陛下と宰相と
晩餐会の前、執務室のソファで寛ぐ陛下と宰相の姿があった。晩餐会を前にして対策、という訳でもなく今回の賓客について感想を語り合っている。
二人の概ねの印象は同じだった。世間的には母親の方が国を治めているのでは、と言われるほど優秀な印象があるが、食わせ者なのは父親の方だ、という事で意見は一致している。
ボーっとして優柔不断な様子を見せているし、言われたことに対しても焦って困っているような様子を作っているが実際はそうではないだろう。【人に助けてもらってます】なんて振りをしているが、周囲の意見を誘導して、自分の有利になるよう話を持っていっている様だ。のらりくらりとかわしながら、あの国を纏めてきたのは父親の方だ。でなければ、あの他国にない特産品がある国が周囲の侵略に遭わないはずがない。周囲は娘のお陰で同盟国との関係を維持できた。妻の機転で難局を回避した。凡庸な国主だが周囲のお陰で助かっている、なんて言われ世間を騙しきっている。本人の息子も気がついていない様子だが、妻はその事を理解し協力しているようだ。この事実に気がついている国はどの位あるのだろうか? そう思うくらい周囲を騙しきっている。
二人はソファに深く腰掛け話し込んでいる。
革張りのソファは男性二人の体重をしっかりと受け止めていた。沈み込みすぎる事なく反発しすぎる事もなく座り心地の良さを維持できていることからも、調度品が選りすぐられたものだと理解できる。流石は執務室と言うべきか。
その調度品に支えられ二人の感想は今回の発端となった姫にも続いていく。
「しかし、姫にはあきれるというか、流石というか。あそこまで何も報告していないとは。想像もしていなかった。初手からなにか言われるだろうと予想していたのだが」
この国の最高責任者は自国の不利にならないよう、余裕を見せつつも警戒を怠ることはなかった。どのような相手であっても警戒を怠ることは愚策だろう。窮鼠猫を噛むという言葉もあるのだ。外交は何があるかわからない。用心することに越したことはないと思っている陛下だった。
その意見には宰相も同意していた。誰であっても侮ってはならないし侮られてはならない。が、予想外な行動を取ってくれるのが姫だった。
「はい。手紙に詳しい内容は書いていないだろうと思っていましたが、何一つ話をしていないとは流石に想定外でした」
「筆頭からの報告にもなかったのか?」
「はい。報告には日常のことしか書かれていない、というものでした。あまり手紙の内容を根掘り葉掘り聞くと筆頭の信用も損なう可能性もありましたので、細かくは確認していません」
「筆頭自身が隠している可能性は?」
「その可能性は低いかと。夫も息子たちも王宮務めです。姫様の事を大事にしてるのは間違いないでしょうが、からと言って自分の家族を犠牲にすることはないかと。それにその事を知った姫様が何を言い出すかは想像がつく話です」
「それはそうだな。筆頭の家族が自分の犠牲になったといえばあの姫の事だ。黙ってはいない」
「はい。黙っていても、どこからか話は流れてくるものです」
宰相の話に同意はするものの、気になることがあるのか陛下はどこか上の空だった。それに気が付かない宰相ではない。短くない付き合いなのだから。
「陛下。いかがなさいました?」
「いや、今回の話どう進むと思う? 問題なく進むと思うか?」
「断られると? まさか? 断る理由がありません。それに姫様が何も話してないということは殿下との一悶着も知らないことになります。それを思えば、なおさら断ることはないかと」
宰相は自信たっぷりだった。自国に自信があるからこその反応だ。
今の状態ではこの国に勝る国はない。属国とは言わずとも圧力をかけられれば断れない。リスクになるだけだ。逆に言えば差し出せといえば差し出さざるを得ない状況だ。それだけの国力の差があるのだ。だからこそ姫様もこの国に来ることになったのだ。
断れるはずがない。
宰相はこの縁談がまとまることしか考えていなかった。
逆に陛下は懐疑的だった。娘のことが心配なのは理解できる。長く会っていないのだ。どうしているのか、本当に元気なのか。困っていないのか。気になる事はいくらでも出てくるはずだ。
それをおいても好条件なはずのこの縁談。相手は否定はしないものの、喜んでいる様子はなかった。もう少し好反応があってもいいはずなのに。そんな様子は見受けられなかったのだ。
陛下は宰相と同様に自国に自信がある。今まで自分が作ってきたのだ。同時に縁談に関して他の国々の反応を思い返す。
他の外交官たちは、自ら縁談を申し込んできている。自分が持ち込むという事もあって、話を纏めようと必死で多くの貢物を持ってくるものだ。自国の特産品から高価な絵や宝飾品、それぞれ良くもここまで考えたな、と言う物まであった。
陛下の后がなくなって少しした頃は女性も多く送り込まれた事もある。流石にそれは抗議付きで送り返したが。それほど送られるものは多くあるという事だ。
だが、姫の国はあっさりしたものだった。勿論何も持ってこないということはない。だが、過剰というものでもなかった。珍しい、貴重なもの、という意味では姫の国にまさるものはない。
自国の特産品をということで薬を持ってきたのだ。薬は高価なものだ。作り上げるまでの時間と使用できるまでのテスト期間を考えると高価なことは納得できる。しかも何種類もその薬を作り上げているのだ。
それは土産としては十分にふさわしいものだった。
あの国は薬が特産なのは昔からだ。だが、それが飛躍的に増えたのは今の国王、姫の父親の代になってからだ。
あの国王、のんびりとした様子を見せているが、なかなかの食わせ者。親戚だらけの重役など、まとまる話も纏まらない。
交換留学のときバラけるかと思っていたが姫の判断でそれも避けられた。しかも、あそこの長男は優秀だ。父親が作り上げたものに、さらに磨きをかけている。今まであった薬の効果をあげ、種類も増やしているようだ。要は国力の底上げだ。
小さい小さいと馬鹿にしていたら足元を掬われるのはこちらだろう。
陛下は自分自身の息子を振り返る。自分の息子は気がついていないようだ。姫といい、あの長男といい。姫の姉も優秀らしい。そう考えると、あちらの国の子どもたちは皆、優秀なようだ。子育てになにか秘訣があるのだろうか?
人を羨むのは良くないことだが、そう思ってしまうのは無理はないだろう。陛下は自分の息子一人まともに育たないのに、と思っているのだ。自国と比べれば姫の国は全員真っ当に育っている。
羨ましい限り、そう思うのは当然だろう。
陛下は目の前に宰相がいるにも関わらず思考の海に浸っている。
自分の息子のことはさておき、あの国は薬が特産だ。これはどんな国も敵うことはない。それは自分の国も同じこと。
薬の流通を握るということは命を握っていると同じだ。
周辺諸国のどこでも良かった留学話。それでも姫の国を選んだのは、薬の流通に何かあったとき自分たちにアドバンテージが取れれば、という考えがなかったとは言い切れない。この事は、きっと姫も気がついていないだろう。姫は自分の国は小国で風が吹けば飛ぶような国だと思っているのだ。
間違いないが、間違っているのだ。姫自身はその事に気がついていないようだ。
できれば、そのまま気が付かないでほしいと思う。
そう考えると、やはり姫を取り込むのは最優先事項になるだろう。
思考の海から帰って来た陛下は宰相へ今夜の予定を再確認していた。





