殿下と宰相閣下
殿下の事を書きていたら、少し長くなってしまいました。
人の成長を書くって難しいですね。
お付き合い頂けたら嬉しです。
よろしくお願いいたします。
ある日の夕方、宰相閣下の執務室。そこへ殿下が顔を出す。
殿下が呼ばれもせずに執務棟へ来ることは珍しい。加えて呼び出されるのは大概陛下の執務室なので、宰相の執務室に殿下が来るのは初めてと言っても過言ではないだろう。
宰相は珍しい思いと共に殿下に声を掛けていたが、この言葉は間違いではなかった。
「殿下。わたくしにお話とは、お珍しい。なにかございましたか?」
「相談と考えを聞いてほしいのとあって。いつなら時間が取れる?」
殿下の問いかけに宰相は「おやっ?」と思った。今までの殿下なら宰相の時間や都合は構わず、このまま話を始めていただろう。今までにはない問いかけに殿下の変化を感じる。
宰相の耳には多方面から殿下の変化についての噂話が届いている。だが、ここまでの変化があると実感したのは初めての事だった。
この変化には姫様が関わっているとの噂も聞いているが、その噂は事実なのかもしれないと実感する宰相だった。
宰相閣下はこの変化に嬉しさを感じていた。それには大きな理由がある。殿下の噂には、交友関係にも変化があったと聞いているのだ。これは殿下が良い方へ変化している兆しで、それは間違いないのだろう。この変化は定着してほしいと思わずにはいられない宰相だった。
宰相は殿下との会話は始まったばかりなのに明らかに先走った考えを持っていた。それくらい殿下の変化を望んでいたのだろう。
殿下の変化に嬉しさを感じた宰相は予定が詰まっているのにも関わらず、殿下を執務室に招いていた。
「どうぞ。お入りください」
「よいのか? 急に言い出したのは僕のほうだから、予定が空いたときとかでも。今日は都合を聞くだけのつもりだったんだが」
殿下が殊勝なことを言っている。宰相は感動していた。
本来ならこの部屋に殿下自身が来ることも問題なことなのだが、その事に気がついていない殿下なのだが、良い方向への変化を歓迎している宰相はそのことを不問にした。
甘いことをしている自覚はあるのだが、今日は許してもらおうと自分を納得させたのだ。
その気持は表情にも言葉にも出ていたのか穏やかなものになっている。その穏やかさから殿下も大丈夫だと判断したのだろう。ありがとうと顔を綻ばせて執務室に入って来た。
宰相は近くにいた部屋付きの侍従にお茶を頼み、簡単な応接セットに誘った。
二人が席に落ち着くとほぼ同時にコツンと小さな音を立て湯気が上がったお茶が置かれていた。
「殿下、相談とは?」
「相談というか、考えを聞いてもらいたいという事と、前に話をした自分が何をするべきか、という答えを自分なりに出してみたんだ。それも聞いてほしくて」
「はい。ぜひ伺いたいと思います」
宰相は居住まいをただし殿下の話を本格的に聞く姿勢に入った。これは殿下が約束を忘れず自発的な行動を起こした事を嬉しく思った事の表れだ。同時に殿下なりの答えも聞きたいと思い待ちきれず先を促す。
「答えもだが、先に話をきいて欲しいと思っている。それが答えにも繋がると思うのだ」
「畏まりました」
殿下は先日の家庭菜園で皆で話し合った事を宰相に相談していた。もちろん、全員で話し合ったことである事も皆に相談せず宰相に話している事も正直に告白していた。勝手なことをしている気もするのだが、殿下は自分の考えが国政に関わる人間から見るとどうなのか、を聞きたかったのだ。
自分が後々どのような形で政治に関わるか分からないが、視点を変える必要があることは感じたからだ。
宰相は令嬢が問題だと感じた点から順番に話を聞いていた。途中、話が前後したり上手く纏まっていない事もあったが、それを上回るほど真面目な内容だった。
宰相は初めは微笑ましいと思っていたようだが、途中からは真剣な様子になり、それが時間を追うごとに目つきが鋭いものに変わっていった。
お嬢様の解決策や姪っ子ちゃんの問題提起には頷きを返していた。途中いくつかの質問を挟みながら姫様の直接的な解決策、というところで話が終了したところで殿下の解答が出てくる。
「僕は姫の直接的な支援、という事で初めは余裕のある家から服を譲ったりする方法が良いのではないかとは思ったのだが、それでは問題があることに気がついた」
「どのような?」
「全員がこの考えに賛同して協力をしてくれるかはわからないし、余裕があっても余裕がないという事もできるだろう。支援としては不安定だと思ったのだ。だから違う方法を考えたのだが、その方法は国として行うべきか、領主が行うべきものなのか、その判断がつかなかった。だから、国政と領主が行う治政の違いを知らないといけないと思った。本来なら教師に聞くべきなのだろうけど、その先自分が行うべきものがあるのではないかと思う。だから、宰相に聞きたかったんだ。忙しい時間にすまない」
初めは一生懸命話していた殿下だったが、最後の方は自分がズルをしていると感じたのか小さな声になった。
宰相は殿下の変化を好ましく思い、成長を感じ、そして姫様の影響を感じていた。ここまで殿下に変化をもたらしているのだ。好ましい方向へ。【勉強しろ】【考えろ】そう言うだけでは解決はできなかったのだと今更ながらに理解した。
殿下の、いや生徒たちの考えは柔軟で宰相では思いつかない事だったが、実際には問題もあるし実行できるかは別問題だ。それでも子どもたちを救うべきだ、と考える事は重要な事で問題に向き合う事こそが必要な事だと理解できるのだ。
宰相は答えを話し合う前に殿下の考えを聞く必要があると思っていた。その答えで話し方が変わっていくからだ。
「殿下、以前お話しした自分のできることの答えが出ましたか?」
「自分なりの答えだが」
殿下の返答は短いものだったが自分なりの考えを持ったしっかりしたものだった。
「宰相。僕は国に関わるものとして自分が国を守るんだと思っていた、だが。その考えは僕には分不相応なものだった。今回、皆で話し合ってよくわかったんだ。僕には勉強が足りないし、考えも浅い。理解できていない事が多すぎるのだ。それに国を守る前に国民を守らなければならない。守るべき国民がいないのに国だけ守っても仕方がない。国民を守るにしても、僕がこれからどんな形で政治に関わるかはわからない。それでも勉強させてもらっている分、国に返す責務があるし、そうしたいと思っている。今になって教師たちや従兄弟上や宰相の言うことが大事な事だったのだと分かってきたんだ」
「今になって、とおっしゃいますが気が付かれただけでも良いことです。私は最後まで気付いて頂けないかと思っておりました」
宰相の言葉に殿下は寂しいような諦めような、それとも納得しているのか、ほの暗い笑顔を向けた。その笑顔を見た宰相は少しだけ胸が痛む、その痛みが昔の自分の対応の悪さを実感したからだと自分自身で気がついている宰相だった。
宰相の変化に気が付いていない殿下はどこまでも、自分に責任があると考えていた。
「そんなに心配をかけていたんだな。今までの自分を思えば仕方のないことだな」
「申しわけありません」
「いや、それは仕方のないことだと思っている。それで、宰相。僕の疑問はどう思う?」
「国と領主の違いでしたね。何をなさりたいのですか? その内容で変わってきます」
「不公平感が出るかもしれないのだが。聞いてくれるか?」
「是非に」
宰相は殿下の政策を聞くべく先を促した。
「まず。子供が生まれたら役所に届けてもらう。これで子供の数がわかる。そして、その先は分かれるのだが、決まった額の税金を免除するか、子供一人につきいくらかの援助金を出すか。どちらかにすれば親には確実に現金が入ることになる。一括的な対応にしなかったのは、必要なものは各家庭で違うと思ったからだ。仕事の内容で持っているものも違うだろう。それなら確実に現金が手元にあれば必要な物が買えると思う。その先に子供を守る事につながると思うのだが、どうだろうか?」
「確実な考え方ですね。ですが確かに不公平感は出るかと」
「やはりそうか」
殿下はガックリと肩を落とす。自分の考えが甘かったんだと残念がっていた。だが、宰相の話はここで終わりではなかった。
「殿下。最後までお聞きください」
宰相は凛とした声を出し話の続きを聞くように促す。
その声に殿下の背筋は自然と伸びていた。
「殿下。まず考えの違いに気がつきましょう。全員が満足する治政はありません。不公平の出ない政治もないのです」
「公平でない事は問題ではないか?」
「そうです。ですが、考え方も環境も仕事も全員違います。同じということはありえません。その違いを理解した上で等しくするのは難しいでしょう。等しくあろうとする姿勢が大事な事で、その努力に理解を求めることが大事なのです。だからといって理解が得られるとはかぎりませんが、そうする努力を見せていることが必要なことなのです。国民に寄り添えない政治は長く続きません。だからと言って、寄り添う事だけが大事ではないのです。俯瞰的な視線をお持ちください」
宰相の話に迷いはなかった。殿下への説明は大事なことを教えようとする先達の考えが見え隠れする。
殿下もその考えを自分のものにしようとする姿勢が覗いていた。宰相の話に身を乗り出して聞いていた。一つも聞き漏らさないようにとしている。
その姿は陛下の若い頃の姿を思い出させるものだった。
「先程の殿下の支援の考え方ですが、確実性を求めてのものなのでしょう」
「やっぱりすぐわかるのか? 考えが浅いのだろう、なんか恥ずかしいな」
「いいえ。確実性は何よりも大事なものです」
殿下は亀が首を引っ込めるように首を竦め、俯き赤くなった頬を隠そうとしていた。
「恥ずかしいことではありません。良い考えだと思います」
「そうだろうか。公平性にかけると話したばかりだと思うのだが」
「ええ。それは間違いありません。ですが、大事なことは子どもたちが守られることです。そのための施策ですので、他は二の次とは言いませんが説得の必要があるでしょう。子どもたちがいなければ次の世代は育ちません」
「確かに」
「次は国がするか領主がするか、という話でしたが、これは両方、としか言えないでしょう」
「両方?」
殿下は、どちらかがするとしか考えていなかったのか、宰相の話が腑に落ちないようだ。
宰相は焦ることなく話を進めていく。
「正しく言いますと、国が先導して各領主に施行するように命じる、というのが正しいかと」
「そうか。同じ国内なのに領主によって施行されるものに違いがあれば助からない子供も出てくる。それこそが一番の不公平になるな」
「おっしゃる通りかと」
宰相はニッコリと笑って殿下の考えを肯定する。
無表情と評される宰相の笑顔はなかなかのレアだ。
殿下と宰相の話し合いは長く続いた。
殿下は乾いた大地が水で吸うように宰相の教えを吸収していった。
これが殿下の成長に大きく関与する事になるのだろう。





