姫様の両親の到着
その日は気持ちの良い日だった。季節は暑さが和らぎ涼しくなってきており、雨が降る心配などないほどの快晴のため、すがすがしいほどの青空だった。その青空の元、一台の馬車がカラカラと長閑な音を立てて進んでいる。
馬車は客を乗せるための物なのか豪華な造りでそれ相応の身分の人物をのせているのだろう。だが、豪華な馬車の割には護衛は充分と言える数ではなく、馬車との不釣り合い感が目に付く。馬は客のことなど気にする事はなく、進む歩調に乱れはなかった。
馬車は役目を終えようとしている。
「ようこそおいでくださいました」
車寄せでは客を出迎えるために、それなりの人数が待機していた。
客の護衛よりも人数が多いという事はないが少ないという事もない。この一点だけでも客側と出迎える側の差が認識できるのだが、歓待の人数にも失礼のないように配慮がなされており客に対しての気遣いが窺える。自国を気に入ってもらいたいと考えているのだろう。
この国にそこまでの配慮をさせる人物など数が少ない。
客側はこの事を知っているのだろうか?
馬車から降りてくる人物を待ち受けていたのは、この場にいないはずの役職を持っている人だった。
宰相閣下自らが出迎えを務めている。
本来なら侍従が務めるべきその役目を宰相閣下が買って出てる。その行動一つでこの国側の、陛下や宰相の入れ込み具合がわかるだろう。
「お初にお目にかかります。わたくしが宰相を務めさせて頂いております。お会いできて光栄でございます。陛下の元へ案内をさせていただきます」
「ああ。世話になる。よろしく」
「お会いできてうれしいわ」
馬車が到着した車寄せ。降りてきたのは姫様の両親だった。
穏やかな挨拶を交わしているが、出迎えを受けた側は内心ビビり散らかしていた。
出迎えを異例中の異例宰相閣下が務めているのだ。国のナンバー2がのっけから出てきた事で、この国の意気込みを両親側もひしひしと感じている。
感じているからこそ、この意気込みの理由がわからない。
どんな理由があって、この国は自分の娘に入れ込んでいるのだろうか? それとも娘が何か大きな問題を起こしたのだろうか? だが、手紙の内容は好意的なものだった。父母は表情には出さないものの内心は戸惑いと言う名の暴風が吹き荒れている。
2人の目前にいる宰相閣下の機嫌の良さそうな、人好きのする笑顔に戸惑ってもいる。自分たちが持っている情報では、この国の宰相閣下はこんな笑顔を浮かべる人ではないはずだ。自分たちに好意的であったとしても、ここまで丁寧に接する必要はないはずで。
情報と目の前の人物の印象が食い違っていた。
宰相に促されるまま陛下の待つ客室へ案内される。
今日は本格的な謁見が行われる予定はないはずだ。当日は今後の予定のすり合わせだけを行う予定だった。今回は急な招待で細々とした打ち合わせをする時間がなかったので、到着時に予定を合わせることになっていたのだ。すり合わせも本来なら自分達ではなく随従している侍従たちで行うはずだ。自分たちも宿泊予定の場所で休むはずなのに、その過程をすっ飛ばしていきなりの面会に困惑するのは当然だろう。
それに自分たちは招かれている以上主賓のはず。到着後に直接会うなど考えられない事だ。
予定以外のことに困惑頻りと、娘がなにかしたのではないかという不安。手紙では好意的だが、それが表向きの事なのはよくある事だ。
だが、害されるリスクは限りなく低いだろう。
残念だが国王としての立場は同じだが国力は比べる事はできず、リスクを検討しなければならないほどの重要性はない。
服従するつもりはないが波風を立てる気もなかった両親は事を荒立てる気はないからこそ、この国の自分たちへの歓迎ぶりがわからない。
両親ともに娘に会うだけのつもりだったので陛下に会う理由がわからない。娘と会ってから陛下との会談を設けてもらうつもりだったのだ。
心づもりが違うため戸惑いしかなかった。
「あなた、どういうことなのかしら? 二の姫と会う予定だったと思うのだけど?」
「ああ。わかっている。私も疑問だ」
両親がヒソヒソと予定の確認をしている。本来ならこんな事はマナー違反なのだが予想外過ぎて話をしないと気持ちが落ち着かないのだろう。
二人揃って廊下を歩きながら国力の差をひしひしと実感していた。話に聞いているだけでなく目で見て、肌で感じて実感する事がある。廊下を歩いているだけで理解できる。使われている建材も調度品も自国とは差がありすぎる。
自分の娘はこんな中で生活をしていたのかと、いろいろな意味で心配になっていた。
一つはこれだけの国だ。娘も噂の的になり、つらい思いをしていたのではないか、という心配。
もう一つは、これだけの贅沢な品々に囲まれているという事は、贅沢に慣れてしまったのではないか、という不安。
自覚がないままに贅沢に慣れてしまうと、自国へ帰っても今までとの違いに不満が出てしまうのでないかという不安だ。
娘がこの国へ旅立ったのは6歳の時。それから数年が経っている。手紙のやり取りはしているが、両親である自分たちの顔を覚えているのかも心配だし、今は生活を覚え自分の周囲がわかり始める年齢だ。その時期に今の生活が標準になっているのなら、自国に帰ると生活の違いに愕然とするのではないかと先走って考えてしまう。
両親の胸の内は知らず知らず不安に揺れている。
長男との話し合いの結果、二の姫を連れて帰る算段をする予定だった。だが、このまま連れて帰ってもよいのだろうか? 自分たちの扱いを見る限り娘への対応も悪いものではないだろう。だからこそ、この生活に慣れ、教育環境もこの国とは比べるまでもない自国へ帰れば、今までよりも環境が悪くなるのはわかりきったことだ。そんな環境が悪くなる所へ連れて帰っても良いのだろうか?
娘の気持ちの確認と話し合いが必要だと父親は感じていた。
客室までそれなりの距離があったのだが、胸中で今後の算段をしているうちに目的地に着いたようだ。
「陛下、姫様のご両親様が到着されました」
宰相の声かけとともに扉が開かれる。応えはなかったが予定してあったのだろう。大きな扉が音もなく開いていく。当然視線は中へ流れていく、その先には特徴的な赤い髪を晒している男性がいた。
間違いようがない、陛下だった。
「急な招待にも関わらず、遠いところをよくいらしてくださった」
陛下は柔和な笑みともに二人を招き入れる。この対応に両親とも表面上は穏やかに応対しているものの内心は噂と違いすぎて戸惑っていた。
この国の国王の噂は周辺国には鳴り響いていた。
曰く、冷酷無比の血も涙もない王である。
曰く、自国優位の考え方をして手段は選ばない。
曰く、利用できるものは利用し、必要がなくなれば立場に関係なく切り捨てる。
曰く、邪魔者の排除に手段は選ばない。
他にも噂にはきりがなかった。
父親は戸惑いながら数々の噂が頭の中をよぎっていくが眼の前の人物に当てはまらなかった。
この物腰の柔らかそうな人が【あの噂】の人物なのだろうか? それとも別人の噂が流れてきているのだろうか?
父親は噂と眼の前のギャップに戸惑いながらも【人はみかけによらない】という有名な慣用句を思い出しながら差し出された手を握り返していた。





