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晩餐会 ②


 サラダとスープは別皿。メインはワンプレートでクリームコロッケとフライドポテト、小さなステーキと小さめのオムレツ、彩り用の温野菜などが並べられている。欲張りな一皿だ。そして見た目にも綺麗で美味しそうだ。

 オムレツはトマトソース、ステーキの方は醤油玉ねぎ。流石は料理長。私はコロッケしか教えていないのに早くも醤油を取り入れ、使いこなしている模様。


 この首都では醤油も味噌も定着し始めている。なにせ流行りだした時に私の分は後回しにされたくらいだ。そのときは悲しかったが今では懐かしい思い出だ。

 まぁ、そんなわけで王宮では使い始めが遅かったけど、使い始めたら取り込むのは早いのだろう。この調子だったら味噌とかも使いこなしてそうだ。と思ってしまう。

 料理長は私にお辞儀をしてくれたけど、なんにも教えてないから謙遜なんてしなくていいと思う。全ては料理長の努力と研鑽の結果だ。

 料理長の実力に思いを馳せていると食事が始まった。


 私はナイフを入れながら厨房の実力を感じていた。

 普通にコロッケはサクッとしていて美味しいし、オムレツもフワフワだ。食事は文句のつけようがないものだ。

 周囲の環境がよければもっと美味しく感じるのに、と思う。


 両親は隣に座っている陛下と話をしていた。

 横長のテーブルがいくつか分かれている形で、私達のテーブルには陛下・殿下・両親に私。それに隊長さんと両親、といった感じである。ちなみに隊長さんは私側だ。多分、私の関係者が少なすぎて人数が合わないので数合わせだと思われる。

 私側のもう一人は令嬢で緊張している。無理もない。このテーブルに一緒に座っているからに他ならない。そりゃね。この席に一緒に座らされれば緊張するのは間違いないと思う。なにか失敗しようものなら、と思ってしまうはずだ。

 令嬢は自分から口を開くことはなく黙々と、ということはなく終始愛想笑いと相槌に追われていた。この席で数少ない私の関係者になるので質問が続いている。学校は何人くらいいるのか、とか何を習っているのか? みたいな感じ。親戚のおじさんか(いや私の親だから当然なんだろうけど)ツッコミを入れたくなるような内容だ。

 令嬢はその質問に卒なく答えつつ愛想を振り撒くことを忘れない。今夜を笑顔で乗り切る予定のようだ。私から下手な話をふると面倒なことになりそうなので、その様子を見守りつつ私も同様の手段で今夜を乗り切りたいものである。ここで仲間を見つけた思いだ。一緒に頑張ろう。


 和やかな雰囲気でスタートしたが、私は何が話題になるかとヒヤヒヤしていた。私の(やらかし)がいつバレるだろうか。今はイロイロな話題が出ているけど、そう大きなものではない。

 そんな中、無難な話題と思ったのか助け舟のつもりなのか、殿下がダンスの練習会の話を振ってきた。確かに。この話題なら無難に思える。学校の話だし。みんなで頑張ってるよね、という話題なので誰も困らない。

 私もその話に乗っておく。愛想笑いも忘れない。

 「わたくしはどうも運動が苦手でして。ダンスも同様で不得手です。殿下や令嬢のお陰で助かっております」

 「そうなのですね。ダンスなど、必要なことを何も教えずにいたので。ありがとうございます」

 母は殿下と令嬢にお礼を言っていた。その御礼に驚いたのが令嬢だ。自分に話しかけられるとは思っていなかったのか若干慌てていたが愛想笑いではない、いつもの笑顔で対応をしている。

 「そんな。わたくしの方こそ姫様に多くの事を教えていただいて。多くの経験をさせて頂いて、楽しく過ごさせて頂いているのです」

 「教えてもらっているとは?」

 「どのようなことですの?」

 両親が同時に反応して令嬢に聞き返していた。その質問に慌てる様子もなく用意してあったかのように令嬢はいちご農家の話をしだした。

 自分の領民の事でですが、と前置きをした上で礼儀正しく穏やかに話し始めたのだが、あの時の気持を思い出したのか次第に熱弁を振るいだす。

 熱い語りである。

 分かっている。そう分かっているのだ。令嬢は悪くない。私が当然の事、と当たり前のように行動していたので国元で学んでいたのだろう、と感じていたのは当然の事なのだ。

 「そのとき、姫様がおっしゃられたのです。ただ助けるだけではいけない。その後のことも考えないと。自分たちで成り立つようにしなければ本当に助けたことにはならない、と。どうするかと思っていましたらジャムの作り方だけを教えてしまわれて、その後のことは自分たちで、と商人と仕入れや売り方は相談するようにといわれて手を引いてしまわれました。わたくしは本当にそれで良いのかと心配しましたし不安にも思ったのですが、その後は良い方向に進みました。彼らも自分たちでどうにかしようと努力していましたし。商人も努力が無駄にならないようにと配慮していました」

 令嬢の話は続いている。その話に誰も口を挟まない。

 ちょっとまってほしい。なんか、私がすっごく、『いい事をした』みたいな話になっている。そんないい事してないから、勘違いされるから、やめてほしい。切実に。そしてかなり恥ずかしい。確か似たような事は言ったし行動もしたけど。令嬢の中でかなり美化されている。

 誰か止めてほしいと思ったけど、止められるのは私だけだった。この話に口を挟める人間はいないと思う。

 その場にいた人たちは、初めて聞く話で興味津々になっている。


 「令嬢。そこまでで」

 私はやんわりと令嬢をとめた。本当に勘弁してほしい。そう思っていたら、みんなが私を注目している。何を言うと思っているのだろうか。止めただけだ。だけどそれで終わりそうになかったので、簡単に事実だけを告げることにする。

 「わたくしは何もしていないわ。頑張ったのは彼ら本人と商人。それにお父様に橋渡しをしてくれたあなた自身でしょう? わたくしはきっかけに過ぎないわ」

 やんわり否定しておく。これで誤解が解けるとは思わないが少しでも勘違いが減ってほしいと思う。

 だがその願いは令嬢には通じなかったようだ。

 「それは姫様が教えてくださったからです。自分たちでできるようにならないと、そう言われていました」

 「そうね。助けてもらうのが当たり前になると自分ではどうするべきなのか考えなくなるわ」

 「ですから、その手助けを私もしたいと思ったのです。と言っても私にできるのは父に相談するだけでしたが」

 そう言った令嬢は隣の父親を見ていた。父親は令嬢の成長が微笑ましいのか嬉しいのか口角が上がっている。

 「お父様を信頼しているのね」

 「姫様?」

 聞き返してきたのは令嬢の父だった。

 「お父様に相談すれば力になってくれると思ったのでしょう? でなければ始めにその言葉は出てこないと思うわ。信頼関係ができている証拠ですね」

 最後は笑顔で父親に話を振り、令嬢の父にヨイショしておく。何かあったら私の力になってくれると信じている。かなりの打算が働いていた。私の言葉に令嬢が顔を真っ赤にして、その照れ方に父親の方は満更でもなさそうだ。その様子から、やっぱりいい関係ができていると思う。

 いいことだ。ついでに話がそらされていいことだ。

 話題がそれたことをいいことに私も笑顔になり、いい感じ。と思っていたら次の話題が今日の料理になった。

 話題転換のつもりだったのだろうが、なぜそこで料理になる。誰だ、その話題を持ち込んだのは、と思ったら隊長パパだった。


 「最近。このコロッケが気に入っていまして。つい、宮殿にいるときは出してもらうように言ってしまうのですよ」

 話題の主は公爵家、隊長さんパパだ。美味しいって言ってくれるのは嬉しいけど。その話題、今じゃなくてよくない? と思ったけど、晩餐会で料理を褒めるのは普通だった。

 飛び火されたら面倒だ、陛下が私が教えた料理だって言い出したら困ってしまう。どう変えようかと思ったけど、別に私の発案とはっきりしていないはず。下手なことを言わなくても黙っていればいいかも。できれば隊長さん。余計なことは言わないでね。私は愛想よく頷きながら美味しいですね、と返しておいた。自画自賛みたいになっているけど、仕方がない。

 ニコニコしながら話題が深くならないよう祈っていた。だが、宰相が黙っていなかった。

 「コロッケも美味しいですが、姫様に作って頂いた唐揚げも美味しかったですね」

 はい、爆弾きました。今日は貴様か。私は心境的に呪詛を撒き散らしたかったがそうはいかない。火消しに走らなければならないのだ。だが、火を消す前に油が追加された。

 「確かに唐揚げは美味しかったが、ピザのほうが」

 陛下、貴方は何を呟いているのか? 美味しかったことを思い出しているのか、また食べたいとのたまった。晩餐会の席で何いってんの。

 そう叫びたいがそうはいかない。どうしようと思っていたが母が私をじっと見ていた。

 瞬間思ったのはまずい、だったのだが、ここで思いなおす。まてよ。料理をしているというのは話に上っているのだからここは開き直って、レシピを思い付いた形で話に纏めてしまうのはありではないだろうか? 下手にごまかそうとするから、ややこしくなるのであって、ありのままに私が教えました。みたいに開き直るのはいいかもしれない。

 ただ。レシピは知っていたのではなく知っているのをアレンジした形にしてしまおう。それならなんとなく収まりがいい気がする。

 そこまで思いついた私はその路線で突き進むことにした。こうなったら何もかもが思い付きだ。すべてアレンジレシピで誤魔化してしまおう。思いついたのなら結果は私の頭の中だ。誰にも口を挟むことはできない。美味しそうだと思った。だから作った。で、なんとかなるさ。

 一抹の不安を抱えつつ方向性を決めてしまう。そう決めると私は胡散臭さそうな笑顔を浮かべながら隊長パパの話に大きな頷きとともに同意しておく。隊長パパも同意者がいたことが嬉しかったのか満面の笑みだ。そうですよね、と言わんばかりだ。

 宮廷料理の地位を確立したコロッケは万人の知るところだ。美味しいよねっと思う人が多いのか頷いている人が多い。

 私の予想は当たりで今度は令嬢パパがあの料理は姫様の教えとか、と言い出した。予想していただけあって私は慌てない。

 「私の教えというと大げさですが、色々考えて美味しそうだと思うものを料理長と相談しながら作ったのですよ」

 万事日和見的な言い方だが間違ってはいないと思う。考え方は間違っていなかったのか概ね好意的に捉えられている。

 令嬢も私と食べたお菓子は美味しかった、などど父親と話していて。姪っ子ちゃんは管理番と頷いていた。

 私は胸を撫でおろしていた。良かった、方向性を決めていて。なんとか乗り切れそうだ。深く考えすぎていたようだった。


 管理番は余計なことを言わないよう思ってくれているのか醤油や味噌を探してほしいとか言う話は口にしなかった。黙ってほしいと頼んだことはないけど、勝手に話さないようにと気にしてくれたのだろう。気がきく管理番でありがたい。守秘義務はないけど、調味料に関しては、このまま沈黙を保ってほしいと思う。

 私はこのまま笑顔で晩餐会を乗り切ろうと思う。


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