が有りませんでしたが、陛下のご都合を確認してから、ということで宜しいのですね?」
「もちろんよ。私より陛下や宰相の方が忙しいのよ。忙しい方に合わせるのが当然だと思うわ」
「畏まりました。では、お日にちも聞いて来るようにお願いしましょうか?」
「返事は急がないわ。外国の使者が来たりもするでしょうし、急ぎの案件が急に出来たりすることもあるでしょうから、離れに来れる2日前ぐらいに教えてもらえたら充分よ。その旨も合わせて伝えてもらえるかしら?」
「姫様。来訪の知らせが、そのような急な事で宜しいのですか?」
「構わないわ。私の方が都合がつきやすいのよ?私が合わせるのがマナーというものよ。それともあなたは陛下が合わせろと言うつもりなの?」
「そんな事は」
「だったら問題ないでしょう?そうお伝えしてもらって」
「畏まりました」
筆頭さんは何か言いたい様子だ。
マナーが悪いと言いたいのだろう。
一般的に陛下をお迎えするなら、2週間前には日程を決めて相応しい準備をするはずだ。
それを今回は2日前で良い、と言うのはかなりのイレギュラーだろう。
筆頭さんのマナー学でいけば、有り得ない話と思っているはずだ。
ただ、今回に限っては有りだと思っている。
離れは改築したばかりで綺麗だし、今回のメインの目的は、キッチンへ招いて食事を振る舞うことだ。本来ならキッチンに迎えることは無いだろうが、陛下に貰ったキッチンを見せるのが目的だから有りだろう。そう思うと掃除も行き届いているし、料理をするのは私だし、食材もキープしているし、問題は無いはずだ。
そうなると1番は『陛下と宰相の時間の融通』と、『心置きなく来てもらえる環境を作る』こと、が大事だと思っている。
ここは筆頭さんと大事にしている部分(筆頭さんはマナーの基本が大事)の違いだろう。
私の大事にしている部分のことだけは、伝えておこう。
今後、この問題は出てくる筈だ。一々、問題にして揉めたくはない。
いや、揉めはしないが、不愉快な顔をされるのも気分はよろしくない。
第一面倒だ。
「ねえ、筆頭(さんを付けて前に叱られた事がある)。あなたの言うことは、正しい事が多いと思うの。特にこの国のマナーの事では、あなたが正しいはずだわ。でもね。マナーはとても大事だけど、相手を思って融通することは悪いことではないと、私は思っているわ。これからも今日みたいに意見が合わない事があるのでしょうね。その事をあなたが不愉快と思うなら。私のことをマナーの理解できない子供、と思うなら。部署を変えていただけるように、私から陛下にお願いするわ。これは合う、合わないの問題であって、あなたの能力の問題ではない、と思っているの。そこを理解した上で、何か思うことがあったら、いつでも言ってね。あなたは優秀だから、どこでも大丈夫だと思う」
私の言葉を聞き終わった筆頭さんから硬い声が聞こえてきた。心なしか表情も硬い気がする。
「姫様。それはわたくしに問題があるということでしょうか?」
「違うわ。私があなたの主人として相応しくない、という話よ。それに今すぐどうか、という話でもないわ。私に仕える事を選んで良い、という話よ」
筆頭さんは黙り込む。じっと私を見ながら考え込んでいるようだ。
何を思うのか。
さすがに考えていることまではわからない。
「姫様。今回、わたくしは陛下からの要請で、姫様付きとなりました。その事をわたくしは、嬉しく思っております。引き受けた仕事を易々と辞めたりはしませんわ」
筆頭さんが何を思って、この言葉を口にしたのかは、わからないけど、陛下への忠誠は本物だと思う。
私の事を面倒と思っているのは間違いないのに、この役目を続ける気なのだから。
この話はここまでのようだ。深く追及することは止めておこう。
「わかったわ。この話はここまでにしましょう。あなたは選択権が自分にある、という事を覚えていてくれたら良いわ。そのお礼状を陛下に届けてもらって」
「畏まりました」
やっと陛下に招待状を出せることになった。





