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いよいよ出陣だ。でも、その前に

 今の私は、朝から入浴タイムを強いられている。

 正直に言うと、ささっと終わって欲しいと思っている。

 この発言で誤解されたくないが、私はお風呂は大好きである。朝風呂は乙なものだと思っているし温泉も大好きだ。熱いお湯での長湯はできないが、温めのお湯で入る長湯は大好きだ。なんならお風呂で読書を楽しみたいぐらい大好きである。

 そんな考えを持っているのに、現在の入浴タイムについて渋っているのには当然の如く理由がある。

 現在進行系で進められている入浴は、今夜行われる晩餐会のための下準備だからだ。何が悲しくてこんな朝早くから支度をしないといけないのか。開催の少し前に着替えればいいんじゃないか、と思ってしまうのは庶民の悲しい性だ。仕度が大変だ、なんて特別な日だけでいいじゃないかと思ってしまう。晩餐会は特別だと思うが、主役は私ではなく両親だ。いや、今回の話を考えると私も主役の一人だろうか? なら、今の苦行は必要なことだろうか?

 なんて事を考えられるぐらい、私自身はされるがままで指示に従うだけである。

 

 「姫様。そろそろ」

 筆頭の言葉に頷き湯船から立ち上がる。今度はこのままマッサージに移行するそうだ。そんなこんなの仕度は続いていくのだが。ふと思う。これっていつまで続くんだろう? 

 筆頭には聞けないが食事もままらないのでは? と心配になってしまうほどの時間がかかっている。それと並行して頭の中は暇になっていた。私はされるがままで何もすることがないから仕方がない。自分で身体を洗うこともしない。重ねて口にはできないが、暇だ。暇だから頭の中で考えてしまう。ただし、それを口にしないだけの分別は有る。

 侍女さんたちは頑張っているのに、お腹がすいただの、暇だの、なんて口にする勇気はない。そんな暇つぶしをしている間にも準備は粛々と進んでいく。

 ちなみに、心配していたお昼は軽く口にすることができた。やはり空腹では耐えられない、私の食い意地の悪さは周知の事実だったのだろう。

 そして理解不可能な仕度が終わり、やっとドレスを着る段階になった。

 長かった。


 今夜のドレスは華やかなフローラルドレス。グリーンを基調としている。グリーンと言っても薄く若芽色なので若々しい感じだ。私が子供ということもあってこの色を選んだのだろう。他にも白やクリーム色も使われている。特徴としては所々に大きな花があしらわれていて上品な感じだ。肩は出ているけどデコルテ部分は同色のレースで覆われている。ウエスト部分はギャザーで寄っていて帯の様に見える形だ。そのおかげでウエストが引き締められてスカートがふんわりと広がる仕上がり、そしてスカートが広がっているところに同色の布が斜めに重なって流れるような優雅さがある。

 アクセサリーは控えめだ。ドレスに花があしらわれて特徴的なのでゴテゴテしないようにアクセサリーは控えめなのだろう。


 私は鏡で出来上がった自分を見る。この仕上がり、私には贅沢というか、ドレスが華やかすぎて気をくれしてしまう。いや、逆にドレスに目が行って私が目立たないかも。そんな結論を出しながら侍女さんたちにお礼を言う。

 「ありがとう。とても綺麗だわ」

 自分の事と思っていなかったのでこのセリフが出たが、客観的に聞くと自意識過剰なセリフではなかろうか。そう思ったが侍女さんたちが嬉しそうだったので良しとする。筆頭も満足そうだ。


 そして普段なら隊長さんが迎えに来るのだが、今日のお迎えは父が来る事になっていた。それはそうだろう。立場上、隊長さんも招待枠だ。そして思いつく。私は今日、どんな顔で隊長さんに会えばいいのだろうか? 隊長さんは自分の母君の言動を知っているのだろうか? それによって対応が変わってくると思う。

 母君も息子に決定していない婚約話をするのだろうか? 隊長さん本人に「お母さんが言いだした事、知ってる?」なんて聞きにくい。かと言って私は何も知りません、なんて顔もできない。

 私は考えている内容が表情に出てしまうので誤魔化せないのだ。そうなると、なんとなく顔を合わせづらい。悪いこともしていないし疚しい事は何もないけど、なぜなのだろうか? 言うなれば照れくさい、というのが一番近いだろう。困った。

 なにせ私は元が庶民の上に、子供の頃に留学という名の人質生活を送っている、この世界の政略結婚の流儀なんて何も知らない。はっきり言ってその辺の不文律アンド常識については無知だ。こんな時の振る舞いは解していない。教えてもらうにも誰に聞けばいいのやら。

 普通のお貴族様はこんな時はどうするのだろうか? そういえば私の姉は婚約の打診が多くあったと聞く.、申し込みした人たちはパーティーでかち合うこともあっただろう。想像だけど。そんな時はどうしていたのだろうか? こんな時は誰に相談すればいいのだろうか? 筆頭に聞いてみようか? それとも父に聞くべきか? 男性側の対応を知っているだろうし。参考になるかもしれない。

 役に立つのかどうか、そんな不明な予定を脳内でシミュレートしていると父が来たとの報告が来る。その言葉を受けて私は立ち上がった。


 今からの事を思うと緊張が隠せない。顔を強張らせていると、筆頭が心配そうに私を伺うのが見えた。大丈夫だと笑顔を見せたかったが失敗してしまう。表情が出るのが素直と言えるのはいつまでだろう? 

 私の失敗を受けて、筆頭は彼女にしては珍しい仕草を見せる。一瞬躊躇ったためなのか、言葉を選んだからなのか唇を湿らせた。

 「姫様。こんなに緊張していらっしゃるのは、デビューの時以来でしょうか」

 「そうかもしれないわ。入学式の時より緊張しているもの」

 今度は少しだけ笑って見せられた。成功したようだ。

 「今夜は、わたくしはご一緒できません。申し訳ございません」

 できるなら出席したかった。と胸の内を滲ませる。私の事を心配してくれてるようだ。

 「それは筆頭の責任ではないわ。きっと問題ないわ。大丈夫よ。父も母も一緒だもの」

 「はい。それに隊長様もいらっしゃいます。何かあれば心強いかと」

 「そうね」

 ここで、殿下ではなく隊長さんの名前が出てくることで、筆頭の隊長さんへ対する信頼が伺える。一緒に仕事をしているので信頼関係があるのだろう。


 筆頭の立場では母君の言動が耳に入るとは思えないが婚約の打診、筆頭は知っているのだろうか? もし知ったとしたら筆頭の反応はどうだろうか? やはり、殿下よりは安心だというのだろうか? それとも隊長さんの方が良いと言うだろうか? いや、筆頭の事だ迂闊な反応はしないだろう。彼女は自分の立場を弁えている。自分はこの件に対して口にする立場ではないと言うだろう。私の判断に従うと言うはずだ。それでも、私は筆頭の胸の内を知りたいと思った。

 「筆頭? 婚約の話。聞いた?」

 私は誰が、誰と。とも口にせず端的に聞いてみる。筆頭は一瞬も表情を崩さず、ただ頷いただけだった。殿下との話は周知の事実なので新しく聞くということは隊長さんとの話を意味する。それを躊躇うことなく頷くということは、そう多くはないが知っている人は知っている、ということなのだろう。

 筆頭の答えはなんとなく予想はしていたが、どう思っているかを知りたくて聞いてみた。

 「私が私見を述べる立場ではございませんが許されるのなら、隊長様は好ましいのでは? と感じております」

 良いのではなく、好ましい。思う、のではなく感じるという言葉。用心深い返事に立場の違いを見た。だが、ここでも隊長さんか、と思いつつ外堀が埋まっているような感じがする。一番身近な筆頭でもこれなのだ。押しに弱い、という自覚のある私だ。なんとなく流されてしまう気がしないでもない。

 だが、筆頭の返事はこれだけで終わりではなかった。

 「ですが、姫様。いちばん大事なのは姫様のお気持ちかと存じます。姫様のお立場では難しいこともあるとは察せられますが、その上で、許される範囲で、自分のお気持ちを優先されても良いのではないでしょうか?」

 その言葉に、彼女の顔をマジマジと見つめてしまう。

 初めてかもしれない、自分の気持を優先しろ、と言われたのは。

 私は小さく小さく、それこそ誰にも気づかれないように小さく息を吐く。そう、私は筆頭の言葉に救われる思いがした。彼女の立場では自国を優先させる発言をするのが当然だろう。だが、彼女は許される範囲で自分の、私の気持を考えろと言ってくれたのだ。父ですら婚約を進めてきたのに。もちろん誰にでも立場はある。だからこそ、それを否定する事はできないのだが、わかっていても悲しいときだってあるのだ。

 「ありがとう。そうね。少しくらいは許されるかな?」

 「お相手が誰であっても長く過ごすことになります。そこをお忘れにならないでくださいませ」

 自分の今後に関わってくることだ。そう言外に言われた気がする、勘違いではないだろう。

 「ありがとう。考えてみるわ」

 私は筆頭にもう一度お礼を言うと父のいる客間へ向う。後ろに筆頭が付き従う。その気配に安心感を感じていた。


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人質生活から始めるスローライフ2
― 新着の感想 ―
まあ婚約とかは親より年上の友人だよなw 見合いの時の親の圧力w
外堀が埋められている姫様の心細さが察せられます。今や両親すら頼ることができないのですから。誰か自分の気持ちを分かってほしいという切実な思いがあることでしょうか。 そして筆頭さんには、よくぞ姫様の気持ち…
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