娘よ、何をやっている
客室の居心地の良いソファを勧められた姫様の両親。
着席すると陛下との会談がはじまる。それは穏やかな世間話から始まった。これは普通のことで相手の態度を探るものだ。その話に愛想よく相槌を打ちながら当たり障りのない言葉を返しつつ会談は和やかに進んでいく。
両親は笑顔を絶やすことなく話を続けているが内心はこの会談から陛下の真意を探ろうとしていた。何が目的なのか知りたかったのだ。
今回の急な招待に、この歓待。どちらも熱が入りすぎている。それもどうしてこうなった? と問いただしたいくらいにだ。
父の方は国王としても父としても疑問しかなく、こうなった以上話の中から真意を見出すしかないと考えていた。
陛下の方は両親がこの歓待ぶりを訝しんでいるのは分かっていた。自分が同じ立場なら疑いしか抱かない、と思うからだ。だが、今後の関係性と姫との婚約を進めたい以上手を抜くことは出来なかった。姫へのネグレクト・横領問題がある以上、両親が自分達へ不快感に嫌悪感しか抱けないのは必定。そのマイナス加点を減らす方法を他には見つけられなかったのだ。その気持ちがこの歓待に現れている。
親と言う立場の人たちが国を背負いつつ世間話を続けていた。
穏やかな会談は美味しいお茶と、お菓子がお供だった。そのお菓子は当然城下で評判のお菓子。商人の店に特注して作られたものだ。そんな世間話も挟みつつ席上の三人の顔には笑顔が張り付いている。
会談は華やいでいるが両親は話の中から陛下の真意がつかめず焦りを感じていた。
今回の滞在は短期の予定ではない。2週間と長くもないが短くもない、だが国王としてはやや長いだろう、と思うくらいの絶妙な期間だった。その期間を考えると今日の会談で話す気はないのか? と判断しても不思議ではない。普段なら当然だろう、今日は様子見だな、としか思わないのだが。しかし今回は事情が違う。長く離れていた二の姫の今後がかかっているのだ。こんな気持ちでは足元を掬われそうだな、それが狙いだろうか? とどこか冷静な部分を持っている父親は考えていた。
なんとももどかしい。娘をどうしたいのだ? と直接聞ければ楽なのに。
子供を心配し、その立場だけで話をするわけにはいかない、それが責任者と言うものだ。
会談中、陛下の態度はどこまでも友好的で柔和だ。母親にも適度に話題と愛想を振りまくのも忘れはしない。これだけで陛下が良い人などと思うようでは国際社会でやってはいけない。
両親は陛下の真意を探る事をあきらめてはいないし、陛下もその言動に気が付かないほど愚か者ではない。両親の焦燥を感じた陛下は滞在期間の中ほどでと思っていた婚約話を持ち掛けることにした。これ以上焦らしては不信感しか持たれず良い関係性を作る事は無理だろうとの判断だった。
二人から今回は急な招待で、と話を向けられたと同時に単刀直入に切り出していた。
「今回、お二人をお招きしたのは姫に会って頂きたいというのもあるのだが、もう一つ理由がありましてな」
「どのような理由でしょう? 娘がなにか?」
やっと本題に入れたと父親は警戒するように伺うように話を返す。その警戒感を解くように陛下の穏やかな態度は変わらない。
「いや、姫が何かをしたということはない。いや、したと言えばしたのだろう。我が国に有益なことばかりもたらしてくれた。感謝の言葉しかありませんな」
陛下は笑いながら両親に告げ、後ろに控えている宰相にも同意を求める。
両親は何言ってるのこの人? とばかりに陛下とその場にいる宰相を見比べていた。
「娘が、二の姫が有益な事をもたらしたとはどういう事でしょうか?」
意味のわからない父親は直接的に尋ねていた。その言葉を受けた陛下は姫は小さい頃から優秀だったのでしょう。と言わんばかりに姫様の武勇伝を愛想よく話すことにする。
勿論出だしは謝罪からだ。本来なら簡単に謝罪をするわけには行かないのだが、今回は隠すわけにはいかなかった。
黙っていても姫から語られるだろうし、ここから始めなければ他の話も繋がらないのだ。話さないわけにはいかないだろう。
それに両親も姫からの手紙で大方の話は知っているだろうとの判断だった。
だが、ここでも姫様は規格外だった。
両親は横領の話を聞いていなかったのだ。
「横領?」
「ネグレクト、ですか?」
話が進んで行けば行くほど父親の方は目つきが鋭くなり、母親の頬は固くこわばった。
この反応から考えられる事は一つだけ。姫は【両親に何も語っていない】陛下はその事を理解した。まさか何も話していないとは予想外だった。固くなっていく両親を見ながら、話さなければ良かっただろうか? とも思ったが隠すことは悪手だろう。滞在中、どこから話が漏れるかわからないし、今は信用を形成しなければならない時だ。後から横領問題が発覚すれば信用は作ることはできないだろう。作りかけた信用も崩れるのは間違いない。そのリスクを考えれば今話さない、という理由はないだろうと判断していた。
逆に、この発言は誠実さを表すことができるとも。
両親の驚愕を受け取りつつ陛下の話は進んでいく。両親の方は陛下の言葉を半分は聞き流している状態だった。内容があまりにも驚くべき内容ばかりなのだ。
裁判の制定の進言に料理をする事。他にも農家支援に殿下への進言。
自分たちの娘がそんなことができただろうかという疑問が持ち上がる。
だが陛下や宰相の様子を見る限りこの話は事実なのだろう。
両親はそんな事は娘にはできません。何度その言葉を言い放ちそうになった事か。
自分たちは娘の事を何も知らないのだと痛感させられる。自分たちの手元を離れそれだけの時間が過ぎたのだと痛感させられてしまっていた。
料理が出来ると言うのも知らなかったが、農家の支援をしていたという事も信じられなかった。
自分たちの子供たちは世間的にみると優秀だと言われている。だがその評判は主に上の二人の子供たちに向けられたものだ。長男は後継者として責任を持って実地に励んでいるし、今は嫁いだ一の姫も母親の薫陶を受けサポート業務に優れている。
その評判は周辺諸国の物で両親も把握していた。子供たちの評価が良い事は嬉しいのだが、同時に子供らしい時間を過ごせてやれない事に申し訳なさも感じていた。
その二人は分かるのだが二の姫にはそんな評判はなかった。愚鈍ではないが優秀でもない。国にいる頃はのんびりとした毎日を送っていた。勉強も嫌いではないが最低限をクリアすればよい、ぐらいの姿勢だったし、自分たちはそれを悪い事だとは考えていなかった。上2人が責任感が強すぎて子供らしい生活を送らせてやれなかったので、二の姫はのんびりした生活を送らせたいと思っていたからだ。それを良い部分だとも考えていた両親だった。
その二の姫が【農家支援】信じられないと言う思いと共に、もう一つ浮かんだのは支援された農家に問題はなかったのだろうか? と言う点だった。陛下の話ではうまくいって有難い、と言う話だが、はいそうですか、と信じる事は出来なかった。上の機嫌を損ねまいと都合よく報告するのは世の常。これだけの国となればなおさらだろう。留学生と言う名を持つ他国の姫に何か言える下の者は少ないとも判断していた。娘の愚かな判断で迷惑をかけたのではないか、という心配が湧き上がってくる。
母親の方は料理をしているという事に心配していた。手元にいた頃は何かに文句をつけるという事のない娘だった。出された食事に文句をいう事も聞いた事はない。勿論常に共に食事をとる事は少なかったが、その少ない中でもいつもありがとう、とにこやかに話している印象しかない。
他者に感謝するように、その態度は常に示すように話していたためか、その姿勢は一貫していた。その娘が他者を押しのけ自分で食事を作っていた。事実なのだろうか? ネグレクトがあったという事だが、話の内容では厨房は無関係の様だ。それを知った上で厨房の立場を無下にするような事をするのだろうか?
母親は娘の真意が分からなかった。
両親は無口になり、話が進むにつれて無表情になっていく。陛下と宰相はその表情の変化を真正面から余すことなく見つめていた。
陛下たちの方にも当然両親の情報はある。さすがは姫の両親、と言ったところだろうか。情に厚いがそれだけではない。統治者として必要な冷徹さも兼ね備えていた。母親の方も出すぎることなくサポート性に優れているという話だった。姫の国はこの両親に支えられているという事がよくわかる話だ。
姫は国にいた頃は目立つ存在ではなく上2人の陰に隠れて目立たなかったという。今から考えると信じられない話だが、こちらとしては有難い事だ。優秀だと知れていれば自分たちの元へ来る事もなかっただろう。
やはり囲い込むなら今のうちだ。この話が知れ渡れば誰でも姫への評価を改めるだろう。そうなれば今後、姫自身の立場が変わるのは当たり前の事だ。
陛下は呆然としている両親の状態を承知の上で、話を一気に進めることにした
陛下が前のめりになったことで両親も今回の招待の理由なのだろう、両親も自然と身構える。
鬼が出るか蛇が出るか、会談の場が静寂に包まれた。





