なんてこったい
「姫様。母上様がいらっしゃいました」
父と二人、世間話をしつつも微妙な雰囲気で過ごしていると、筆頭から新たな来客。母の来訪を告げられ驚く。父は涼しい顔なので二人はここで待ち合わせをしていたのだろう。私の知らない間に待ち合わせ場所にされていたのは驚くが、予定していたのなら教えてほしかった。そうすれば驚く必要はなかっただろうに。ちょっぴり文句を言いたい気持ちになりながらも母を出迎えたのだが、母の表情は優れないように見える。お茶会で何かあったのだろうか?
そんな母が気になりつつも、とりあえずは歓迎の言葉を述べてみる。
「いらっしゃいませお母様。お茶会は終わったのですか?」
「ええ。終わりましたよ。二の姫。わたくしは貴方に確認したいことがあります」
「確認ですか? 何をでしょう?」
血相をというよりも、強張った中に緊張を秘めながら。私を問い詰める、というよりは確認するような雰囲気で。そんな覚えのない私は、いや、あった。確認されること。身に覚えのある私は身がすくむような緊張感を覚えた。
「貴方は今まで何をしていたのですか?」
母は席につくこともなく、気が急いたように私をまっすぐ見ながら聞いてきた。
普段は穏やかな表情を浮かべながら微笑みを絶やさない母だけに、その緊張感のある表情が両親に心労を掛けていることを実感する。
どうしようか、どう返事をするべきか答えに詰まっていると父が私の隣に立っていた。
父は気が急く母を宥めつつ席につくよう促す。そのまま私の正面に座った母は真っ直ぐに私を見る。その視線は揺らぐことはない。父は口を閉ざしたまま成り行きを見守る雰囲気だ。
その緊張感に私は気まずい思いをする。
離宮の豪華な客間は落ち着いた木のぬくもりを感じられる造りになっている。本来なら穏やかな気持ちになれる部屋なはずなのに、その穏やかさを私は味わえずにいた。
父は母を待っていたのだろう。母が来るまで私の事について確認する事は、お目溢しをしてくれていたようだ。それとも母から正確な情報を聞いてから確認するほうが効率が良いと思ったのだろうか? その可能性が高い気がする。二度手間にならないし。蛇に睨まれカエルの私は気まずく息を詰めるしかない。私は両親を前に二度目の緊張が走っていた。
何を聞かれるかなんて言うまでもない。今までの行いが頭の中を通り過ぎて行く。
「二の姫。貴方は今まで何をしていたのですか? いろいろな話を聞きました。商人と商いをしているとか。料理をしているとか。軍部と関係があるとか。宰相と対立しているとか。陛下と交渉したとか。わたくしからすると驚くばかりの内容です。事実なのですか?」
母は隻を切ったような話し方。よほど衝撃を受けたのだろう。その表れだと思う。無理もない。
知らない間に娘が商売をしていたり、料理をして陛下に振る舞っていたり予想外のはずだ。心配していただけに予想の斜め上行動は受け入れられなかったと思う。
これが誰かとお付き合いしてました、とか。こっそり城下に出かけていました、とか。宮殿内の誰かとケンカして揉めてます。とかの方がまだ理解できる範疇な気がする。
驚かせて申し訳ないけど、ちょっと待ってほしい。
料理と商売は身に覚えがあるし宰相とはちょっと対立して交渉もしたけど。軍部ってなんだ? 軍部との繋がりなんて一ミリも覚えがない。第一軍部に知り合いなんていないし関わりようがない。私の行動範囲は離宮と学校の往復、アンド数回の外出だけだ。その辺は身に覚えが本当にないし知らないぞ。
私は噂話に尾ひれも胸鰭もついていることを知った。
噂話って怖い。世間ではどんな話になっているのだろう?
私はここで中途半端な言い訳をすると、更なる誤解を生みそうなので諦めて正直に話すことにした。腹を括ったとも言う。いずれはバレるのだ。速いか遅いかだけの差だろう。
父も母の情報を待っていたのなら追及は止まらない。それなら早めに打ち明けて情報共有をしたほうがマシだ。わたしはそう決断すると、諦めてとも言うが、今までの設定を守りつつ事実だけを話していくことにした。
「お母様。正直にお話します。料理をしているのは事実です。商人と商売をしていることも。色々な事がありまして宰相と相談(世間様はそれを交渉と言う)した事もありました。ですが、軍部と関わった事はありません。どこからそんな話が」
「本当ですか?」
「はい。お母さまたちに嘘はつきません。それにわたくしには軍部の方の知り合いはおりません」
母は私を射るように見つめ、事実を見極めようとしようとしていた。私は嘘はついてないので視線をそらすことなく見つめ返すことができる。やましいことはない。 黙っていることもあるけど。でも、軍部に何もしていないことは本当だ。
私の態度に少しは納得したのか、母は耳にした噂を教えてくれた。
聞いていた私は言葉が出てこない。どこからそんな話が。
いや、商売と料理の事は理解できる。身に覚えもある。宰相と交渉したことも。
でも、他は知らないぞ。どうして私が軍部とつながりがあるなんて思うのだろうか? 疑問しか浮かんでこない。だが、ぽかんとしていても仕方がない。大事なことはここからどうするか? だ。
それは両親も同様らしい。
父は今日の情報を共有しようとさらに詳しく何があったのか話すよう母を促す。
母は一瞬迷ったようだが、同じ話を父にして私にも繰り返すのは二度手間と思ったのか、それともここで話す予定だったのか。どちらにせよ教えてくれることになった。
「申し訳ありません。もう一度お願いできますか?」
お茶会での噂話と私が陛下のお気に入り、なんて不本意だけど、世間はそう思うよね。なんて達観していた。そうなっているのは諦めてもいたので納得もしていた。
だが、最後の最後で予想外の爆弾が降ってくる。やはり同じ血を分けた姉と弟はやることなすこと同じなのだろうか。爆弾を落とさないと気がすまないのだろうか? そう思わずにはいられない。
なんで隊長さんと婚約?
「これは非公式で母君の独断だそうです。陛下もご存じないとか」
「そうなのかもしれませんが、陛下にはいつでもお願いできる立場の方ですよね?」
「そうだな」
私の問いかけに父が同意をしてくれた。安心できない同意だ。
姉と弟なんて、私の主観で申し訳ないが弟は姉に勝てない気がする。これは決定事項とも言えるのではないだろうか?
同意をもらっても安心なんてしてられない。母君の独断なんて安心できる要素はない。狼狽える私とは対称的に父は冷静だった。こんな話、どうして冷静でいられるのだろう。
父の冷静さは何か手段があるのだろうか?
でも、なんとなく、本当になんとなくこの流れは私にとってよくない気がするから先に手を打とう。
「お父様。隊長さんと婚約とか、考えたこともありません」
「仲良くしているようだけど。どのような方なのかしら?」
母の愛に手が入る。母は不安が解消されたからなのかホッとした様子。いつもの柔らかい表情になっていた。そして、この話に乗り気なのだろうか? 肯定的に捉えているように思える。
「それは、悪い方ではないです。いつも護衛をしてくれているし、話も聞いてくれるし、相談にも乗ってくれるし。心配してくれて。配慮もしてくれます」
「それから? どうなのかな?」
父にどうなのか、と聞かれても。思いもよらない話に戸惑っているというのが正解だろうか。
好きか嫌いか? と問われれば間違いなく好きだと答えるだろう。だが、それが恋愛の好きかと聞かれるとそれはどうだろうか? 正直に言うと私の精神年齢からすると相手は子供のように思える年齢だ。どう見積もっても若い甥っ子ぐらいの認識である。そう思うと殿下も同様だ。だから、私は婚約・結婚に積極的になれないという側面も持っている。特殊な趣味の人以外は子供と結婚しよう、とは思わないだろう。少なくとも私の常識ではそう考えている。これが国命となれば常識の問題ではないだろうし納得もできるが、そうでない限りは自分の倫理観に従いたい。
殿下がだめなら隊長さん、という簡単な話ではないと思うのだけど。陛下この話を認めるだろうか? そこでも話が変わってくると思う。
私が考えていると思案顔の父は口を開いた。
「二の姫。殿下よりは隊長殿の方は反応は悪くないようだが」
「お父様は隊長さんの方が良いと思われますか? お母様も? 同じ意見でしょうか?」
「貴方の様子を見ていると殿下よりは良いような気がします。少なくとも頭ごなしに否定はしていないようですし。顔なじみな分、気心も知れているでしょう」
「それは、はい」
気心が知れているというのは間違いない。私の趣味にも付き合ってくれるし心配もしてくれる。私がヒステリーを起こしたときも気晴らしを考えたりしてくれていた。管理番や商人の次に長い付き合いだ。濃密さだけで行けば隊長さんはトリオの中では一番だと思う。その事を思えば返事ははい、以外はない。
「では、二の姫が良いなら隊長殿の方で話しをお願いするかな?」
「お父様。お待ち下さい。お父様はこのお話は良いと思われるのですか?」
「二の姫が受け入れられるなら悪い話ではないだろう。殿下のときは思案もなく拒否的だったが隊長殿の方はそうではない。だったら、と思う。いずれは結婚するのだ。望まれて嫁ぐほうが良いだろう。それに、この国は望んでも縁組は難しい国だろうしな」
「それはそうですが。私が嫌ならお断りできるのですか?」
「断りたいのかな?」
自分のワガママと思いつつ視線には返答を載せておく。だが父には通用しないようだ。少なくとも私の拒否反応が少ないということで勧めたいらしい。ということは本来ならこの国との縁談は受けたかった、でも今まで国のために人質になった私に遠慮していた。ということなのだろう。
これからは両親の援護は期待できなさそうだ。
「お父様。一度国に帰るという話はどうなりますか? お姉さまたちにもお会いしたいです」
「そうだな。それはそれとして、一度帰る方向で話しをすることにしようか」
帰国の交渉だけはしてくれるらしい。その間にどうするか考えよう。
父の言う通り、どちらにせよ一度は結婚はしないといけないのだ。





