晩餐会
「ようこそ、我が国へ。歓迎します。短い間でしょうが、我が国を存分に楽しんでいただきたい」
父の隣にいる陛下が挨拶がわりの軽いスピーチで始まり父の答礼。そして交流会という名の晩餐会が始まる。といっても少人数だ。気を使わないように、という名目で私の親しい人達だけで構成されている。だからこそ交流会という名目なのかもしれない。でなければ招待されなかった人たちのやっかみがあるかもしれない。
ちなみに意外や意外、私も知らなかったのだが、招待客の中に管理番と姪っ子ちゃんが入っていた。
その管理番に目を向けると、どうして自分がここにいるのだろうと疑問を顔に出しながら座っている。無理もない。私もそう思っている。
なんでだ? 失礼ではあるが貴族の末席にいると言っていたので、ここに座る資格はあるのだろうけど、一応末席に座っているけれども見ていて気の毒なほど緊張しているのが感じられた。それは隣に座っている姪っ子ちゃんも同様だ。私の親しい人枠で呼ばれたのだろう。でなければ管理番がこの席に座っている理由がない。
巻きこんで、もうしわけない。そんな思いとともに二人を眺めると、ぎこちない笑みとともに会釈が返ってきた。
そのぎこちなさに申し訳なさが募っていく。ああ、申し訳ない。その言葉しか出てこない。
そんなこんなで始まった晩餐会。どうなることやら。
胃が痛くて食事を楽しめる気がしない。
ちなみに場所は本宮の迎賓室だ。ただし、ここは大小分かれていてその小さい方の部屋とのこと。小さいといっても私が思うような小ささではない。わかりやすくいうのなら披露宴会場ほどの広さはあるだろう。付け加えるなら、この小さな迎賓室と大きい方は繋げる事が出来るらしく、大きさはある程度の調整は出来るらしい。大国らしい配慮だろう。だが、私程の小国ではその部屋が使われることはない。大きい方では広さが余るからと配慮されていると思う。無理もない。本当に少人数なのだ。総数で20人いるかいないかだろう。私はこんな席に出席した事はないのでわからないが多いようには思えない。ぐるっと見回せば数えられるほどの人数だ。
出席は陛下と殿下に宰相、そして両親と私。普通のメンツだ。というか、そのために来ているので、ここに座っていないほうがおかしい。
隊長さんの顔が見えた。出席すると聞いていたので安心している。
普通の事だろうけど、ご両親と一緒に出席のようだ。隊長さんは父親らしき男性と綺麗な女性と座っているので、その2人が両親と思われる。ちなみにお母さんの方は陛下のお姉さんだか妹さん、らしい。そのお母さんは陛下には似ていないようだ。兄妹には思えないなと、思いながら失礼にならないように観察した結果、隊長さんはお父さんに似ているようだ。そっくりではないが隣に座っていると明らかに親子だな、って感じでわかってしまう。
令嬢もすぐ見える位置に座っていた。お父さんと出席しているようだ。しかし母親らしき女性は近くに見当たらない。お母さんは一緒じゃないのだろうか? こんな席は夫婦同伴だと思うのだが。2人しかいないので欠席なのだろう。母にいちごを勧める、と言っていたので亡くなっているわけではないと思う。
令嬢は姿勢良く座っているが表情が固くなっていた。学校主催のパーティーとはわけが違う。出席のメンバーも重要性も明らかに違うのだ。普段は大人びた令嬢も、ここでは全く子供にしか見えず緊張しているのが分かった。その様子が年相応に見えて可愛らしく感じてしまった。
その観点から考えると隊長さんは、このような席に慣れているのだろう。余裕な様子が伺える。いつもと変わらない自然体だ。
緊張している令嬢を見ていると視線が合う。令嬢も会釈をしてくれる。頑張ろう、と意味を込めて私も微笑んでおく。この意味は通じているだろうか?
宰相も座っている、が一人のようだ。周囲に家族らしき人達は見当たらない。家族で出席していないようだ。令嬢の例もあるので似たようなものか? それとも結婚していないのだろうか? とちょっとだけ考える。
余計なお世話なのだろうが、宰相は結婚していないのだろうか? 余計なお世話だろうが、結婚していれば宰相の奥さんは大変かもしれない。家に帰る暇はないだろうし、家柄的なお付き合いもあって大変だろうし。それとも仕事人間の宰相だけど家庭ではいい夫とか? それとも仕事ばっかりで結婚できないとか? それとも怖くて敬遠されちゃうとか? 結婚しているけど、私が知らないこの国ならではのルールがあって一人で出席しているのかもしれない。なんて、取り留めのない事を考えてしまうのは現実逃避以外の何物でもないだろう。
下世話な事を考えていたら料理が提供される様子。
ワゴンとともに料理が運び込まれてきた。
運び入れるのは侍従さんと侍女さんたちだ。そこまでは順当でその様子を眺めていたのだが、なんと最後に料理長が入って来た。
なんで料理長が入ってくるのか疑問だったが説明のために入って来たようだ。
提供される料理、本来ならコースで順番よく運ばれてくるものなのだが、今夜だけは特別にワンプレートに近い形で提供されるとのこと。理由は2つあって、一つはコースだと、どうしても人の出入りが多くなって落ち着いて会話が楽しめないこと。大人数だったら気にならないかもしれないが、少人数だとどうしても人の動きに目がいって気が散ってしまうからだろう。落ち着かない雰囲気が出てくると思う。
もう一つは料理の内容だ。こんな席では珍しい事に揚げ物が出てきたのだ。
揚げ物は冷めると味が変わりやすい面がある。どうしても揚げ物特有の香ばしさと歯ざわりが変わってしまうのが気になってしまう、と私は思っている。だからこそ晩餐会のような席で出てくるのは珍しいと思うのだ。
料理長に以前、揚げ物は冷めると味が変わる、という話を少しだけしたことがあった。その話に料理長も頷いていたのだけど。
なるほど。少人数でワンプレートに近い形で提供する。そうすることでその変化を小さくしようというのだろう。思い切った事をするな、なんて思いながら運ばれるお皿を眺めてしまう。
料理長は手短に説明を行うと早々に下がるようだ。陛下や客に向かって礼をした。それはわかる。
だが問題なのは、一番最後に、それとは別に私に向って深々と一礼をして下がっていったのだ。
なんてことをしてくれるのか。私は予想外の事に度肝を抜かれた。この一礼で分かる人はわかるだろう。
そう今夜のメニューは私が提供したレシピなのだ。
最近、宮殿内でコロッケやハンバーグ、スパゲッティ、グラタンなどの提供が増えているらしい。らしいというのは管理番情報だったからだ。
離宮というか、私には提供されていない。朝食以外は自炊している私は食べたことがなかった。正直、興味はあったので、というか料理長を始めとするプロ集団が作るのだ。確実に美味しいと思っている。それはいい、私もいつかは食べたいと楽しみにしているから。
だが、今回のような余計な事はいただけない。なんでそんな事(私への挨拶)をするかな? そんな意味深なことをすれば、なにか意味があるのだろうと、察せられる。
料理長の深々とした一礼の時、陛下も宰相も、隊長さんまで私を見ていた。そうなれば殿下や令嬢や管理番も私を見るわけで、その視線で両親も私を見る。となれば特別に意味があることに気が付かないわけがない。両親揃って私が料理すると言う事は聞いていて、そして料理長が私を見れば意味があるなって想像がつくわけで。
私はため息を飲み込むのに必死だった。
なんてことをしてくれるのか。意味深なことなんてするんじゃない、と声を大にして言いたい。
まあ、無意味だが。
これで二人とも私が料理をするのは間違いないと納得したことだと思う。ポジティブに捉えよう。説明する手間が省けたと思うことにしよう。
うん。なんとかなるさ。たぶん。
私は晩餐会のあとに両親から問い詰められることを想像しつつ、ポジティブに捉えようと自分を宥めていた。
そうでもしないと先行きが不安すぎて心配になるからだ。
そんな私の内情は他所に、宰相の乾杯で食事が始まった。





