晩餐会③
少しづつ話が弾んで場が砕けた空気になってきた。大人な言い方をすれば場が和んできた、というのだろう。
終始和やかに話している中で、父が令嬢に娘と仲良くしてくれてありがとう、的な事を言っている。まあ、よくある話だ。遠くにいる娘の友達にお礼を言う。珍しくないだろう。陛下や殿下に言うのではなく、令嬢に言っている事にも注意深さを感じる。殿下では、どこに話が行くかわからない。陛下では藪をつついて蛇以上の何かが出ては困る、という判断だと思う。令嬢なら学校やダンスの練習の話で終わるだろうし、そこを考えての令嬢という選択肢だった気がする。ナイスな判断だ。
父の言葉を受けて、私の方こそ仲良くしていただいています。なんて当たり障りのないの返事をしていた。
そこへ殿下が口を挟む。三人は仲がいいから、と姪っ子ちゃんについて言及した。そこで目をむくのは管理番と姪っ子ちゃんだ。端っこで小さく大人しくしていれば終わるだろうと思っていた席で、自分の話が出てくるなんて予想外だろう。
全員の視線が姪っ子ちゃんへ流れた。
私も焦る。緊張している姪っ子ちゃんは返事が出来るだろうか?
デビューの日を思い出す。緊張してカミカミになっていた姪っ子ちゃん。今日の出席メンバーは、あの時以上のメンツだ。あの日の再現になるかもしれない。
口角を上げたまま私は表情筋を固まらせた。そして姪っ子ちゃんも同じ表情になっているのを目の端に捉える。そんな姪っ子ちゃんは、なんとか口を動かしだした。
「わたくしこそ、姫様に仲良くしていただいています。イロイロなことを学ばせていただいてるので」
噛まずに返事ができている。
姪っ子ちゃん、大人になった。頑張った。私は返事を聞いて衝撃を受けた。声は少し震えていたし笑顔も固まっていたが、緊張している子供が頑張ってます。という感じで微笑ましかった。現に同じテーブルの面子は好意的に捉えたようだ。ウンウン、と頷いている。
頑張った姪っ子ちゃん。同じ言葉しか頭に浮かばない。
隣に座っている管理番は感動しているようだ。姪っ子ちゃんを見ながら頷いて眼が潤んでいる。
ちょっとした感動の一場面になっている。
私と管理番が密かに感動していると姪っ子ちゃんは自分の事を経験として話しだした。こんな席なのに、以前の姪っ子ちゃんからは考えられないアクティブさだ。
「わたくしは、本来ならこのような席に呼ばれることはないような身分なのですが、姫様は身分にとらわれない方で、どなたとも仲良くしてくださるのです」
「そうだな。姫は侍女や護衛騎士たちとも仲良くしていると聞いている」
陛下は姪っ子ちゃんの台詞を肯定した。陛下の相槌に驚いた姪っ子ちゃん。そこで終わると思ったら逆に話に力が入ってくる。
「そうなのです。初めてお会いしたときから優しくしていただきました。満足に挨拶できないわたくしを否定することなく受け入れてくださいましたし。それからも仲良くしてくださって」
姪っ子ちゃん。いつものあなたからは考えられない饒舌ぶり。どうした? なにがあったんだ? 疑問しかない。そして、なんか私がすごく優しい人みたいな感じになっている。違うよね? それは姪っ子ちゃんがいい子で、私が仲良くしたい、って思っただけで。私がいい人な訳では無い。そこは間違わないでほしいと思う。
「姫様は、心が広い方のようですわね?」
ここで鈴の音のような声を聞いた。隊長さんママだ。確か陛下の妹だが姉だか。どちらかはわからないが年齢を感じさせない美しさを持っていた。世にいう美魔女だ。
「心が広いとは?」
私の父が意味を問いただす。隊長さんママから姫様は感情的になることが少ないと聞いていると。と言い出した。なんの話だ? 私は知らないぞ?
心が広いなんて、どこの王女様の話だ? デマが流れているらしい。
私が不信感と疑問を考えていると、聞いた話だがと付け加えた上でママさんが話しだした。部下の不始末にも冷静に原因を考え、その問題を正すようにしていると聞いていると説明する。
何の話だ? 私はそんな事はしてないぞ?
疑問が顔に出ていたのか、それに気が付いた隊長さんが、分かってないの? と言わんばかりの表情をしながら私の方を見て、いつもそうしていますよね? と確認してくる。
そん立派なことしてたっけ? してないよね? そう口にしたいけど、この雰囲気では言い出しにくい。
どうしようかと困っていたら、ママさんは隊長さんの失敗を口にした。他人の失敗は口にできないけど身内の失敗なら問題ない、ということだろう。なんの話かと思ったらダンスの間違いを教えた話だった。
今知った話だけど、隊長さんは女性のステップ確認のために母親に協力を仰いだらしい。だからママさんが失敗を知っているわけだ。納得。
隊長さんも横でお恥ずかしい話で、とばかりに自分のミスを暴露していた。そんな失敗話、ここでする必要はないと思う。誰にだってミスはある。それをあげつらう必要はないはず。ママさんも息子の失敗談を、こんなことろでしなくてもいいのに。隊長さんも気分が良くないんじゃなかろうか?
声を荒げるわけにもいかないので、終わった話だと無理やり話を終わらせる。
私の反応に陛下と宰相閣下が苦笑いをしているし、隊長さんママは笑みを深めていた。
なんだ? この反応? 私は一人だけ意味がわからない。両親の方は口角を上げているが目は笑っていない。私、なんかした?
わからないことを考えても仕方がないので、話題を変えることに終止しようと思っていたら、ママさんが話題を提供してくれた。
「姫様。先ほど陛下が話されていたピザとはなんですの? 耳にしたことがありませんわ」
「ピザというのはパン生地を薄く広げたものにソースを塗って、具材とチーズを乗せて焼いたものですわ」
「まあ、美味しそうですわね。ピザも姫様が考えられたものですか?」
来た。想像していたから慌てない。ここで慌てると疚しい感じになるので、慌てず騒がず事実だけを端的に言うのが大事だ。
「考えたといいますか。想像しても美味しそうではありませんか。ですので試してみたら想像以上だった、というだけです」
すごく中途半端な説明だけど、どこまでもこれが事実です、という雰囲気で乗り切ろう。
笑顔にチカラを入れ、これ以上聞くなよ、という願いも追加している。
この願いは察せられたらしく追加の話は出なかった代わりに、宰相閣下が、姫様にはこの国で楽しく過ごしていただけていると思いますが、どうでしょうか? なんて聞いてくる。なんて返事がしにくいことを言ってくれるんだ。
私から否定なんてできるはずがない。否定すればこの国に喧嘩を売っているし、肯定すればではこのままで、なんて話になりかねない。
それは困る。困った私は灰色の返事に終止する。
「閣下にはどうみえますか?」
「楽しく過ごしていただけると思っています」
「閣下にそう見えているのなら、そうなのでしょう」
私はどうかわからないけど、人からはそう見えるのね、この意味が分かる人にはわかってほしい。
表面上、笑顔で過ごしながらも今後の自分を考える。私は国民の税金で生活している以上、国に寄与する義務がある。そう考えるとこの国との関係を良好にすることは必要不可欠だ。なら、殿下との婚約は有利なものになるのかもしれない。
嫌な事に気が付いてしまった。いや、何となく分かっていたが感情的になって目を逸らしていた現実に気が付いたとも言う。
両親は今まで大変だったから国に帰ろう、と言ってくれている。それは親としての感情なんだと思う。では国の最高責任者としての考えはどうなのだろうか? 私の人質としての価値はともかく【この国に居た】と言う事実は揺るがない。代わりの人間を差し出せ、と言われたどうするつもりなのだろうか?
私がこのままいた方が角が立たないのでは?
それとも、自国の今後とこの国の関係性の改善を考えれば、求められるままに婚約するのがいいのだろうか? 私は国に寄与する立場でそれなりの責任がある。
でも、理屈はわかっているが嫌なものは嫌だし。気持ちは複雑だ。
どうしたものか。理性と感情が絡み合う。こんな事を考え出すとそっちに思考が流れてしまう。眼の前のことに集中しないと、かなりのヘマをしてしまいそうだ。
顔面に笑顔を貼り付けたまま、気がついてしまったことに息が詰まりそうだった。





